08
「雨降ってる……」
「だな」
「ひゃぁ!? あ、ゆ、佑悟先輩……」
なんだか凄く久しぶりな雨のような気がする。
そして、朝から降っていたわけではないので傘は当然持ってきていない――ということもなく、先程確認した結果鞄の中に勝手に折りたたみ傘が入れられてあったのだ。
「傘ないのか?」
「はい……でもお兄ちゃんが来れば……あ、でもひとみちゃんとがいいよね……」
仮にどちらかが持っていたとしたらそうだろうな。
やつらは年中無休で通常営業だし相合い傘だって恥ずかしがることもなくやってのけるだろう。
「それなら入れよ、俺は持ってるから」
「えぇ!? そ、それって相合い傘……」
「気にすんな」
さして歩きだすと慌てて彼女が追ってきた。
対さゆきの場合は時にこういう勢いが必要だと俺は学ぶ。
意味があるかは分からないがアニメや漫画キャラみたいに彼女の方へ少し寄せる。
あからさまなのは気持ち悪いし下心があると勘違いされても困るため、軽くでいいだろう。
「学校は楽しいか?」
「はい、いとしちゃんやひとみちゃんがいてくれますから」
「俺は最近楽しくなってきたな、いとしが黛と仲良くなったし、カズは八代と通常運転だし、おまけに菊池さゆきっていう仲間がいるから」
流石に「さゆきと一緒にいられるからな」なんて言えない。
つか最近の俺はどうも彼女のことを気にしている感じがする。
それこそあれか、守ってやらなければならない系女子だからか。
彼女が必要としているのかどうかは分からないが、拒絶されない限りはこのままでいこうと思う。
「苦手な教科とかってあるのか?」
「体育が苦手です、足が遅くてスタミナもないので」
「へえ、ま、いいんじゃね? なんか可愛くて」
「いえ……実際は持久走とかも最後になって恥ずかしくて」
「あー、皆に見られながら走るのは嫌だよな」
シャトルランとかも人数が減っていくともうやめた方がいいかなって気分になってくる。
後は上体起こしとかで他人に触れなければならない時や、長座体前屈で人に測ってもらわなければならない時にある距離感だろうか。
友達でないと気軽に触れられないし頼めない、そういう点はひとりぼっちの問題点だ。
「でもあれだろ? 家に帰ると滅茶苦茶気分良くなるよな」
「はい、夕ごはんを作ったりするのも楽しいです」
「そうか、カズとかに振る舞えば美味しいって言ってもらえるもんな」
母も「いつも大変だけど美味しいって言われたら疲れが吹っ飛ぶんだ」と言っていたし、やはり言葉には効力がある、と。
「お父さんに作ってあげるとお小遣いをくれるんです、お、お金目当てというわけではないですけどね」
「別にいいだろ、労働の対価だ」
家庭によっては娘と不仲なんてこともあるしさゆき父はさぞ嬉しいことだろう。
うーむ、たまには俺も母や父になにかをしてやるべきだろうか。
経済力はないためなるべくお金のかからないこと……肩揉みとかマッサージ?
