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ダリアの敗北

『ニアリーイコール』https://ncode.syosetu.com/n3932gw/の後日談。

 別に、彼──ジェロームがどうしても欲しかったわけではない。

 あの女──グレース・マゼロの男だから盗ってやった。




『昔から大嫌いだった』


 そう告げた時の、顔ったら!


 そりゃあ気分が良かった。あの女に勝てたと思った。

 捨て台詞の、『()()()()で良かったら、差し上げるわ』の言葉に腹は立ったが、所詮は負け犬の遠吠えだ。




 ダリア・バーチとグレースの出逢いは、聖マグヌッセン女学院の入学式である。


 ふわふわな金色の髪にルビーの瞳を持つグレースは、会場で一際目立っていた。

 皆と同じ制服を着ているとは思えないと目と脳が錯覚を起こし、思わず自分の着ているものを確認した。


 人に見られ慣れている、そんな様子も窺えるグレースにダリアが一番最初に抱いた気持ちは嫉妬ではなく憧れだった。


 しかし、時の流れと言うか、思春期女子の気持ちの情緒の不安定さと言うか、ダリアの感情や性格は大きく変化していくことになる。



『これからの時代、女の子だって学は必要だと思うの』

()()は、良くないよ! 誰が見ていなくたって、自分自身が一番近くで見てるんだから。それに、苦労して身に着けた方が今後役に立つよ』

『え? スカウト? 断ったよ。 ……ううん。私、そういうの興味ないもん』


 超絶ムカついた。


 何が、『人の役に立つ仕事がしたいな』だ。お前にそんなことができるわけない。


 美貌の母親から受け継いだ顔で人生イージーモードの彼女の本質は、ちやほやされて我儘な馬鹿女だ。


 隠してたって分かる者(ダリア)には分かる。


 いつも一緒にいる幼馴染とかいうアーティ・オリバーも自分の仲間にしようと思ったが、これは失敗した。

 これでもかってぐらいグレースの悪口を言ったダリアに、『グレースはそんな子じゃないよ。頑張り屋さんだし、裏表のない子だよ』と、返されてしまったのだ。

 この時からダリアは、〈うざい・トロい・空気読めない〉の三拍子揃ったアーティのことも敵と認定した。

 ……こういうアーティみたいな女は結構いた。

 きっと、グレースとアーティが二人で組んで裏から手を回したのだろう。本当に嫌な女共だ。


 こんな風に、可哀そうなダリアの学園生活の思い出は、グレースへの憎悪しかない最悪なものである。


 卒業後、グレースは帝都の製薬研究所に落ちたようで、名も知らない地方の製薬研究所に入所したらしい。

 これを聞いた時、ダリアは脳から幸せ物質がドバドバ放出された。


 ざまあみろ! 神様はグレースの悪行をちゃあんと見ているのだ!


 そして、ダリアは家事手伝いをしながら結婚相手を探すことになり、平和が訪れた。

 ……はずだったのだが。グレースは帝都に戻ってきた。


 理由は、栄転。


 人伝に聞いたのだが、地方の製薬研究所から帝都へ行く初の女性研究員としての転勤だとか。


 は?


 絶対にグレースは権力のある上の人間と寝たに違いない。

 くそビッチ甚だしいとはこのことである。


 更に。論文でナントカという賞を取ったとか、熱烈なアプローチを受けて交際をスタートさせたとか、帝都一有名な劇団から舞台女優のスカウトをされたとか、そんな話ばかり耳に入る。


 あの女のことだ、さぞや調子に乗っていることだろう。


 だから盗ってやった。


 ……でも、まだ物足りない。


 あの女の悔しがる様や、惨めな負け犬姿を周知させたい。


 どうやったらそれが見られるかと考え、思い付いたのは一か月後のサマー・パーティーだった。

 今年のパーティーは、ホテルプラザ・リッチモンドが会場だ。

 それもホテルの百周年記念なので、特に盛大になる。


 帝都に戻ったあの女は、今年のサマー・パーティーに参加するだろう。


 そこで、ダリアがジェロームと仲睦まじく登場してやるのはどうか?

 そして、ジェロームは『グレースより、ダリアの方がいい』と言うのだ。


 きっと今度こそ、あの女の悔しがる顔が見られるに違いない。


 ああ、こんなにサマー・パーティーが楽しみなんて何年ぶりだろう!


