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07

 結果的に言えば怒られることはなかった。

 それどころか「さゆきがあんなことをするのなんて滅多にないですよ」とカズはハイテンションに。

 妹がいる者同士なので考えていることは大体同じだと考えたら、結構嬉しくもあった。


「ただな、ああいうことを気軽にしては駄目だぞ菊池」

「はい……」

「いつもカズにしているのか?」


 彼女はゆっくりと首を左右に振る。

 それは逆に実兄じゃないからこそできたことだってことなのか?


「カレー美味しいです、ありがとうございます」

「いえいえー、たくさん作っちゃったからねー」


 あれだけ少なかったのはなんだったのかってくらい大量のカレーが彼に振る舞われていた。

 ただ単純に余ってしまうからということで分け与えたのか、こういう機会を増やしたいから仲良くしておきたいと考えたのか――どちらかは分からないが、母らしい行動だと言える。


「と・こ・ろ・で、これからもさゆきちゃんを家に預けてくれないかな?」

「さゆきをですか? うーん……だけどそこまで忙しくなるわけではないですし、さゆきも寂しがると思いますので……」


 カズの反応は普通のことだ。

 他所の家に頼むこと、兄妹間の距離感の変化、簡単に判断できることではない。

 俺だって仮に菊池達の親から「いとしちゃん、預けてくれないかな?」なんて言われたら迷う。

 勿論、母が言いたいのはたまにでもいいからってことなのは分かっているが、なんでもしてもらったらなんらかの形で返さなければならないと考えれば……ま、そこはカズとさゆき次第ってところだな。


「そっか……ま、まあ、困ったらまた頼ってきてよ、私はいつでもいるからさ。土日だったら絶対に佑悟ちゃんだっているわけだし」

「おいおい、忙しいかもしれないだろ?」

「え、佑悟ちゃんが忙しいわけないでしょ?」


 そんなの分からねえじゃねえかって、こういう形でしか言い訳ができないのは図星なのかもしれないが。


「ごちそうさまでした。とにかく、これからはこういうこともあまりないようにしますので」

「そっか……」

「でもあれですよ? さゆきが望むのなら鏑木先輩にまたお願いします。その時はあれです、この家に預けるというか鏑木先輩にですけどね、ちょっと偉そうですけど……」

「ふふーん? なるほどね、そういうことかー、それならおっけー!」


 つかそもそも家にひとりにさせておけないっていうのは愛情っつうか束縛というか付き合えてるのに妹離れできてない兄というか……問題はカズの方にもある気がする。


「それでは俺はここで失礼します」

「待て、妹はどうすんだ?」

「さゆきはどうしたいんだ?」

「い、一緒に来てほしい……」

「ということなので、ひとつよろしくお願いします」


 夕方まで一緒にいてまだ一緒にいたいって……。


「今日はどうだったの?」

「んー、普通だな、ひとみと映画館行ってファミレスで飯食べてその後はゲームセンターなんかに行ったくらいか」


 王道なデートって感じだな、自分思いの彼女がいて甘えてくれる妹がいる、正に勝ち組って感じがして複雑なところではあったが。


「えっと、ちゅーは?」

「そ、それはまだ無理だな、問題なのは1回もできてないことなんだが……やっぱり俺から言うべきだよなあ……あ、でも、ひとみの方からしてくれたらって理想も……」


 純粋無垢な妹の前で教育上良くないことをぶつぶつと呟くカズ。俺に預ける的なことを言ったのだって本当は八代との時間を確保したいからじゃなんて思えてきた。


「鏑木先輩はどうですか? 仲良かった人とかいないんですか?」

「そうだな、残念ながらというか幸いというかいなかったな」

「幸いってどういうことですか?」

「そりゃあれだ、そういう人間がいると苦しくなるだろ? 仲良くなりたいのに逆に喧嘩してしまって距離が遠くなってしまったとか、その相手にとっては自分の存在はそこまで大切じゃないと気づいてしまった時なんかにズルズルと引きずる羽目になる……そういうのはゴメンなんだ」


