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美味しい顔は、可愛い顔

 庭付き一軒家は、マディソンとこれから生まれる子供の為に買った──彼女の胎には自分の子がいるので随分と無理をした。


 ついでに信頼する部下の二人……エイダンとナイジェルもこれを機に恋人と籍を入れ(させ)た。

 第二番隊の『できちゃった婚』率をこれ以上増やさない為だということを彼等の恋人達は知らない。もしくは逆に納得していることを切に願うフロイド・ヴァルコンは、我が家に向かって全力疾走していた──果物がいっぱい入った袋片手に。


 朝、家を出る時にはつわりでげっそりしていたマディソンを思い出す。


 食べることが大好きな食いしん坊の彼女がげえげえと吐き、青い顔で「食べたくない」と消えそうな声で言うので、もうフロイドは辛くてどうしようもない。

 可哀想にマディソンは、好物の海老も、鳥皮をパリパリに焼いたものも、甘いハニーチーズピザを前にしても顔を歪めて水ばかり飲んでいる。



『甘くない果物なら食べられるんじゃないっすか?』


 仕事中、顔には出さないようにしていたが、フロイドの心中を慮ったのはなんと暴君(レイ)だった。


『……(ニコ)もそうだったし』


 ()()()()()レイは父親だったと、フロイドは(失礼なことを)思ったが口には出さなかった。

 その代わり、感謝の言葉を告げて残業の書類仕事をエイダンに全て押し付けて定時になった瞬間に軍部を飛び出し、甘くない果物をいくつか購入し家路に急いだ。


 そして、予定より早く到着した家の前で呼吸を整えてから音を立てないようにゆっくり扉を開けた。


 果物の入った袋を台所に置き、服を脱いで風呂場に向かう──ついこの間、仕事から帰ってすぐに抱き着いてしまい、体臭で吐かれたので気持ちが急いても入念に体を洗うことは省けない。

 あの時のマディソンはとてもショックな顔をして、しばらく落ち込んでいた……あんな顔はもうさせたくない。






 寝室に入ると、マディソンは眠っていた。


 妊娠前は、寝相が良いとは言えなかったのに今はフロイドを蹴ったりしない行儀の良い寝相になっている。

 あれはあれで困ったが、今の状態よりはずっとましだったとフロイドは思う。

 寝相が悪いのは体力が有り余っているからと聞いたことがあるだけに、マディソンの体力が無くなっているのは明らかだ。


 汗で額に張り付いている髪を避けてやると、マディソンがゆっくりと目を開けた。


「悪い、起こしたか?」

「ううん、大丈夫。おかえりなさい」

「ただいま。今日は何か食えた?」


 首を振るマディソンの頭を撫でると、少しだけだが表情が緩んだ。


「レイから聞いて『甘くない果物』買ってきたんだ。ネーブルとキウイとプラム。どう? どれか食べられそう?」

「……食べてみようかな」


「分かった! 今()いてくる!」

 久しぶりのマディソンの食欲にフロイドが立ち上がると、くんっとシャツの裾が引かれた。


「どうした?」

「……早く来て、ね」

「分かった!」


 フロイドはマディソンの我儘が大好きなので、急いで台所に行き洗ったネーブルとボウルと果物ナイフを持って寝室に戻った。


「……え、早過ぎ」

「『早く来て』って言っただろう?」

「そうだけど」

「ちょっと待ってて。剥くから」


「フロイドって果物剥くのも上手いのね」

 ネーブルを剥いていると、やや非難めいた声色で言われてしまった。なんでだ。


「そうか?」

「そうよ。あなたって苦手なことはないの?」

「あるよ」

「あら、何?」

「内緒」

「意地悪ね」

「こら。『意地悪』とか言うな。ムラっとするから」

「やあねえ」


 ──笑った。


 マディソンの笑顔を見てフロイドは安心した。

 ここ三日ずっと苦しそうだったので、久しぶりの凪いだ笑顔だったのだ。


「ほら、剥いた」


 きっと普段のマディソンならば横になったまま食事なんてしないのだが、今回は特別なのだろう。

 フロイドが彼女の口元に寄せたネーブルを前に、珍しく大人しく口を開けた。


「もっと食えそうか?」

「……うん、美味しい。もっと食べたい」


 咀嚼し終えた彼女に聞けば、ぱあっとワントーン表情が明るい笑顔が返ってきた。


「じゃあちょっと起きよう。リビング行こ」

「うん」




 移動してもマディソンは吐き気を催すことはなく、ネーブルを三分の一とプラムを丸々一個平らげた。

 残念ながらキウイは甘過ぎて受け付けなかったが、この結果にフロイドは大満足だ。

 ……この食欲が呼び水になってくれればいいが、つわりはまだまだ続きそうである。


「ありがとう、美味しかった」

「おう」


 肩が少し薄くなったマディソンの肩から落ちそうになる肩掛けをしっかり掛けてやれば、また彼女の笑みは深まった。

 青い顔をしながらも、にこにこと機嫌が良い。


「マディは本当に可愛いなあ」


 つい心の声を漏らせば、「何よ、いきなり」とすっぴんの顔をくしゃっとさせるマディソンに、フロイドは目を細めた。








「パっ!」

「ん?」

「パーパ?」

「聞いてるよ、どうした?」

「レオ、あむあむしゅる」

「うん、ちょっと待ってて。今レオンが食べやすいように小さくしてるからね」

「んやーーーっ!」

「あ! こらっ」


 バンバンとテーブルを叩く息子に、フロイドは「め!」と叱る。

 しかし、レオンはぷうっと頬を膨らませてそれをまた繰り返す。


「あむあむしゅるのー!」


 バンバン!


「分かった。分かったから。バンバンしないんだよ? 痛い痛いだよ」

「たいたいなあいっ」

「レオンはな。でもテーブルさんは痛い痛いかも知れないだろ? バンバンはいけないんだよ。分かるか?」


 ──フロイドが諭すように言うと、レオンははっとした顔をして俯いた。


「……あい。……めんちゃい」

 レオンは叩いていたテーブルを撫でて謝る。


「ん。ほら、レオン。剥いたぞ。あーんして」

「あーん」


 レオンの最近のお気に入りはプラムだ。マディソンが妊娠していた時に一等お気に入りだった果物である。

 マディソンはレオンを産んで、プラムを食べることはなくなったのに不思議だ。

 ちなみにレオンが好むのは甘いプラムだ。時期を過ぎたプラムは甘く、時期が前のプラムは酸っぱい。


「あら、レオンは何をあむあむしてるのかしら?」


 レオンのべとべとしている口元を拭いていると、後ろから声がかかった。


 何を食べているのか知っているが話しかけるのは、最近たくさん言葉を話すようになったレオンを見るのが楽しいからだろう。

 それはフロイドも同じだ。


「ぷぁむ」

「ふふっ。レオンはプラムが大好きね」

「らいしゅきー!」

「美味しい?」

「おーし!」


 きっとレオンはまだまだ食べる気満々だろう。

 フロイドは妻子のほのぼのした会話を聞きながらプラムを小さく切る作業を再開した。




 銀の髪に、琥珀色(アンバー)の瞳を受け継いでいるレオンは、フロイドに顔立ちもそっくりである。


「パパ!」


 でも──



「レオンは本当に可愛いなあ」



 ──小さくしたプラムを頬張って笑った顔は、好物を食べた時のマディソンによく似ていた。

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