運命の人
カレンは、美人だ。
それは自他共の共通認識である。
十人中九人がカレンを美人と認めたのならば──残りの一人は眼医者に行った方がいい。目が悪いに決まってる。
化粧品販売員という職業柄もあるが、何よりもカレン自身が不細工でいたくないので頑張っている。
だから嫌味な女に「綺麗でいいわね」なんて言われても鼻で笑ってやる。
努力しているだから綺麗なのは当たり前である。
悔しかったら、努力すればいいのだ。
何が、「中身を見てくれる人が良い」だ、寝言は寝て言え。
お前の中身がなんぼのもんじゃい、という話である。
こんなことだからカレンは誤解されがちだが、本当はカレンだって中身を見てほしいと思っている。
ふわふわな淡い金髪に、悪戯好きな猫みたいな桃色のアーモンドアイのカレンは、男達に夢を見せる──申し訳ないが、カレンは可憐な女ではない。
仕事は店舗一──いや、帝都にある店舗合わせて一番の売り上げを誇っている次期店長予定の副店長だし、経営オーナーにはとても気に入られているし、女だらけの職場を円滑にするスキルを持っているデキる女だ。
というわけで、かなり稼いでいる方である。
男に頼ったりしない、見た目よりずっと強い女──それがカレンだ。
親友のマディソンも見た目はしっとりしたお姉さんなのにじゃじゃ馬なので、二人は似た者同士で親友をしている。
そのマディソンが七年ぶりに恋をした男に初めて会った時、カレンの頭の中に警報音が鳴った。
『ビビビ』ではない。『キケンニゲロ』である。
頑張れ、親友(小声)!
しかし、そこでカレンは運命に出会った。
まず、彼は見た目がカレンのタイプだった。
もちろん、優しく誠実な性格に恋をしたのだが、好きになった相手が自分の好みに合っているのだから最高である。
これを運命と言わず何と言おう!
チョコレートブラウンの髪と瞳は落ち着いていて、微笑むと出来る目尻の皺がとてもいい。グッとくる。
体は職業柄もあり鍛えられているのもポイントが高い。カレンは特にあの逞しい腕が好きだ。
そして、怜悧で整った顔をしているのに、なんと、にっこり笑うと笑窪ができるというギャップを持っている。
これを知った時は、まいった。
本当にまいった。
エイダンはとても用心深い人で、カレンへの敬語が取れるのも時間がかかった。
親友のマディソンには敬語らしく、それを聞いた時は口元がふよふよと泳いだ。
週に一、二回、一緒に食事をしたり、お酒やお茶を楽しんだ。
嬉しいことにエイダンとカレンの食の好みは似ていた。
読書が趣味という共通点もあった──好きな作家が同じだった。
これにはカレンよりもエイダンの方が驚き、そして喜んでいる。
二人が好きな作家の作品は少々解釈が難解なのだ。
ちなみに、カレンがその作家の本をマディソンに勧めた時、マディソンは本を開いて十分で寝た。
エイダンと話すのが楽しい。
今までは恋しても、相手に話を合わせていたので気楽に発した言葉に喜んでもらえたことがこんな嬉しいなんて思わなかった。
頻繁に会っていた──しかし、それだけだ。
最初は良かった。
でも日が経つにつれてどんどん彼に触れたくなる。……でも、二人は『お友達』なので、手も繋がない。
エイダンは、カレンが何度「好き」と言っても「ありがとう」としか言わない。
二言目には、「僕みたいなおじさんは君に似合わないよ」とかなんとか言ってカレンを遠ざける。
それならば、カレンに可愛い笑窪を見せないでほしい。
マディソンは、エイダンの笑窪なんて「見たこともない」と言っていた。
誰にでも見せないような顔を見せて、期待させておいて酷い男だ。
これでは、諦められない。
ある日、エイダンと待ち合わせをしたカレンが、待ち合わせ場所に行くと、そこにはエイダンと一組の男女がいた。
何やら揉めている。
話は聞いてはいけないと思う暇もなく、耳に入ってきた。
二人はエイダンの元婚約者と元親友だ。
女は特段美しくはなかった。
幸が薄そうな弱々しい雰囲気を利用して男に寄生する──カレンが、嫌いなタイプの女だった。
女はエイダンを責めていた。寂しい時にエイダンが傍に居てくれなかったらしい。
元親友も一緒になってエイダンを責めていた。
一緒になる為に、頑張っていたエイダンになんてことを言うのだろう。
エイダンは、酷く傷付いている目をしている。
当事者達に混ざってはいけないと思ったが、カレンは切れた。
ブチ切れだ。
絶対に許さない。
カレンは昔のように『必殺! 死んじまえ正拳』を、打ったりはしなかった。
当然だ、カレンはもう十八歳の小娘ではない。
誰もが憧れる美人の恋愛の達人(自称)である!
