クズ率低下中
帝国陸軍第一支部の男を二種類に分けるとしたら、クズかそうではないかだ。
帝国陸軍第一支部といったら、帝国の中で一番モテる肩書だ。
なんてたって格好良い。男子なら誰しも一度は憧れるし、女子は適齢期になってから恋愛的な意味で憧れる。
狭き門を通り、選ばれた実力者しか入ることが許されない。それが帝国陸軍第一支部。通称、第一支部。
第一支部に入る為には、軍学校の最終学年を卒業できる見込みのある者が、選抜試験に受かる必要がある。
が、現役で合格できる者は少ない。というより、ほぼいない。
なので大抵は皆何度も選抜を受ける。大体三回までは想定内で、三回以上となると大半が諦める。
選抜試験の内容は酷なので、一回目の不合格で諦める者も少なくない。
そして、この選抜を受ける為の期間、落ちた者は肩書が『訓練生』になる──何が辛いって、この訓練生という肩書が辛い。滅茶苦茶辛い。
学生でもなく、働くでもなく、受かるか分からない選抜の為に心身を鍛えるのだが、世間の目が厳しい。
いや、訂正しよう。世間の目ではない、『女性』の目が厳しい。彼女達は、本当に酷だ。選抜と同じかそれ以上に酷だ。
彼女達は、第一支部の男とはお近付きになりたいが、訓練生には見向きもしない。
それはもう分かりやすく態度が違う。
気持ちは分かる。
分かるけど、酷くない?
さて、ハリス・ジョンソンは、そんなこんなの苦難を乗り越えて、それはもうしょっぱい十代を経て五回目の選抜でようやく第一支部の一員となった。
所属されたのは、第一希望の第二番隊だ! 一番格好良くて、一番モテる第二番隊である!
軍学校を出て、五年。
あの地獄の選抜を五回も受けた。五回だ! 大事なことなので繰り返すが、五回。
あの地獄の試験期間二か月を五回も経験したハリスは、合格通知を貰った時泣いた。
先輩や上官にぶん殴られた時でさえ泣いたことがなかったハリスだったが、おんおん泣いた。
本当に辛かったのだ。
でも、報われた。努力は報われることを知って泣いた。
ハリスは、第一支部の肩書の恩恵をすぐに感じることができた。
異性間交流食事会──つまり合コンなのだが、一人勝ちだった。楽勝で圧勝だった。
「第一支部の第二番隊に属しています」
こう言えば、ちょっと引くくらいモテる。入れ食い状態だ。
要は、モテ期が来たわけだが、さて、ここで冒頭に戻ろう。
帝国陸軍第一支部の男を二種類に分けるとしたら、クズかそうではないかという話だ。
爆発的にモテだした男がどうなるかなんて、簡単に察することができるかと思う。
調子に乗る。
──そして、そんな経緯から第一支部のクズは生成されるのであった。
でも、女達だってハリスを肩書でしか見ていないのだから、お互い様だ。
「ナイジェルに教えてもらって行ったレストラン、良かったよ。教えてくれてありがとな」
「あの店、プランがたくさんあって面白いですよね。隊長達は何のプランにしたんですか?」
「海老の食べ放題プランにした。いっぱい食べるマディが可愛かった」
「秘書官って海老好きですよね」
銀狼こと第二番隊隊長と、ベビーフェイスくんの会話である。
「副隊長に教えてもらった観劇、嫁が喜んでました」
「レイがわざわざ報告するくらい喜んでもらえて光栄です」
「別に。嫁が礼言っとけって、うるせえからっすよ……ありがとうございました」
「そうですか。奥様に『どういたしまして』とお伝えください」
「うす」
第二番隊の良心こと副隊長と、第一支部の暴君の会話である。
最近、第二番隊のクズ率が落ちた理由は、彼等にある。
フロイド・ヴァルコン。
エイダン・マゼロ。
レイ・グレインジャー。
ナイジェル・オリバー。
この四人は、第二番隊で……いや、第一支部で一番目立っている四人組だ。
新人二人が入隊してから結成(?)されたのだが、この彼等がクズっていた第二番隊を変えつつある。
