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仕方のない男

 フロイドには姉が四人と、妹が二人いる。


 我が儘であざとくて計算高い女達は、性格や嗜好は違えど一人残らず『お姫様体質』もしくは『女王様体質』だった。


 四人の姉は、弟を奴隷のように扱うし、妹二人もそんな姉達を見て育った。

 結果、フロイドは兄であっても『奴隷』である。


 姉妹達のせいでフロイドは、物心つく頃には女という生き物に夢など見なくなっていた。

 女の生態というものを知ってしまったからだ。


 そして、フロイドは早々に家を出て軍学校に入った。


 軍学校でのフロイドは、群を抜いていた。

 できないことなんてなかった。


 何をやっても、一番だ。


 すると、どうなるか?


 お察しの通り、調子に乗る。



 フロイドには、怖いものなんてなかった。欲しいと思ったものも、簡単に手に入った。

 なので、やっかまれた。同年代からは特に。


 途方もない努力をしていたのならば、話は別だったかも知れない。しかし、フロイドは努力なんてしなかった。

 そんなものは必要なかった。


 帝国陸軍第一支部へは、軍学校卒業と同時に合格した。

 これは史上初の快挙だった(十年後には二人もやって来るが)。


 そして二十三の年には、第二番隊の隊長に任命された。

 第三番隊になるかも知れないところを、奪って──このことが長きに渡る奴等との因縁の始まりである。


 第二番隊はとにかく荒くれ者が多く、第一番隊みたいに品行方正ではなかった。

 第一番隊出身で、十八歳で入隊した若造のフロイドは年上の部下達から反感を買ったが、全て力でねじ伏せた。


 これが、後に第二番隊の標語になる『力が(つえ)え奴が偉い』の原点である。



 フロイドは、敵が多いが味方も多かった。


 圧倒的なカリスマ性もあったフロイドは運も良く、お偉いさんに気に入られ、権力者からも好かれている。


 なんやかんやと吠える者もいたが、フロイドを知れば次第に従順な態度、及び憧れの眼差しを向けてくるようになった。


 隊長格になって、二年目の頃には、フロイドは『第一支部の銀狼(ぎんろう)』と呼ばれていた。

 オリーブ・グレイの髪に、射抜くような琥珀色(アンバー)の瞳を持つことからの渾名(あだな)である。


 ──とにかく、男も女も魅了した。

 あの目に本気で()られた者は皆、そう(・・)なる。


 順風満帆で、人生の勝ち組だ。



 軍のトップに君臨するという大望を持つフロイドを誰も笑わない。

 むしろ彼ほどの男が、それを狙っていないのは不思議なことだ。


 仕事は、まあまあ楽しい。

 忙しいし、男だらけで暑苦しいが、軍人として誇りを持っていたし、フロイドには大志があったからだ。


 やり甲斐がある仕事とは逆に、女性への関心はない──わけではなかったが、手応えがあり過ぎるので女遊びに夢中になる期間は短かった。

 タイプだな、と思った女は手に入るのも飽きるのも早い。


 遊びに飽きてしまえば、仕事を軸に生活するようになった。


 相変わらず女達からは声をかけられたが、誰一人として本気になれなかった。

 後腐れなさそうな女や、一夜だけの恋(ワンナイト・ラブ)をそこそこ楽しむが、それだけだ。

 決して、続かない。


 それなりに欲がある成人の男なので、愛していない女でも抱けた。

 それ故に、虚しい気持ちも生まれた──自分は誰のことも愛せない人間だと知ったからである。


 しかし、絶望するほどではなかった。

 ただ少し寂しいと感じるだけで、いずれは慣れてしまうことだ。


 そして慣れきった頃、第二番隊に新しく秘書官を迎えることになった。

 上の方針もあるが、秘書官はフロイドもずっと欲しいと思っていたから渡りに船だった。


 軍人になりたかった雑務係の女だ──上司を気絶させた女が来る、と聞いた時には笑った。

 どんなゴリラが来るのかと隊員達も、笑った。


 しかし、配属初日の彼女──マディソン・テイラーを見て皆、黙った。



 ゴリラではなかった。



 マディソンを見る目に思うところのある不届き者は、呼び出して釘を打った。


 あの目は良くない。

