グレインジャー家の呪い
──グレインジャー家には、呪いがある。
グレインジャー家の男児は幼馴染と必ず結婚するという呪いだ。
レイの父も、祖父も、曾祖父も、歴代の当主は漏れなく幼馴染と結ばれた。
「おい、なんでその話を俺にする」
ニコルとベリルが、たまには買い物に行きたいと言って(主にニコルの我が儘)、黒服集団をぞろぞろ引き連れて遊びに行ってしまい、部屋に残されたのは二人の夫と子供達だけ。
そこで語られた『グレインジャー家の忌まわしき呪い』に、ナイジェルはレイを睨まずにいられない。
ナイジェルとベリルの一人娘──アーティが、レイの息子と遊んでいる光景に、なんだか嫌な予感がする。
「娘はやらないぞ!」
「オッサンみてえなこと言ってんじゃねえよ」
「アーティは、『パパと結婚する』って言ってる」
「は? まだそんなにはっきり喋れねえだろ」
「……ちっ」
「お前そんな面倒な男だったか?」
「黙れ」
ナイジェルに呆れたレイが立ち上がり、遊んでいたアーティを抱き上げる。
ぽやっとしていているアーティは、されるがままだ。
「あーてぃはおれと、あそんでるんだっ!」
足元にいるブレットが、レイの足をぽこぽこ叩いているのを見て、父親よりは見込みはあるかも知れないと、ナイジェルは思ったが……口にはしない。
あんな青二才に娘はやれない。
「おい、アーティ、俺と結婚するか?」
レイが丸い額に張り付いた髪を避けながら問うと、アーティはこくりと頷いた。
ほわほわと笑うアーティはとても愛らしく、レイは自分の心がじんわりと癒されていくのを感じた。
父親譲りの澄んだ夏空色の瞳が、レイの鋭い目付きを和らげる。
「……っ!?」
見つめ合う二人に『ガーン』という顔をしているのは、ナイジェルだけではない。
レイの足元で、アーティの好きな人形を握りしめているブレットも、ショックを受けている。
可哀想に、よく見ると涙目だ。
「レイ、アーティを返せっ」
「あははっ、お前マジで面倒臭えなあ」
「うるせえ!」
レイからアーティを奪還したナイジェルは、娘に「めっ」と小さく叱るが、当の本人は口をぱかーんと開けて、よく分かっていない様子だ。
でも、そんなところも超絶可愛い。
「アーティは、パパのこと好きだよな?」
「しゅき」
「じゃあ、レイとも結婚はしないな?」
「しにゃいにゃ」
「パパと結婚するんだもんな?」
「もんにゃ」
「よしっ!」
言質は取った! これで安心だ!
ナイジェルは安堵の息を吐いて、アーティを抱きしめた。
「『よしっ!』じゃねえよ、復唱させてるだけだろ」
レイがつかさず突っ込む。
健康優良児で他の子よりも大きいブレットと比べて、ナイジェルの娘のアーティは体が小さく、熱もしょっちゅう出すらしい。
初めてアーティを腕に抱いた時、レイはあまりの軽さに驚いたものだ。
むっちりずっしり重く、元気過ぎるブレットと違い、アーティは柔いし軽いし、泣き声も子猫みたいに小さかった。
常にぽやんとしていて、一人っ子で我が儘なブレットですらアーティの前では一丁前に『お兄ちゃん』をしている。
「おい小僧、アーティを貰いたいなら俺を倒してからだ」
大人げないナイジェルが、ブレットに威嚇しているのを見てレイはげらげら笑った。
ブレットはいつもの元気はどこへやら、何も言わずに神妙な顔をしている。
「おう、ブレット。ナイジェルをやっつければ、アーティはお前のもんだ」
レイは、落ち込んでいる息子の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜる。
「やっつけるだろ?」
「…………やっつける」
ブレットの濡れた瞳の中に、闘志を見つけたレイは笑みを深めた。
それでこそ、グレインジャー家の漢だ。
「じゃあ、鍛えねえと。今のお前じゃ、返り討ちだ。クソ弱えからな」
「おれ、きたえる! つよくなる!」
力強く頷くブレットに「クソ餓鬼ぃ」とナイジェルが歯をぎりぎり鳴らし、アーティは、そんな怖い顔の父の頬をぺちぺち叩いた。
「へえ? だからブレット、レイと一緒に筋トレしてたんだね」
筋トレと言っても、ブレットはレイの周りをぴょんぴょん跳ねていただけだ。
遊び疲れてぐっすり眠っているブレットを抱き上げて、にやにや笑う夫にニコルは呆れる。
「……レイとブレットは、アーティちゃんが大好きだね」
「おっ、嫉妬か?」
「馬鹿」
「図星だな、ニコ」
本当にムカつく男だ。
嬉しそうにしているところが、またムカつく。
ニコルだって、アーティは可愛い。嫉妬なんて(ちょびっとしか)していない。
「ブレットが振られちゃったらどうするの?」
無理矢理に話題を変えるニコルに、レイは一瞬顔を顰めた。
「振られる訳ねえだろ」
「なんで?」
「俺の息子だからな」
「何それ」
凄い自信である。
こんな根拠のない自信を持つ男にならないように、ブレットにはしっかりと教育をせねばならない。
知らないところで巻き込まれるアーティが不憫なので、自分は彼女の味方でいようと心に決めた瞬間でもある。
それにしても……『グレインジャー家の呪い』なんて、ニコルは初めて耳にした。
義父と義母が幼馴染というのは知っていたが、祖父と曾祖父の代もとなると『呪い』に信憑性がある。
友人になったベリルは良い子だし、ナイジェルも何だかんだと、レイを助けてくれる信頼に足る人間だ。
ブレットが、アーティをグレインジャー家に迎えることは、ニコルにとっても喜ばしい。
……あくまで『もしも』の話だけれど。
「まあ、ブレットの頑張り次第かあ」
「孫に早く会えるかもな」
「……それナイジェルさんに言わないでね? アーティちゃん、遊びに来なくなっちゃいそう」
「ブレットが『やっつける』って言ってるから気にすんな」
「やっつけちゃダメだってば」
ニコルの注意に、レイはムカつく顔でにやにや笑うだけだ。
ナイジェルには次回会った時、ニコルから謝っておこう。
こんな男と友人でいてくれる彼には、感謝しかない。
「頑張れよ、クソ餓鬼」
「もう……」
眠っているブレットに囁くレイの声が優しいせいで、ニコルはそれ以上彼に注意をすることができなかった。
こんな気持ちにしてくれる呪いなら、いつまでも続けばいいな、とこっそり思うニコルであった。