年齢も生まれも家族構成ですら掠りもしない程に共通点がなさそうな四人の唯一のそれが彼等をつるませ、周囲に影響を与えている。
「あの面で、一人だけってもったいねえよな~」
ハリスの言葉に、親友で酒飲み仲間のメグが苦笑いを漏らす。
「何だよ、メグ。文句あんのか?」
「ハリス、飲み過ぎだよ。お酒弱いんだから、がぶがぶ飲むのやめなよ」
メグは名前の通り女だが、お互い異性と思ってない同士の友人だ。
ハリスが『冴えないもやし陰キャ』だった頃から態度を一切変えない良い奴である。
時々説教臭いのが玉に瑕だが、ハリスが心を許せる数少ない存在だ。
今日は例の四人のせいで合コン率が下がったことの愚痴を、メグに聞いてもらう名目で会っている。
ああいう影響力ある男共が『誠実』だと、途端それがイケてることになるから不思議だ。
「ほら、お水飲んで?」
「へーへー」
「……もう」
「なあ、メグ~。聞いてくれよ」
「はいはい、聞いてるよ」
「先週バーで知り合った女の子がさ──」
クズ率が下がったとはいえ、ハリスには関係ない。
せっかくモテるようになったのだから、遊ばなくては損だ。
「──んで、その子達が俺のこと取り合ってて最高に笑えたよ。傑作だろ?」
モテない時代を知っている自分の輝かしい今をメグに話す。
ふ、と小馬鹿にしたように笑うハリスに、メグは飲もうと持ち上げたグラスをそっと置いた。
そして、ハリスの目をじっと見る。
ここ最近のメグの癖だ。
どんな言葉を飲み込んだのだろう。
人を傷付けないように、言葉を選ぶメグだが付き合いが長いハリスにこの癖を見せるのは大変珍しい。
「……ハリス、変わったね」
意を決した雰囲気で発された言葉は、思いのほか普通だった。
「ああ、変わったろ? 俺は第一支部のモテモテの軍人様だ!」
「第一支部に入る前のハリスだって、良いところはたくさんあったよ」
「はっ、どうせ『優しい』とかそんなもんだろ? 女は肩書きが好きなんだから、そんなもん要らねえんだよ」
「そういう人もいるってだけだよ。もしかしたら、今知り合った女の子の中に本気でハリスのこと好きになった子だっているかも知れないでしょう?」
「それこそねえだろ、馬鹿言うな。そんな女いるわけない。信じられるか、女なんて」
「そんなこと、」
「はあ、酒がまずくなること言うなよ。……あっ、もしかして嫉妬してんの? 俺だけモテモテで。なーんちゃって、ははっ」
今日は強い酒を口にしたせいか、いつもより滑らかに舌が動いた。
そして、おそらく言ってはいけない言葉を言ってしまったのだろう。
結果、メグを怒らせた。
「……私は、昔のハリスの方が好きだったよ」
「メグ?」
「ごめん、何でもない、忘れて。あのね、ハリス、このままずっとそんな風でいたら、いつか一人になっちゃうよ。……私も、今のハリスとは一緒にいたくない。会いたくない。……もう会わない」
さよなら、と言うメグの声は掠れていた。
「最近、怪我が多いけど何かあった?」
秘書官のマディソンの言葉に、ハリスは「はは」と乾いた笑いを返す。
この秘書官は男が気付かない細々したことによく気が付く。隊員の体調の変化にも目敏い。
彼女が配属されてから他の隊より、隊内での喧嘩は激減したし、執務室はいつも綺麗で月末の書類仕事が捗る。
ハリスの馬鹿にしている種類の女ではない。
……メグも、そうだ。
女が皆そういうのばかりではない。
昔、ハリスは揶揄い目的で嘘の告白をされ、浮かれて是と答えた途端ネタばらしだと告げられ、散々嗤われて馬鹿にされた。
悔しくて、惨めで、矜持を酷く傷付けられた。
だけど。
『あんな奴等のやったことに傷付くことない! 恥ずかしいのはハリスの方じゃない! ああいう最低なことしたあいつ等の方が恥ずかしいんだよ!』