 ダリアはグレースの悔しがる顔を想像し、口の端を上げた。







「グレース、お久しぶり」


 ダリアが声を掛けた時、グレースは一人だった。


 ここぞとばかりに「もしかして一人で来たの?」と嗤うと、すいっと視線を外されて無視されたが、これは想像の範囲内。


 とんっと肘で隣のジェロームを突く。

 例の台詞を言うように、という合図だ。

 ……しかし、待てどジェロームは何も言わない。

 焦れて彼を睨むと、グレースをぽーっとした目で見つめていた。


「ちょっと、ジェローム! 言いなさいってば!」

「……グレース、綺麗だ……」


 ち が う だ ろ !


 ジェロームに心の中で突っ込みを入れていると、先ほど挨拶の名目で捕まえた元同級生の女がくすっと笑うのが視界の端に映り、怒りのボルテージがぐんっと上がる。

 一方のグレースはウェイターから琥珀色の液体の入った細いグラスを貰い、ウェイターの青年の顔を赤くさせていた。


「グレースの付き合った人盗っちゃったみたいで、なんかごめんなさいね?」


 ジェロームはパーティー後に別れるとして、嫌味をこれでもかってくらい言わないと気が済まないダリアは(こう)(げき)を仕掛けた。


 が、「もう気にしてないから」と、本当に何も気にしていないような顔でグラスに口を付けるグレース。


 これは、面白くない。


「強がっちゃって。そういうところが可愛くないってジェロームも言ってるよ?」


「おい、そんなこと言ってないだろ! グレース! 俺は君と離れて、いかに君が素敵な女性かと思い知った! だから! どうか、以前のような関係に戻れないだろうか!」

 ジェロームの言葉の前者はダリアへ、後者はグレースへ投げられた。


 腕を振り払われたダリアは、一瞬何が起こったのか分からなかった。


「グレース、どうか俺の手をもう一度だけ取ってほしい」


 跪くジェロームに、周囲がざわついている。

 グレースめ、さぞ満面の笑顔を……あれ、してない? それどころか困ったように眉を下げて周囲に助けを求めるように目だけを左右にきょろきょろと動かしている。

 なぜだろう……。

 美形(イケメン)のジェロームに跪かれて、何も感じないのだろうか?


「──よお、グレース。浮気か?」


 グレースがジェロームから距離を取るように一歩下がってよろけた背中を支えた人物を見て、ダリアは目を見開いた。

 黒髪に鋭い深緑の瞳の彼の存在に、驚愕したのだ。


 ジェロームなんて霞んでしまうほどの危険な香り漂う美貌の男は、にやりと笑って何やら小声でグレースに話しかける。

 そして、グレースが小さく頷くや否や、跪いた男と目を合わせるようにかがんで、今度はジェロームに小声で何やら話しかけた。


「──」

「すすすす、すみませんでしたああああ!」


 ジェロームは素早く立ち上がり、ダリアの横を通り越して走り去ってしまった。


 いや、逃げ去ったと言うのが正しい。


 は?


 一体何が起こったのだろう。


 グレースと黒髪の男に目を移すと、二人は先ほどのことがなかったかのように雑談をしていた。


 ジェロームのことを迷惑に思う訳だ、と合点がいく。

 あれだけ上等な男がいたらジェロームなんて塵同然だろう、とも思った。

 だが、まだ好機はあるはずだ。


 なんせグレースは『サセない女』。

 それが原因でジェロームはダリアに靡いた。


 男なんて、簡単だ。



「グレースとお付き合いしてる方ですかあ?」


 グレースを軽く押しのけて彼に問えば、「まさか」と返ってきた。

 これは、もしかしてもしかしちゃうかも……なんて期待が膨らむ。


「私、グレースの友人で、ダリア・バーチと言います! あの、お名前教えてくれますか?」

「……ダリア? 女学院(マグヌッセン)で、こいつ(グレース)と同じクラスだった?」

「はいっ! 五年間同じクラスでしたっ!」


 名前を呼ばれ、顔をじっくりと見られるのは緊張したがしっかり返事はできた。


 もうこの時には、グレースのことなんて考えていなかった。

 ただ、目の前の素敵な(ひと)と始まる薔薇色の日々に心が躍っていた。


「はっ、学生時代にグレースの悪口言いふらして、男寝取ったダリアで合ってるか? ああ、もしかしてさっきの男が盗った男だったか?」


 そういう面白いことは教えろよ、とグレースに揶揄い口調で言う彼の声色はダリアに向けてのものと明らかに違った。


「ねえ、『悪口言いふらして』って……何の話?」

「あいつがいつだったか俺に相談してきたっつうか。まあ、お前には言うなって言われてたんだけど、もう十年近く昔のことだしな。時効だろ?」

「……そういう話聞きたくなかった」

「ああ? 出る杭は打たれるもんだろ? 慣れろ。それに、打つ奴ってのは大抵カスみてえな小物ばっかだし気にするこたぁねえよ」

「無茶言うよねー……」


 え? カス? 小物?


