怪物
ねぇ、姉様。お話し、して?
ん? どうかした? えっ? お話ししたくない?
ふぅん。そっか、そっか。残念だけど、仕方ないね。姉様にお話しして貰うのは、また今度にしよっか。
今日は僕のお話し、聞かせてあげる。ほら、姉様、こっちこっち。僕のお膝にのって。なぁに、恥ずかしい? あはは、嘘つき。海千山千の阿婆擦れが、かまととぶるの、やめてくれる? 気味が悪いんだよ。
あっ、ごめん、ごめんね。本当のことでも、言われたくないこと、あるよね。わかる、わかる。ま、どうでも良いけど。ってことで、そろそろ、お膝にのろっか。
よいしょっと。姉様は軽いね。尻軽女は身体も軽いんだ、なんて。面白くなかった? あはは、ごめん、ごめん。怒らないで。姉様の怒った顔、すごく醜いから、笑っちゃうな。
ねぇ、姉様。こどもの頃、思い出すね? あの頃の僕、姉様のこと、大好きだった。今も、大好きだよ。もちろん。今はもう、それだけじゃなくなったけどさ。
あー、これ、話しだしたら長くなるやつだ。やめよう、やめよう。そんなことより、お話し、しよう?
そうだね。姉様が大好きな、ヴァロワの王様のお話しにしようかな。百年と少し前に生まれた王子様のお話、するね。
それじゃあ、はじまりはじまり。
『昔々、ヴァロワ国の王様と王妃様は、子宝に恵まれず悩んでいました。
ある時、沐浴する王妃様の前に、人喰いの獣が現れました。人喰いの獣は、人を食べてしまう、恐ろしい獣です。きっと、王妃様も食べられてしまいます。人喰いの獣は王妃様に踊りかかるでしょう。王妃様は怯えました。
しかし、人喰いは王妃様を食べようとしませんでした。人喰いは跪くと、赤い輝石を恭しく差し出して、こう言いました。
「これを召し上がれ。そうすれば、お望みの御子は一年以内にお生まれになるでしょう」
王妃様は人喰いに言われた通り、赤い輝石を呑み込みました。すると、人喰いの獣が言った通り、王子様が生まれました。
王様と王妃様は願いが叶ったことをとても喜び、祝宴を催しました。
王様は、ヴァロワ国に住む十三人の賢者たちを祝宴に招待することにしました。しかし、王妃様は人喰いを喰らう十三人目の賢女を招待したくありませんでした。王妃様は下女に命じて、賢者たちをもてなす為に必要な十三枚の金の皿のうち、一枚を隠してしまいました。
金の皿は十二枚しかなく、王妃様は十三人目の賢女を招待することを嫌がったので、王様は十三人目の賢女を祝宴に招待することを諦めました。
祝宴に招待された十二人の賢者たちは、それぞれ「美徳」「美貌」「富」などの祝福を王子様に贈りました。
十二人目の賢者が贈り物を終えると、十三人目の賢女が現れました。
「その赤子は人間ではなく、人喰いの獣です。その赤子を私に渡しなさい。私はあなた方の守護者。あなた方の為に、人喰いの獣を喰らってあげましょう」
なんてこと、と王妃様は悲鳴を上げました。
「陛下、惑わされてはなりません。十三人目の賢女は、祝宴に招待されなかった報復として、このような出鱈目を言うのでしょう」
王様は十三人の賢者たちを信頼していましたから、突如として現れた十三人目の賢女が、王子様を人喰い呼ばわりしたことに驚き、狼狽えました。王妃様と賢女のどちらの言い分が正しいのか。王様は悩みましたが、王妃様を信じることにしました。
王様は家来に命じて、十三人目の賢女を捕えました。十三人目の賢女は反逆者として火刑に処されることになりました。
十三人目の賢女は銀の焔に焼かれながら、最期に王子様に呪いをかけました。
「王子は即位してから五年後、賢明な人間たちによっておぞましい本性を暴かれ、銀の焔に焼かれて死ぬだろう」
王様と王妃様をはじめ、お城の人々が大騒ぎする中、人喰いの獣が現れて、こう言いました。
「王子様は死ぬのではなく、百年間眠り続けた後に目を覚ますのです」
人喰いは立ち去りました。王子様はすくすくと成長し、王様が亡くなると、王様になりました』
おしまい。それじゃあ、ここで、問題です。この後、王子様はどうなったでしょうか? わかったひとは手を挙げて。姉様、わからない? それじゃ……はいはーい! 僕が答えます!
王子様は、死にました! 怪物だから、人間たちに殺されたのです! ところが、王子様は百年後、生き返りました! 怪物だから、しぶといのです!
くたばっちまえば良かったのに、って思う? 図星? 図星なんだ? ははっ! 本気? 懲りないなぁ、姉様は。嫌々言うけど、本当は、痛いのも好きだったりして。ははっ、また、痛い目にあいたいのか。まったく姉様は……気色が悪いな!
ねぇ、姉様。これ、元の話はどんな話か、知ってるかい?
王子様のキスで、お姫様にかけられた呪いは解けて、百年の眠りから目覚めたお姫様は王子様と結ばれて、めでたしめでたし、で終わる。
僕はお姫様じゃなくて王子様だし、姉様は王子様じゃなくてお姫様だけど。
姉様は、お伽噺のお姫様みたいに、清くないし、正しくないし、美しくもないけど。
姉様は、僕にかけられた呪いを解いてくれなかったけど。
でもさ、僕を目覚めさせたのは、やっぱり姉様なんだよ。
あの奇跡を、つい昨日のように思う。あの時、閉ざされた暗がりに一条の光がさし、百年の眠りから覚めた私は、かけがえのないあなたと出会った。
……ねぇ、姉様。このまま、ふたり一緒に、壊れてしまおうか。