ミトラシュ9
グロテスクな描写があります。苦手な方はご注意願います。
オフィリアは彼を仰視する。彼の心の中にある何かを、確かめたり探ったりして、感じとろうと試みていた。
彼は特に気にしなかった。何を読み取られるにせよ、オフィリアに知られて困るような秘密の持ち合わせはない。寧ろ、隅々まで浚って、罪の堆積をつぶさに吟味して、全てを理解した上で、受け容れて欲しかった。
しかし、切なる願いは叶わなかった。ミトラシュの想いは裏切られた。
オフィリアはその心からミトラシュを弾き出しておきながら、当然のようにミトラシュの心を覗き込むのだ。
彼は厚顔無恥なオフィリアに腹を立てていた。それでいて、ミトラシュは優しい姉の面影に縋りついていたかった。そうして、心は二つに引き裂かれた。
ーーもう、我慢しない。我慢できない。
「ミトラシュ? なに? あなた、なにをどうしたいと言ったの?」
オフィリアが小首を傾げる。愚かな獲物の無防備な仕種が、捕食者の興奮を煽る。
彼はオフィリアの左手の甲に口づけ、恍惚とした。オフィリアの血肉が香る。噎せかえるような香気が彼を眩惑し圧倒する。薬指の指先を口唇でやわらかく食んだ。オフィリアの肌が粟立つ様子は、仔猫の毛が逆立つ様子にそっくりだった。
彼は微笑み、オフィリアの薬指を口腔へ招き入れる。蕩けるように熱い粘膜に触れ、オフィリアが身を捩る。しかし、逃げられない。手遅れだ。
ーーあなたとわたし。ふたりが出会ったとき。もう手遅れだった
爪甲を嘗める。舌触りはなめらかだった。爪の輪郭をなぞるように丹念に舌を這わせる。爪下皮を舌先で擽ると、オフィリアの矮躯が一際大きく震えた。
オフィリアは、見知らぬ場所にひとり置き去りにされて途方に暮れるような表情をしていた。円い頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。彼の半分の心はオフィリアの愛らしさに感嘆し、もう半分の心はオフィリアの愚かしさを嘲った。
彼は微笑を絶やさず、下の歯列を下唇で覆う。そうして、オフィリアの指を咥え直すと、爪半月に歯を突き立てた。
オフィリアが苦鳴を上げても構わなかった。悲鳴を上げさせたいと思った。きっと、可愛らしいし、胸がすっとするだろうから。
ほんの少し力を込めれば、桜貝のような爪は薄氷は儚く割れた。オフィリアの可憐な口唇から、絹を裂くような悲鳴が迸る。死に物狂いの抵抗を抑えるのは赤子の手をひねるようなものだ。愛くるしい程に無力だった。
爪根を歯と下唇で挟み力を込める。溢れ出す血に押し上げられるようにして爪が浮いた。爪の先端を咥えて引き剥がす。みちみちと、爪と肉が剥離する音が頭蓋に響いた。オフィリアが泣き叫ぶ。露出した肉を舌先で苛めると、悲鳴はさらに痛切な音色に変調する。彼とオフィリアの奏でる、素晴らしい音楽だった。
爪を剥いだだけでこれだ。指を食い千切ったら、どうなるか。
彼は身震いした。くすぐったさを煮詰めたような未知の感覚が、彼自身には予測できない拍子に襲ってくる。堪えようにも堪えきれない。
ーーもっと。もっともっともっと、傷付けたい。傷を抉りたい。もっと深く。姉様の、奥の奥まで暴きたい。
それはきっと、愛だった。焼け爛れるような情熱の愛だった。
彼は露の渦に身を投じた。めくるめく享楽の迷宮を、ひたすら駆け巡る。
彼は快楽に溺れた。見たいものだけを見て、聞きたいものだけを聞いて、感じたいものだけを感じていた。それが彼の在り方だった。
彼は忘れていた。彼は今、彼の世界の外側にいるということを。
「痴れ者奴! オフィリア殿下を放せ!」