「そうだ、家に寄っていきませんか?」
「なんでだ?」
「あ……と、特にないんですけど」
「それなら寄って行かせてもらうかな」
「はい」
――いやでも良かった、普通の感じで。
きっちり靴を揃えて「お邪魔します」と挨拶を忘れない。
どうやら俺と彼女のふたりきりだということはすぐに分かった。
「どうぞ」
「サンキュ」
飲み物を少し飲ませてもらって見回す。
広さも自分家と変わらない、居づらいということもなく落ち着く空間だ。
「あの、横いいですか?」
「おう、つかいちいち聞いてこなくていいだろ?」
「そ、そうわけにも……し、失礼します」
やれやれ、自分の家だというのに彼女は相変わらずだな。
俺とふたりきりなことを意識しているのか? 別になにがするってわけじゃないんだから普通でいいんだが。
「きょ、今日は佑悟くんって呼ばませてもらいますね」
「おう、じゃあ俺もさゆ――」
「それは駄目です」
「あ、そう……」
こちらの名前は呼べて、名前呼びは許可しないってどういう心境なんだ……。
「そういえば最近、他の方とよくお話しをしていますよね」
「あー、まあクラスの男女とな」
いとしやカズ達とよく話すようになったことで印象が若干回復したらしくクラスメイトが話しかけてくることも多くなった。
恐らくはいとしや八代がいるからだろうが、まあ細かいことは気にしない。
どちらにしても話しかけてきてくれたのなら拒むつもりもないし、できることならそのまま仲良くできればいいななんてことも考えている。
「凄いですね、私は相変わらずいとしちゃんやひとみちゃんとしか話せません」
「無理する必要ないだろ、そのふたりと喋れていれば十分だ」
「そういうことを言いたいわけではないです」
俺の裾を掴んで彼女はこちらを見る。
ほぼ初対面の時からしていたこの行為、正直に言ってグッときてしまうのでやめていただきたい。
「私は――」
「ただいまー……って、鏑木先輩来てたんですね」
「おうカズ、お邪魔させてもらってるぜ」
カズが帰ってきたことにより裾から手を離してくれたのは助かった。
「ははは、先輩は積極的ですね」
「まあな」
さゆきもまたカズが帰ってきてくれてホッとしているような気がする。
これで勘ぐられることもないだろう、俺が慌てるならともかくとしてさゆきが慌てるのはカズにとって印象が良くない。
「八代はどうしたんだ?」
「今日は雨だったので帰らせましたよ。と言っても、家は横なんですけど」
「おいおい、幼馴染って感じしてんな」
実際に他の幼馴染とかも一緒のなのだろうか。
創作の世界に出てくるキャラクターのように屋根伝いに部屋に入ってきたりとかあるのか?
夜に「あ、開けてよ」とか言ってふたりきりで特殊な雰囲気に流され――なんてこともあるのかもしれない。
「おい、妹の部屋が近くにあるんだからイチャイチャしたりすんなよカズ」
「さ、流石に家じゃしませんよ……」
「でもお兄ちゃんはひとみちゃんによく来てもらってる」
「ご、語弊がある……それはひとみが行きたいって言うからでだな?」
「妹よりも彼女さんを優先する」
「せ、先輩、助けてください!」
さゆきの手を取って悪者から距離を作った。
それから崩れ落ちてる奴に「駄目だな、イチャイチャしてるカズが悪い」と裁きを下す。
「そんな無慈悲な……だってこれまでずっと複雑な気持ちでいたんですよ? 仲直りできたのは先輩のおかげなんですから、普通に応援してくださいよ。それになにさり気なくさゆきの手を握ってるんですか」
「そりゃ悪者から距離を取らせるためだろ。菊池はこんなんでも兄大好き人間だからな、こういう強制力が必要なわけさ」
――別に特に考えてはいなかった、ただカズをからかうためにしただけ。
だからすぐに離したし、さゆきだってなにかを言ってくることもなかった。
ちらりと確認してみたって赤面しているとかでもなく、至って普通の彼女が立っているだけだ。
「さゆき、先輩こそ悪者だからな、嫌なことはちゃんと嫌って言わなければ駄目だぞ」
「…………」
「さゆき? なっ!? た、立ったまま気絶している……」
んな馬鹿なと思って顔の前で手を振ってみたら、彼女はハッと気づき慌てて後ずさった。
「あ、あのっ、なにか!?」
「いや、特にないが……どうしたんだ?」
「先輩っ、さゆきのこといじめないでください!」
「あーもう分かった分かった、俺は帰るから支えてやれ」
意識的にでも無意識的にでも彼女を驚かすことで、カズが支えてカズへの評価が上がると考えれば悪いことばかりではないかもしれない。
最近は八代にばかり構っていて放っておきっぱなしのようだし、どうしたってさゆきのことも見ておかなければならない状況を作っておくことが重要そうだ。
というわけで、さゆきを泣かせない範囲で始めてみた俺だったわけだが、
