オフィリア6
その三日後、父王がオフィリアを召し寄せた。
父王は「人喰い王子」の部屋の鍵を返却するよう、オフィリアに命じた。オフィリアは生まれて初めて、父王の命令を拒絶した。
「お断りします」
ミトラシュが初めて微笑んだとき、父王に奏上するべき言葉は決まっていた。自身を奮い立たせようと、ぎゅっと目を瞑ったとき、瞼の裏に王妃の顔がちらついたけれど、今更、後には退けない。
オフィリアは父王の冷ややかな眼差しを真向から受け止める。生まれて初めての反抗だ。心が震えおののくけれど。それでも、必ず、成し遂げると決めたから。
ーーミトラシュをひとりぼっちにはしない!
オフィリアは大きく行きを吸い込んで胸をふくらませ、勇気を奮い起こす。
「あの子は「人喰い」ではありません。不幸な生い立ちも、不思議な「出来物」も、あの子のせいではありません。あの子は陛下の御子であり、私の異母弟です。陛下の思し召しにかなわないかもしれません。それでも私は、あの子に姉らしいことをしてあげたいのです」
言い切ったときには、心臓が早鐘を打っていた。
オフィリアはこれまで、最も優れた者であろうとするのと同等に、最も父王に将来を嘱望される子であろうとした。世嗣ぎを選ぶのは父王だ。父王の不興をこうむれば、これまでの努力が水泡に帰すかもしれない。そんなことになれば、王妃は落胆し、失望してしまう。
--でも、かわいそうな弟の不幸を見て見ぬふりをするような、そんな卑怯者は、女王にふさわしくない!
オフィリアは父王の叱責を覚悟していた。しかし、父王はいつも通りの、抑揚のない声調で言った。
「ならば遺書を記せ。そなたの死は誰のせいでもない。そなた自身の愚かさ故であると。王妃の生家が騒がぬようにせよ。後は好きにするが良い」
これで話は終わりだと、父王はオフィリアを追い払った。
オフィリアは、父王の子供たちのなかで、自分は特別な努力家であると自負していた。しかし、父王はそう捉えてはいない。父王の前では、子供たちは平等なのだ。誰も彼も皆、同様に、とるにたらない、つまらないものなのだ。
--陛下にとって、私の反抗なんて、なんでもないこと。よかった。陛下は私に失望したりなさらない。だってはじめから、期待なんてしていらっしゃらないから。ああ、よかった! 陛下は私を嫌いになったりなさらない。だってはじめから、どうでも良いと思し召しだから。よかった。これで、よかったの! これで、お母様の期待を裏切らずに済む!
オフィリアは自分に言い聞かせた。眼が潤み、視界がぼやけたけれど、絶対に泣くまいと唇を噛んだ。