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マイ・ヒーロー

 マディソンが仕事を辞め、女四人で集まる日を心待ちするくらい親しくなれた頃──今日も、キングストン家の豪奢なティールームで四人はお茶を楽しんでいた。

 ちなみに男共はどこかへ行った。多分遊戯室にでもいるのだろう。


 だーうだうだうーっ、とソファーに倒れこみ、その反動で起き上がることに専念しているブレットはまるで筋トレしているようだ。

 ぼふんぼふん、と高そうなソファーを揺らしている彼は一体何が楽しいのか分からないが、ご機嫌なことは確かである。



「あら、ニコルさんとベリルさんもあの舞台観に行ったの?」

「はい。マディさんとカレンさんのお話を聞いたら『もう観るしかない』って思って」


 マディソンが尋ねると、ニコルが頷いた。

 口ぶりからして楽しめたようで、嬉しくなる。

 なんせマディソンとカレンの二人と、ニコルとベリルの二人は世代が違うので。


「『野薔薇姫』が舞台化するなんて無理って思ってたけど、まあ悪くなかったよね~」


 原作の大ファンのカレンが『悪くなかった』と評すのだから、舞台化が成功だったことが分かる。

 マディソンもカレンに付き合わされて二回も舞台を見に行った。

 分厚い原作を読まずにいたが、舞台だとすんなり受け入れることができたし、なんならとっても面白かった。


「ケチを付けるとしたら、ヒーロー役の役者があまり良くなかったことよね~。もうなんなの、あ~んななよっちい男が騎士団長なわけないじゃな~い? ねえ、皆もそう思うでしょ?」


 原作愛が溢れるカレンにやれやれと思いながらも、マディソンも同意見だ。

 しかも、ニコルとベリルもそう思っているようで、うんうんと真面目な顔で頷いている。


「はい。やっぱりヒーローは黒髪じゃないと。原作はレイにそっくりだったし」

「あの役者さんよりだったら、ナイジェルの方が格好良かったなあって思いました」


 あら、惚気。


 ニコルとベリルは言葉が被ったことで目を瞬かせてお互いを見ながら「レイだもん」「ナイジェルだよ」と言い合っていてマディソンはそんな二人が可愛くって、カレンに同意を求めるように目を向けると「ダーリンの方があの役に合ってるわよ~~!」と大人げなく頬を膨らませていた。


 十代の子たちにむきになっちゃってもう。仕方のない親友だ。

 でも、あのヒーローは……彼の方が似合っていると思う。

 だって国で一番格好良くって、剣の腕が立つ騎士団長役でしょう? これに当てはまるのは、三人には悪いけど適任は彼しかいないと思うのだ。


 普段惚気たりしないニコルとベリルが、カレンの惚気に対抗しているのを見ながらマディソンはぼふっぼふんとソファーで筋トレ(?)をしているブレットの柔らかいお腹をちょんと指で突く。


「だっううう~~~! だううう!」


 邪魔するな、とでも言ってるのだろうか。

 レイそっくりの、しかし、小さな赤ん坊の威嚇はただただ可愛いだけである。


「ブレット。あなた、その『ぼふんぼふん』は楽しいの?」

「あーぶう!」

「そう? ……楽しいならいいのだけどね?」


 ぷにんぷにんな丸いお腹は、もしかしてこうして固くなっていくのだろうか……。

 またまたマディソンの指がブレットの腹に誘われる。


 つんつん。


「だう~~~! うあう!」


 つんつん。


「あきゃう!」


 つんつん。


「だうだうだう……うー……」

「あら、ごめんなさい。あまりにも素敵なお腹だからつい」


 マディソンがぽんぽこなお腹を撫でて謝ると、『許してやらんでもない』とでも言いたげな風に「ちゃあ!」と言い返された。


「ねえ、もう少ししたらあなたに幼馴染ができるの」

「たあ?」


「一緒に遊んであげてね、ブレット」

「ぷあ~~~っ!」

「なんて言ってるのかしら……? さっぱり分からないわ」

「ぶう!」



 フロイドは女の子を欲しがっているが、マディソンは男の子だという予感がある。


 きっと、フロイドに似て甘えん坊な男の子だろう──







「え? 『野薔薇姫』?」

「うん。マディおばさまと観に行ったってお母さんから聞いたの」

「見に行ったわよ。懐かしい。『野薔薇姫』ってカレンの大好きな恋愛小説なのよ」

「知ってる、私もさんざん読んでって言われたもん」

「ふふ。で、まんまとグレースもハマったのね?」

「そう! おかげで寝不足~。それでね、ちょうどいいタイミングで期間限定で再舞台化するって聞いたから、これは観に行かなくっちゃって思ったの。だから、一緒に行きたいなあって。……だめ?」

「そうね、じゃあどうせだったら皆で行く? ニコルとベリルとアーティも誘って。それで、帰りに新しくできたカフェにでも行きましょう」

「嬉しい! マディおばさま、大好き!」


 ぎゅうっとグレースに抱き着かれたマディソンは、学生時代を思い出した。

 カレンもこうしてマディソンによく抱き着いていた。


「母さん、グレース……何やってんの?」

「あら、レオン。おかえりなさい」


 すっかりマディソンの身長を頭一つ分追い越した息子は今年十三歳だ。

 ぎゅうっと抱き着かれている母を羨ましそうに見ちゃってもう、我が子ながら可愛いったらない──グレースにはちゃあんとレオンの好物のレシピを教えているからそんな目で見てはいけないよ、なーんてこっそり思ったり。


「レオン! おかえり! 待ってたの!」

「うん、ただいま」


 軍学校の夏季休暇で帰省したレオンの顔が綻ぶ。母より、好きな女の子──ちょっと寂しい。

 でもまあ、マザコンよりはましだろうか? うん、ましだ。そう思うことにしよう。


 レオンは誰に似たのか甘えん坊には育たなかった。

 ヴァルコン家で甘えん坊なのは、フロイドと飼い犬のベン(大型番犬)である。


「さあ、レオンの好きなエビグラタンが焼けるまで、二人でベンの散歩に行ってきてくれる?」

「え、でも私まだお手伝い残ってるし……」

「いいのよ。もうちょっとしたらカレンも来るもの。それにベンもレオンと散歩行きたがってるしね」


「ありがとう、母さん。……じゃあ、ちょっとだけ行ってくる。えっと、片付けは俺がするから……」

「わ、私も片付けお手伝いするね!」

 レオンの声が弾んでるが、それにグレースが気付く様子はない。


「いいからほら、いってらっしゃい。でも、夕飯までには戻ってきてね? フロイドと副隊長も来るから」


 エイダンはもうとっくに副隊長ではないが、呼び方を今更変えることが難しい。

 昔からのくせでエイダンのことを『副隊長』と呼ぶマディソンを、物心つく頃から一緒の子供達が不思議に思うことはない。




 二人が家を出てからすぐにカレンがやってきた。


「いらっしゃい、カレン。お疲れ様」

「ただいま〜……あれ、グレースは?」

「レオンとベンの散歩に行ってるわ」

「やん! 青春ね〜」




 ──グレースとアーティが想像するヒーローは誰だろう。


 マディソンとカレンが思い浮かべる人物ではないことは確かである。

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