「兄っ、さゆきちゃんに意地悪しないで!」
「そうですよ鏑木先輩っ、さゆきちゃんに迷惑かけないでくださいっ」
「鏑木さん、それはないですよ」
と、女性陣からズタボロのボッコボコにされた。
別に苛めをしているわけではない、ぼうっとしてる顔の前で手を振ってみたり、本人がお兄ちゃんだと言ってくれたこともあり兄っぽく頭を撫でてみたりと、少なくともここまでボコボコにされるまでのことはしてないんだがなあ……。
「「これからも続けるつもりならさゆきちゃんに近づくの禁止っ」」
特にいとしと八代的には我慢ならないようだ。
けれど、その度にカズはさゆきを支えるべくいつもより近づいているわけだし、俺的には狙い通りでしかないわけだ。
なので特に謝罪もせずうるさいふたりに言うことにした。
「八代、お前がカズを独り占めするから菊池が寂しがってるんだぞ?」
「そこまでしていません。大体、家族なんですから家で会えるじゃないですか」
「どうせ家にいる時だって連絡とかしてるんだろお前」
「た、たまに……はしますけど、さゆきちゃんとの時間を邪魔したりはしていません」
違うだろ、カズの中でもう妹よりもそっちを優先してしまっている時点で駄目なんだ。
でも、さゆきは限定的なところで我慢してしまうタイプだから寂しさをつのらせている、と。
だったら頼まれてはいないが外部から言ってやらないと駄目だろう。
「とか言ってるが、いとしはどう思う?」
「……兄の言う通りかも」
「ちょっ、いとしちゃん!?」
「だろ? なのに俺を責めるんだからやっていられないよな」
とはいえ、罪悪感しか抱かないのでもうやめよう。
カズもある程度は見ておかなければならないと意識を戻したことだろうからな。
八代達が仲良くするのだって全然構わない、ただ少しくらいはさゆきの相手をしてやれってだけで。
「鏑木先輩、今日は言いたいことがあったので来ました」
「おう」
いとし達と一緒で「これ以上近づかないでくれ」と言いにきたか?
兄としては正しい行動なのかもしれないが、それだけは勘弁してもらいたい。
「鏑木先輩のおかげでさゆきといられる時間を増やすことができました。いやー、やっぱり駄目ですね、浮かれすぎててひとみとばかりしかいませんでしたから……」
「カズ君!?」
「いや、そろそろ落ち着かなければならないなって思ってさ、さゆきも嬉しそうにしてくれてたし先輩のおかげかなって。だって意図してやっていたんですよね? それにさゆきを泣かせるようなことは一切していないんですからね」
……まあ彼女ができたのならそちらを優先したくなるというのも無理もない話。
だってそれは彼女である八代を大切に思っているということだろ?
で、八代はそのまま優先してほしいと考えているんだろう。
だけどやっぱり同い年とはいえ双子の妹を放っておけない、と。
俺だって同じだ、いとしが黛に興味を持つまでは見といてやらなければならないって考えていたわけだし、これは兄や姉じゃなければ分からない感情である。
「八代、拗ねるなよ?」
「拗ねませんよ別に……」
「寧ろ休憩時間を作ることで次会った時により感動が増すっていうか愛おしさが増すんじゃないのか?」
毎日会いたい、一緒にいたいって気持ちは非モテの俺でもよく分かるもんだ。
「あ……駄目ですね、自分の気持ちを優先してしまいました。カズ君には私だけを見ていてほしいって考えてしまって……」
「彼女なんだから仕方ないだろ。とにかく……悪かったな、カズとは引き続き仲良くしてやれ」
「それは言われなくても大丈夫です、でも見直してみますね」
つか非モテがなに偉そうにアドバイスできる立場じゃねえだろ。
結局のところ頼まれてもねえのにアホみたいに行動して正しいことを言われたのに謝罪すらせず偉そうに――誰が悪者かなんて考えてみなくても分かる。
なので、多少は謙虚に行動しようと俺は決めた。
「そういえばカズ君、さゆきちゃんは?」
「あー……今日は突っ伏しデイのようでな、教室に行っても駄目だった」
「あ、やっぱり? 今朝からずっと様子が変なんだよね」
どうやらさゆきの様子がおかしいようだ。
なんかこう考えたら自意識過剰なのかもしれないが、自分のせいなんじゃないかって気がしてくる。
「兄が行ってみたらどうかな? お昼休みはまだ時間あるし、多分いけると思うんだよね」
「「あ、それはいいかも」」
「待て待て、俺のせいかもしれないだろ?」
「「「気にせず行ってきてください!」」」
教室を追い出された。
つかあいつら、下級生のくせによく俺らの教室で普通でいられるな。
仮に俺がさゆき達の教室に行ったって独特な雰囲気を前に外で話したくなるくらいだし。
「ま、行くか」
戻っても怒られるのなら仕方がない。
責任を取ってやろうじゃないか。