「おまたせ、エイダン」
美人は、自分をどう魅せるのが正しいか知っている──目の前の二人に、カレンが飛び切りイイオンナに写るように微笑んだ。
「カレン、」
「遅れてごめんね? エイダンに可愛いって言ってもらいたくて、お洒落に時間をかけちゃったの。許して?」
エイダンの言葉を遮って言ったことの中に、嘘は一つしかない──「遅れてごめんね?」だ。
カレンは遅れていない。
只今の時刻は、待ち合わせの十分前である。
前日の晩ピカピカに磨き上げた肌と、丁寧にブラシをかけた髪、下ろし立てのヒールとお気に入りの紺色のワンピースを纏い、ばっちりナチュラルメイクのカレンは、待ち合わせ場所の時計台の下で──いや、広場の中で一番の美人である。
元親友の男は、カレンに微笑まれてポーッとしていた。莫迦な男だ。
こんな目を何度も見てきたカレンは、気にせずにエイダンの腕に自分の手を絡める──本当は、恋人になってからしたかった。
「……誰ですか、あなた」
「初めまして、エイダンの恋人です」
元婚約者に問われ、返した声はいつもの間延びした声ではない。
そもそもあの話し方は、親しい人の前でしかしない。
普段のカレンはこんな感じである。
「あなたがエイダンを諦めてくれたおかげで、最高に幸せ。彼ったら素敵で、凄く人気があるのに恋人がいるから諦めかけていたの。だけど……ふふ、あなたって、本当に見る目があるのね?」
値踏みするように、蔑んだ目で向かいでカレンに見惚れている男を見る。
女が腕をばっと上げ、カレンは歯を食いしばった。
打たれる準備だ。
打たれた後は、ヨヨヨと、泣いてやるつもりである。
儚げに泣いてやるから来い──しかし、その腕はエイダンの手によって止められた。
「もう、すっかり気持ちの整理は付いてるんだ。気にしてない」
「……そう」
エイダンは嘘吐きだ。
とても傷付いているくせに。
「カレン、ありがとう」
「……」
お礼が欲しいのではないのに。
本当に朴念仁だ。
カレンとしては、あの女を『嫉妬に狂った暴力女』にしてやるつもりだった。
しかし、そうはならなかった。
自分を守ってくれたから、などと単純に喜べるほどカレンは乙女ではない。
彼は、最後まであの女を守ったのだ。
新しいヒールで踵が痛い──でも、心はもっと痛い。
エイダンは、優しい。
なので、カレンを拒めない。
──だから、離してあげるべきだ。
「ねえ、エイダン、私……足が、痛いから……部屋まで送ってほしいな」
どうせなら最後に、思い出の一つくらい欲しい。
「もちろんいいよ」
カレンのお願いに、エイダンは笑窪を見せた。
──この男、分かっているのだろうか?
これはカレンの誘惑である。
今日のカレンは、仕事でミスを連発して最悪だった。
新人がするようなミスを連発して、店長から大目玉を食らった。
前日に失恋をしたカレンのメンタルは、ガッタガタである。
最高な一夜だっただけに、脳内再生が止まらず、してはいけない勘違いをしてしまいそうなのだ。
あんなのは反則である。
しばらくは忘れられそうにない。
そもそもカレンは元から強くない。
だから、強いフリをしている。
弱い女が嫌いなのは同族嫌悪というやつだ。
──こういう時はお酒である。強めのものが良い。
ワインボトルと、グラス、そして高カロリーだからと控えていた塩漬けオリーブの瓶を抱えてベッドにごろんと寝そべる。
「エイダンの馬鹿! ……好きだ、馬鹿!」
足をばたばたさせて暴れる。
「……嘘! 今のは嘘! 好き……じゃ、ないもん!!」
ぽろりと涙が零れた時、部屋にチャイムが響いた。
こんな時間に来るのは、マディソンくらいだ。
「もう、マディったら~」
きっとエイダンとのことがバレたのだろう。
「は〜い、はいはい、今、開けますよ~?」
これは怒られる案件だ。
だって、今もチャイムが連打されている。
涙を乱暴に拭って、親友のたわわな胸に慰めてもらう為に扉を開ける。
「カレン!」
──扉の先にいたのは、息を切らしたカレンの大好きな人だった。