 そう考えているのは正しくて嘘でもある。

 簡単に言えば俺はモテなかった、もっと細かく言えば女子の友達ができなかった。いまでこそ友達はいないが、昔は男友達がいたためなんとかなっていたというのはある。

 けれど最近は周りにリア充ばかりがいるせいで気になってしまうのだ。過去に手に入れられなかった女友達を作るということや、そういう関係を。


「あー、すみません、俺とひとみはなるべくしてそういう関係になったという感じなので、そういう部分はよく分からなくて……」

「ナチュラルに自慢するな……まあ、気にしなくていいんだよ、ひとりぼっち流の強がりだと捉えてくれればいい」

「そうですか、分かりました」


 八代という彼女がいる人間からすれば分からないだろうがな。変に食いつくこともなく終わらせてくれたのは幸いだ。


「佑悟先輩」

「なんだ?」

「私もいない、ですから」

「そうか、じゃあ仲間だな」


 それに必要かどうかはともかくさゆきを見ていられるのならいいのではないだろうかとも最近は思えてきている。

 なんだかんだ言ったって仲直りしたばかりなんだしカズは八代といたいだろう。しかし、そうなると妹への意識が薄くなってしまうわけで寂しい思いをさせる羽目になる。だからそういう場合は遠慮なく俺を呼んでくれれば一緒にいてやるつもりだった。もっとも、さゆきをひとりにさせる=寂しい=そのため俺のところにってのがよく分からないが。


「今日はありがとうございました」

「おう、八代と仲良くしろよ」


 ふたりと別れて帰路に就く。

 これはもう友達だと判断してもいいのではないかと考えてしまった俺なのだった。




「さゆきちゃん? ぼうっとしてどうしたの?」

「あ、いとしちゃん――って、ぼうっとしてた?」

「うん、上の空って感じだったかな」


 ごめんと謝って下を向く。

 いとしちゃんは黛凛先輩のことを好きでいるみたいだけど、普段どんな感情を抱えながら生活をしているのかと気になったので聞いてみた。


「んー、同じ学年だったら良かったのにって思う時はたくさんあるよ。あとはもうちょっと可愛く生まれていれば凛先輩と対等だったかなとか、放課後に会えると考えるだけでドキドキソワソワしちゃうとか、そんな感じかな」

「好きな人がいるって幸せ?」

「うんっ、なんかこうやる気が出る感じ! だ・か・ら! そろそろ覚悟決めなきゃなとも思ってるけどね」


 覚悟とは告白する時期がきたということだろうか。

 それとも、そろそろ焦れったすぎて後のことは考えず勢いに任せたいということだろうか。


「さゆきちゃんはどう? 兄とは上手くいってるの?」

「紙を使わなくてもお話しできるようになったよ」

「それは知ってるよ、そこから進展はないの?」

「え、というか私はべつに……」


 ただお兄ちゃんに紹介されたから会ってみただけだった。

 もちろん、そこから過ごすことで佑悟先輩がいい人だということは分かった。

 佑悟先輩がお兄ちゃんなんて馬鹿なことも言ってみたりもしたけど、名前呼びは許可してない。


「名前で呼ぶことを許可していない理由って恥ずかしいからなんでしょ? 特にないのになんで恥ずかしいの? そういうのって興味のない人からされてもムカついたりするだけで、羞恥を感じることってないと思うけど」


 私は1番近くでお兄ちゃんとひとみちゃんを見てきた。

 あのふたりは順調に仲良くなってここぞというタイミングで名前で呼び合うようにしてたんだ。

 だからそういうのに憧れているのかもしれない。


「ほ、ほら、いとしちゃんも仲良くなってから黛先輩のことお名前で呼んだでしょ? だからそういうのに憧れているというか……」

「じゃあ兄と仲良くなったらするの?」


 ――いまのところは純粋に一緒にいられていると言うよりもお兄ちゃんにお願いされたから一緒にいてくれているようなもの、あと恐らく佑悟先輩の中にあるのは見ておかないと危ないという義務感のようなものだろう。


「私は……自分の意思で私といてほしいって思う……かな」

「おぉ、強制力があって仕方なくという感じは嫌だってことか。んー、だけどそれを本人に言うと意識してぎこちなくなりそうだからねー。さゆきちゃんはどうしたい?」

「わ、私も頑張ってみようか……なって」

「おぉ! 応援するよ私っ」


 ――と、言ってみたはいいものの、


「なんであんなこと言っちゃったんだろ」


 それこそ自分が行動することで悪くならないだろうかという不安。

 おまけに、こちらにそんな気持ちがそもそもあるのかという曖昧な状態。

 仮に佑悟先輩と仲良くなりたい、という気持ちがあったとしても、向こうになければ意味なく終わるという恐怖。

 ちなみに、最初紙で会話させてもらったのは佑悟先輩がどういう人か分からなかったからだ。


「はぁ……」

「大きい溜め息だな」

「うん、色々とあっ……てぇ!?」


 慌てて後ずさったもののすぐに背後の壁に阻まれた。

 ……結構痛くて呻いていると「大丈夫か?」って佑悟先輩が心配してくれた。


「な、なな、なんでここに……」

「なんでって、別に校舎内なんだからおかしくないだろ?」

「だけどここは私以外に来ないところで……」

「ふっ、必殺技だな、菊池さゆきレーダーだ」


 な、なにそれ……あ、でも、少しは興味を持ってくれているということ?


