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眠れる理想の怪物  作者: 銀ねも
目覚め
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オフィリア3


 ***


 あれは確か、五番目の異母兄であるレティアズを剣術の稽古でこてんぱんに打ち負かした後の出来事だ。レティアズはオフィリアより一つ年上なので、十歳だった。当時、レティアズの剣術の腕前は、オフィリアの足元にも及ばなかった。


 レティアズは潔く敗けを認めようとせず、あろうことか、オフィリアの勝利に難癖をつけてきた。オフィリアはついかっとなって


「お兄様のそれは、負け犬の遠吠えというのです」


 と言い放ち、レティアズを睨みつけた。レティアズは憤慨した。


「お前なんか『人喰い王子』に喰い殺されてしまえ!」


 怒鳴り散らしたレティアズは、地面に転がっていた木刀をオフィリアに投げ付ける。投げ付けられた木刀は難なく薙ぎ払ったのでオフィリアに怪我は無かった。ただ、疑問が残った。


 ―― 『人喰い王子』って?


 まことしやかに囁かれる怪談の類だろうか。しかし、王宮の怪談には根源となる史実が存在する筈で、オフィリアが知らないそれをレティアズが知っているとは考えにくい。


 侍女たちに訊いても、教師たちに訊いても、誰も教えてくれない。皆、口を揃えて知らないと言う。


『人喰い』とは、強靭な輝殻と血の通う塩の肉体をもつ、獰猛な獣である。『人喰い』は血肉をもつ生き物、とりわけ、人間を好んで補食する。『人喰い』の命の源は体表のどこかにある『輝石の心臓』の内にあり『(しろがね)の炎』でなければその命を絶つことは出来ない。


 ヴァロワ国は『地獄の淵』のほとりに位置し、長きに渡り『人喰い』に脅かされてきた。しかし、それは昔の話。人喰いの天敵である『生きる(しろがね)』が淵へ根を下ろして以降、人喰いが淵を越えて襲来することはなくなった。


 人喰いの脅威に晒された歴史を紐解いても『人喰い王子』などという記述は見られない。


 いくら調べても答えが得られない。もしかしたら『人喰い王子』とは、レティアズがオフィリアを怖がらせようとして作り上げた空想の産物なのかもしれない。


 ―― きっと、そうだわ。こんなに調べても、誰も知らないし、どの本にも書かれていないのだから


 そう自分に言い聞かせていた矢先のこと。文武ともによく励んでいる褒美をとらせようと、父王はオフィリアを召し寄せた。


 オフィリアは王妃が言い聞かせた通りに、年相応の他愛ないおねだりをしようとして、思い直した。


「『人喰い王子』とは何か、ご教示頂きたいのです」


 オフィリアのおねだりは、父王にとっても予想外だったようだ。僅かに瞠目し、暫くすると目を細めた。


「『人喰い王子』とは、お前の異母弟のことだ」


 父王は言った。オフィリアには一つ年下の異母弟がいて『人喰い王子』とは、獣同然の異母弟を指す蔑称なのだと。


「あれは、生母の腹を喰い破り、産まれたのだ。故に『人喰い王子』よ」

「えっ。そんな、まさか」

「信じられぬのであれば、己の眼で確かめるが良かろう」


 父王は千切って投げるように言うと、オフィリアに真鍮の鍵を授け、異母弟の幽閉されている部屋の場所を教えた。


「扉を僅かに開き、隙間からひそかにそっと、様子を窺うに留めよ。あれは鎖に繋いであるが、ゆめゆめ油断するな。そなたにもしものことがあれば、王妃の生家が黙ってはおらぬ」


 父王にさがれと命じられたオフィリアは、素直に従った。


 父王の忠告が、オフィリアの身を案じてのものではなく、王妃の生家との関係が悪化することを懸念してのものであると、当時のオフィリアは既に理解していた。


 父王が素っ気ないのはいつものことだ。父王は万事において、無感動であり無関心であった。王妃とオフィリアは、王妃の生家の威光により優遇され、愛妾と庶子達と比較すれば、ご尊顔を拝する機会を多く与えられた。


 しかし、嫌々ながら義務を果たす不機嫌な父王との謁見が、愉快な時間である筈がない。さがれと命じられると、オフィリアはほっとするのだった。

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