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眠れる理想の怪物  作者: 銀ねも
目覚め
2/27

オフィリア1

「愛憎のラプンツェル」のスピンオフになります。

 

 ***




 大陸の北部に位置する国の一つであるヴァロワ国は、臨海における貿易の要所である。栄えあるヴァロワの第三王女として、オフィリア・ソル・ベンシィグースは生を受けた。


 五人の異母兄と二人の異母姉は、父王が花束の如く抱えた愛妾に産ませた庶子であった。ヴァロワの王位は男子優先長子継承と定められている。ただし、それは王妃腹の王子が複数人、存在する場合に限られた。


 王妃腹の王子が不在である場合、ヴァロワの法は王妃腹以外の王子、王女が王位に就くことを認めている。


 父王は第八子であるオフィリア誕生に際して『時が満ちれば、我が子達の内、最も優れた者を世継とする』と宣言した。王妃腹の子は、王女であるオフィリアの他にいなかったからだ。


 王妃はオフィリアに最高の教育を与えた。幅広い知識、知見を得るべく、オフィリアはそれぞれの道を極めた複数の教師に師事した。ありとあらゆる学問を修め、礼儀作法を身につけなければならない。高貴である義務を果たす為、音楽や舞踏を習学し、剣術や馬術の手解きも受けた。


 王妃が公然とオフィリアの即位を望むことは無かったが、切望していることは明白だった。


 王妃は王妃となるべく生まれ育った、先王弟の一の姫である。高貴な姫君には、相応の自負があるもの。愛妾たちは若く美しいけれど、覚悟も教養も、王妃の足元にも及ばない。


 王妃の取り巻き達は口を揃えて「愛妾が王妃を差し置いて国母になるべきではありません」と言う。


 オフィリアもまた、王妃こそ国母にふさわしいと確信し、唯々諾々と王妃の心に従ってきた。


「公平無私でありなさい。好悪に偏るべきではありません」

「万事について、惑溺して度を過ごすことのないように」

「喜怒を慎みなさい。表情や態度に出してはなりません」

「愛憎をふりまわしてはなりません」

「人々の大義のため、為すべきことを為すのです」


 王妃がオフィリアに与えるものは全て、オフィリアを、世嗣ぎとなるにふさわしい、最も優れた者たらしめるものなのだ。


 オフィリアは物心ついてから、女王に即位するという宿願を果たす為に生きていた。苦労を苦労と思わなかった。


 オフィリアは様々な教学に研鑽を積む。勤勉なオフィリアはあらゆる学問において優秀な成績をおさめていた。異母兄たちにとっては、後から始めたのに追い越してゆく異母妹の存在は、忌々しく目障りなものだったのだろう。


 十歳の誕生日を迎えた翌朝、オフィリアは異母兄たちに取り囲まれた。


「女が剣を振り回し、馬に跨がるなどはしたない。嫁ぎ先がなくなるぞ」

「小賢しい女は可愛げがない。異母姉たちを見習って、女らしい嗜みを身につけるべきだ」

「王妃腹とは言え、お前は王女なのだ。差し出がましい真似をするものではない」


 異母兄たちは分別臭くオフィリアを窘めながら、内心では、王妃腹に生まれたオフィリアに嫉妬している。オフィリアが自分たちより優れているのは、一重に王妃の権勢によるものだと、決めつけている。それが、オフィリアにはどうしても、我慢ならない。


「もっともらしく仰るけれど、あらゆる分野において、私はお兄様方より優れているのですから、それは負け惜しみ以上のものではないでしょう」


 絶句する異母兄たちに、オフィリアは追い討ちをかける。


「私は謙遜や韜晦(とうかい)が美徳であるとは思いませんし、日々の努力と研鑽の蓄積に自負があります。私はお義兄様方より努力しているのですから、お兄様方より優れているのは当然のことです」


 オフィリアはきびきびと一礼して、踵を返した。


 オフィリアに手酷くやり込められ、激昂した異母兄たちは、どんどん遠ざかるオフィリアの背中に、苦し紛れの罵倒を投げつける。


「全く無作法で愚かな女だ」


 オフィリアは無作法でも愚かでもない。根も葉もない言い掛かりが、オフィリアの矜持を傷つけることはない。ただし


「全く無作法で愚かな庶子どもだ」


 と呟く程度には、腹を立てていたけれど。


 異母兄たちに疎まれ、蔑ろにされても、オフィリアは何の痛痒も感じない。不平不満を口にするばかりで、努力を怠る異母兄たちのことを、心底、軽蔑していた。


 王妃は、慈悲深く献身的な人格者として、多くの人々に慕われている。オフィリアは王妃を尊敬していたし、憧れていた。

 しかし生来の、猛禽の如き気性を矯正することは難しい。鼠が目の前をうろちょろすれば、鋭い鉤爪でおさえつけずにはいられなかった。


 オフィリアは異母兄たちとしばしば諍いを起こし、蛇蝎の如く嫌われた。園遊会などで顔を合わせれば、持ち前の舌鋒が異母姉たちの顰蹙を買った。同じ年頃の上位貴族の姫君たちは、オフィリアの苛烈な気性と、異母兄姉たちの不興を買うことを恐れて、オフィリアを敬遠した。


 こどもたちの社交界において、オフィリアは完全に孤立していた。

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