びえええん、と顔を汚くしてハリスの為に泣いてくれたメグ。
そして、メグがいたからハリスは五年も夢を追いかけることができた。
「……喧嘩したんだ。多分、泣かせた。俺が馬鹿だったせいで」
「後悔してるのね」
「ああ」
「じゃあ、謝らないと」
「『会わない』って言われてんのに?」
「それでもよ。それとも、もう会えなくてもいいの?」
「それは、嫌だ!」
悪い、と大きな声を出したことを謝ると、マディソンは「ふふ」と笑った。彼女は大きな声にもビビったりしない。
なんせ、あの隊長の女なので肝が据わっている。
「じゃあアドバイスするから聞いてね」
「あ? 何の?」
「贈り物のアドバイスよ」
「え? ん?」
「まずはトランメル洋菓子店のお菓子が必要よ。ハーフサイズのものを三つは買ってね。あとは五番街の化粧品店の限定の口紅かしら。ああこれは二種類あるから、ちゃあんとその子に似合う方を選ぶのよ? そうだ、花も欠かせないわね! 軍部の近くの花屋じゃなくて七丁目のお店の、」
「ま、待て! なんで贈り物なんて!」
マディソンの言葉を遮ると、「浮気を許してほしいならこのくらいしなさい」と怒られた。なんでだ……。
「ご、誤解だ! 喧嘩したのは、し、親友っ!」
「しん、ゆう?」
──首を傾げるマディソンに、メグのことや、己のクズ事情を話す羽目になった。
で。
「ふうん? 親友ねえ? ふうん? なるほど?」
話を聞いた後のマディソンの感想(?)である。
まったく『なるほど』と思っていない顔だ。
「ねえ、ハリス?」
「……何だよ」
「あなた、やっぱり贈り物を持っていくべきだわ」
あれから数日後。
「許してもらえた」
ハリスの報告に、マディソンは垂れた目を更に垂れさせた。
メグは吃驚するほどすんなり許してくれた。
思えば、昔からハリスが謝って許してくれないことはなかった。多分、贈り物も必要なかっただろう。
「そういや気になってたんだけど、マディソンは浮気された時、隊長にそうとう貢がせるんだな?」
恥ずかしさを誤魔化す為に、数日前には聞けなかったことを気安く問うと、マディソンは「いいえ」と即答した。
「今のところ、浮気はまだ。でも、もしそうなったとしても……きっと、許しちゃうわ。惚れた弱みってやつね、嫌だわ」
はあ、と何とも悩まし気な溜め息を一つ零し、直後、いつもの秘書官の顔に戻った。
「ねえ、メグちゃんのこと紹介してよ。私達、仲良くなれる気がするの」
「あー、うん。今日会うから聞いとく」
「ありがとう! 今週末はどうかしらって伝えてくれる? ハリスは今週末何か予定あるかしら?」
「俺は大丈夫、」
「──なあ、何の話してんの?」
瞬間、ぞわりと総毛立った。
ギギギと油を差していないブリキ人形のように振り返ると、目だけ笑っていない隊長がいた。
「た、たい、ちょ……っ!」
猛禽類と同じ色の瞳に睨まれ、喉がひぐっと鳴る。
「何の話してたか、言え」
こ、こ怖~~。
この人は、絶対に浮気なんてしない。
ハリスはそう確信し、恐怖で縺れた舌を必死で動かし説明に尽力したのであった。ちなみにマディソンは知らぬ間に姿を消していた。
……恐るべし、秘書官!
──ハリス・ジョンソン、二十六歳。
彼もまた第二番隊のクズ率を下げる一人になるのだが、今の彼はフロイド・ヴァルコンに睨まれるただの哀れな隊員である。
「マディソンさん、ハリスが鈍過ぎてしんどいです……」
「大丈夫よ、メグちゃん! ハリスはあれ以来合コンも行ってないし、フロイド達の影響で順調にイイオトコに成長してるもの」
「……ううっ、ライバルが増えちゃいます……もう嫌……私、ずっと好きなのに……」
「ああ、泣かないで! 今日は、恋愛の達人(自称)を呼んだの! 新たな策を練りましょう!」
「……恋愛の達人?」
「ええ、難攻不落の副隊長を落とした超絶イイオンナよ!」