 だって、自分と同じ目だ。


 フロイドが思ったことはとてもシンプルだった。

 顔か、スタイルか、はたまた雰囲気か、何がフロイドを惹きつけたのかは今でも分からない。


 ただ、欲しいと思った。




 マディソンが猫を被っていたのは、たったの三日だった。


 彼女は(しと)やかな女などではなかった。

 とんだじゃじゃ馬だ。


 喧嘩する馬鹿──もとい若手を叱り飛ばし、喧嘩の仲裁に入って殴られて倒れたり、デカくてゴツい軍人に怒鳴られても泣いたりしなかった。

 あまりにも彼女がお転婆なので、フロイドは慌てたり焦ったり忙しい(現在進行形)。


 ──なんで大人しくしていないのだろうか。


 解決策として、喧嘩も仲裁もしないようにと命令したが、彼女は度々それを破る。


 隊員達は、彼女の中身に勝手にガッカリする者が多かったが、フロイドにとってはこれは当てはまらなかった。


 彼女は、怒っても笑っても可愛い──欲しいと思う気持ちは増していくばかりで、フロイドは戸惑いつつも嬉しいと思った。


 マディソンもフロイドを気に入ったように感じた。

 あくまで勘であるがフロイドの勘だ、外れない。


 しかし、彼女はフロイドになかなか落ちなかった。


 自分を見る彼女の目はどう考えても脈がある──なのに、なぜだ?


 マディソンは、フロイドが近付けば遠去かる。

 最初は作戦かと思った。そういう女も見慣れていたから。

 でも違った。


 そして、彼女が逃げていた理由は、部下のエイダンにより知った。


 そりゃあ嫌だったろう、恋人が何人もいる男なんて。

 弁解は早い方がいいので、翌日彼女の住む部屋に押しかけ告白した。


 そうして、誤解が解けたフロイドは(ようや)くマディソンを手に入れた。

 めでたし、めでたしである。






 ──腕の中の彼女はとても食いしん坊で、酒好きで、意地っ張りで、喧嘩っ早くて、子供っぽくて、頑固で、強がりで、プライドが高くて、思っていることがすぐ顔に出る、フロイドの愛しの恋人だ。


 本当に可愛い。


「……フロイド、それ褒めてないわ」

 可愛い顔を(しか)める彼女にフロイドは首を傾げる。


「まさか。最高に褒めてる」

「『最高』?」

「不満か?」


 顔には、『不満だ馬鹿野郎』と書いてある。


 フロイドは、自分の台詞を思い返し、また(・・)言葉選びを間違えてしまったと悟った。

 フロイドはマディソンの前では、少し莫迦に(おかしく)なる。


「いや、今のは……」

「ええ、いいの。分かってるわ」

「……一応聞くけど、何を分かってるんだ?」

「フロイドは私の()()好きだってこと」

「ああ、好きだ」


 マディソンの体は最高だ。

 特に、(くび)れたウエストと大きく柔らかい胸が好きだ。


「おやすみなさい」


「あ」

 恋人の冷えた声に、フロイドは我に返った。


 しまった。

 また、やっちまった。


「違う! ()()好きだって言いたかったんだ!」

「はいはい」


 何の感情もこもっていない平坦な声に、肝が冷える。

 これは、まずい……絶対、誤解している。怒鳴られた方がずっといい。


「なあ」

「もう良いから、寝ましょ?」

「いや、待て、良くない。ちょっと起きよう、話そう」

「いいってば」


 背中を向けていた彼女が毛布を頭から被る──いけない。

 彼女は毛布に包まると中々出てこなくなるのだ。


 ──誤解だ、自分は決して彼女の体だけが目当てなんかじゃない!



 つい十分前までの甘い雰囲気は消滅していた。






「マディ」


 この情けない声を上げているのは、帝国陸軍第一支部の第二番隊隊長であり、帝国中の女達の憧れの男だ。


 淑女の皆皆様方は是非ともこの姿を見て、百年の恋から醒めやがっていただきたいマディソンである。


「違うんだ、本当に」


 そして、マディソンはこの声にとんと弱い。


「……仕方のない(ひと)ね」


 ──惚れた方の負けである。




 もう体目当てでもいいか、と諦めて見当違いな納得をしてしまった女と、誤解されたままで焦る男の夜はまだまだ終わらない。

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