 カスって、言う時こっち見ながら言った???


 ダリアは眩暈がして、かくんと膝が折れた。

 ついでに鼻(概念)と、戦意も折れた。


 ……このまま倒れて気絶したい。

 そんな風に考えていたダリアは床とこんにちはする寸前で、大きな手に支えられて体勢が正された。


 反射的に上げた瞬間、ダリアは体中に電撃が走った。


 銀色の髪に輝く琥珀の瞳。神様の最高傑作と言って過言ではない精悍で端正で美しい顔。高い身長に長い手足。しなやかで鍛えられたと分かる体の線。ダリアを支えてくれた大きな手。


 ずっと探していた人に出逢えた。

 この(ひと)に会う為に自分は生まれてきた。

 ……そんな運命を感じた。


 まさに完璧。

 完璧なダリアの理想の恋人がそこにいた。


「あ、あの、ありがとうございますぅ」

「いえ。気を付けて」


 笑った顔も素敵……。


 神様はダリアを見捨ていなかった、と感じたのはほんの数秒──名前を聞こうとしたダリアの先にいるグレースの名前を、彼が呼ぶまでのことだった。


「グレース、ショール持ってきた」

「ありがとう。ごめんね、やっぱり肩が出てるドレスって落ち着かなくて……」

「いいよ。……俺も落ち着かないし」


 完全な敗北を前に、ダリアは踵を返した。


 これ以上の会話は聞いていたくなかったこともあるが、『グレース。浮気か?』──あの言葉が、彼にかかっていたのだと分かったからだ。


 きっと黒髪の男は彼にダリアのことを言うだろう。

 そうすれば、彼はダリアを嫌悪を宿した目で見るに違いない。


 そんなの耐えられない!




 パーティーの後、一連の流れを見ていた元同級生から噂が広まり、ダリアは重ねてダメージを喰らうことになる。


 そして、親切な友人の皮を被った(当時虐めていた)元同級生やら、寝取った男達の元恋人達からの憎悪を知ることになるのだが……これはグレースの人生に全くと言っていいほど関係のない話である。






 ~おまけ~


「レオン、てめえ来んのが(おせ)えんだよ」

「なんだ、ブレット。いたのかよ。アーティはどうした?」

「母さんとベリルさんとケーキ食いに行ってる」

「一緒にいなくていいのか?」

「親父とナイジェルさんが一緒にいるし平気だろ」

「アーティんとこ行けよ、邪魔だから」

「てめえの代わりに虫払ってやったのに邪魔はねえだろ」

「虫?」

「ああ、さっきな、」

「ちょっと! ブレットやめて。そんな話、しなくていいの」

「何? 何かあったのか?」

「あったあった。……ん? ダリア・バー()がいなくなってる」

「ブレットが怖い顔で意地悪言うからでしょ? あと、バー()じゃなくて、バー()

「おい、ダリア・バー()って誰だ?」

「もうっ、この話おしまい! はい、終わり! ほら、レオン、ブレット、あっちでローストビーフ切ってくれるんだって。行こっ」

「なあなあ、グレース。……なあ、って。無視すんなよ」

「何、もう。ブレットしつこい。やだ」

「お前ら、もうヤった?」

「ほんっと、ブレットって最っっっ低。……さっきのでちょっと見直したのに」

「グレース? こいつのどんなところを見直したのか教えて?」

「やだ。言わない」

「グレース?」

「やだ」

「あははっ! グレースの『やだ』が始まった。ガキの頃から全然変わんねえな、お前」

「……」

「ブレット、グレースに構うな。殺すぞ」

「ああ? やれるもんならやってみろよ、腰抜け野郎」

「殺す」

「……今日ここ(パーティー)で喧嘩なんかしたら、私二人と口きかないから」

「……」

「……」


 会話が聞こえない周囲には、美女を取り合って二人の男が争っている図に見えたとか見えなかったとか。

「ブレットセンパイ、ゴメンナサイ」

「レオンクン、ゴメンネ」

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