「ま、冗談だ。いとしに聞いたんだよ、静かな場所だから気に入ってるんだって教えてくれた」

「そ、そうですか」

「おう。横、座っていいか?」

「は、はい、どうぞ」


 こ、これは間違いなく多少くらいは興味を持ってくれているという証だ。

 だってそうじゃなければわざわざいとしちゃんに聞いてここに来たりしない。

 さらに言えば、こうして横に座るなんてこともないだろう。


「本当はカズと八代から逃げてきたんだよ」

「お兄ちゃんとひとみちゃんから?」

「おう、だってあいつデートの最中に○○したーなんて余計なこと言ってくるからさ。で、いとしのところに行ったら菊池がいなかったから聞いてここに来たってわけだな」

「お兄ちゃんがすみません」


 先輩には悪いけど、恐らく今後もずっと報告され続けると思う。

 なぜならお兄ちゃんはやけに先輩のことを気に入っているからだ。

 だから信用して私を預ける、さすがにそこまで子どもではないんだけどな……。


「気にするなよ。それにデートを重ねられていることはいいことだろ?」

「はい、私もそう思います」

「それにそうすれば母さんだって喜ぶだろ、菊池と会える機会が増えるからな」


 自分のお母さんもそうだけど、先輩のお母さんも優しくて好きだ。

 私としても会える口実が増えるのなら賛成である。


「あとはあれだな、単純に菊池といられる機会が増えるから悪いことばかりではないな」

「――っ、えと……な、なんでですか?」

「んー、なんつーのかね、放っておけない感じか。ま、菊池からすれば気持ち悪いだろうが」


 気持ち悪いだなんてことは一切ない。

 実はずっと前から普通におしゃべりできるいとしちゃんやひとみちゃんに憧れていたのだ。


「私も……佑悟先輩と一緒にいたいです」

「そうか、俺らは仲間だしな」

「仲間……ですか?」

「過去に仲良かった人はいない、だけどこの先でそういう人ができたらいいなと考えている者同士、だろ?」

「はい、私もそう思っています」


 少なくとも男の子で仲良かった子はいなかった。

 同級生にはちょっと乱暴で態度の悪い子しかいなかったというのもあるし、近くにお兄ちゃんという優しさの塊のような人がいたから必要なかったのだ。

 でもいまは……この横に座って柔らかな表情を浮かべている佑悟先輩と……もっと。


「とりあえずいまは純粋に仲良くしたいだけだけどな」


 誰とですか? 怖くて聞けなかった。

 先輩は黙ったままの私を不思議に思ったのか顔を覗き込んでくる。


「はは、菊池とに決まってるだろ?」


 そう言われた瞬間に驚いてばっと顔を上げ超至近距離で先輩の顔を見てしまう。

 まるで私が直接そう聞いてしまった場合の反応みたいだったから……。


「俺はな、大変後悔してるんだいま」

「な……んでですか?」

「菊池が作った弁当を食べずに帰ったことだ!」

「ふふ、それは佑悟先輩が悪いですね、勝手に帰ってしまったんですから」

「いや、あの場で俺にも食べさせてくれ、なんて言えるわけないだろ? だって明らかにおまけだったからな俺は」


 そんなこと言ったら自分だってそうだ。

 恐らくいとしちゃんが黛先輩とふたりきりだったら緊張するから、お兄ちゃんとひとみちゃんを呼んだんだと思う。そこに私を加えたのはお兄ちゃんがいたからだろう。

 だけどいとしちゃんが先輩を誘った理由は恐らく……。


「とういうわけで、いつか食べさせてくれ、よろしくな」

「といっても、普通のお弁当ですよ? おにぎり、卵焼き、ウインナー、後は冷凍食品を温めたり焼いたりしただけですから」

「それでも前半は菊池の手作りなんだろ? この前のカレーは市販のを使えば誰でもこうなるって感じだったからな。俺にも食べさせてくれっ、そうすればもっと元気になるから!」


 ……いちいち大袈裟な言い方をしたり、こちらがドキッとするような言い方をしないでほしい。


「わ、分かりました」

「おう、いつでもいいからな、無理なら作らなくてもいいし」

「作りますよ、いつかは分かりませんけど」

「了解、よろしくな」


 お弁当を作ってくれって告白みたいなものでは?

 ……そう考えるととてもじゃないけど落ち着けはしなかった。

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