06
「――で、今日の夕方まで見ていればいいのか?」
「はい、さゆきのことよろしくお願いします」
いとしも黛と出かけているしいい暇つぶしにはなりそうだ。
だが、また前みたいな感じにならないだろうかという不安はやはりある。
今度は絶対に逃げられない、なのに夕方までふたりで真顔コースは絶対に嫌だぞ。
兎にも角にもさゆきを連れてきたカズは去り、俺らの家にさゆきが登場。
「ちょっと佑悟ちゃんっ」
いきなり慌てた母に連れられ台所へ行くとこちらにだけ聞こえる声で「は、犯罪なの?」なんて聞いてきやがった。
確かにさゆきは小さいし犯罪臭いが、小学生レベルというわけでもない。
小声で話してくれて良かったと心底俺はそう思う。
「お、お邪魔します」
「は、はい、なにもないところだけどゆっくりしていってくださいねー!」
「え? あ、あの……どうして敬語なんですか?」
「はうわっ!? ぎゃ、ぎゃわいい……」
駄目な母をリビングから追い出してとりあえずさゆきをソファに座らせる。
「さて、どうする菊池、なにかしたいことってあるか?」
「……特にないです」
「そ、そうか」
○○をしたいと言われたってなにかができる空間というわけでもない。母はいるがずっとあんな感じだしいとしはいないしで結構大変だぞこれ……。
「さゆきちゃん、って呼んでいいかな?」
「は、はい」
「一緒に早めのお昼ごはん作りしない? 聞いたよー? さゆきちゃんの作るごはんはすっごく美味しいっていとしちゃんからね」
「そ、そんなこと……ないですけど、でもやります」
あの時の俺は空気を読んで食べなかったが食べておいた方が良かっただろうか。カズの奴も後から「あんなに美味しいごはんが作れる妹がいて最高ですよ」なんて自慢してくれたわけだし、少しだけ悔やまれる。今から食べられるとはいえ弁当はまた違うものなのだ。
というわけで昼食作りをふたりがしてくれているのになにもしないというのは実に忍びない。だからなんかやることないかと聞いたら無理なことを要求された時に困るため台所とリビングを行き来していた結果、
「佑悟先輩は……座っていてください」
「はい……」
悲しいかな、なにかを頼む前に戦力外通告だった。珍しく必死な顔のさゆきの奥では母が腹を抱えて「お腹がいたいっ」と笑ってくれていたこともあり、滅茶苦茶ぶっ飛ばしたかった。
……なんとなく疎外感を感じながら待っていたらいい匂いがこちらまでやってくる。そこから更に待ってはい完成――となったのは良かったのだが……。
「なんで昼からカレー? しかもこれじゃあ菊池が上手いのかどうか分からないだろ……」
「まあまあ、お昼からカレーというのも乙なものですよ。いただきます!」
「いただきます」
「まあ……いただきます」
まずは一口……うん、普通のカレーだ。よく食べている常備してある安物のカレーの味。
な、なら、こう考えよう、女子が作ってくれた母さん作とは違って価値があると。
「菊池が作ってくれたカレーは美味いなあ」
「ちょっとー、私も作りましたが?」
「いやいや、こう切り方が丁寧というか流石菊池らしいなって思ってな」
「わ、私だってできるもんっ、普段はちょっと面倒くさくてやらないだけだもん!」
いや、やってくれよ……任せきりにしてしまっているのは悪いと思っているけどよ。
あとはそのいとしみたいな喋り方をやめた方がいい。流石に歳が違いすぎる、いとしの制服を着ていたら案外似合いそうだが言動だけは真似てはならない。
「私も手伝ったよねさゆきちゃん!」
「は、はい、あの……主なところはお、お母様がし、してくれましたよ?」
「おい母親、高校1年生に気を遣わせてんじゃねえ」
父が仕事でいなくて本当に良かった。もしあのふたりが混ざり合ってさゆきに接していたらと考えただけで罪悪感がこみ上げてくる。というかさゆきももっとはっきり言ってやればいいんだ。俺が仮に菊池家に行っていたとしても同じような状況ならちゃんと言うぞ。
「ちっがーう! ちゃんとやったんだって、切ってもらったり炒めてもらったりはやってもらったけど……ルーは私がいれたから!」
「いいとこ取りしてんじゃねえ!」
「あ、あのっ……早く食べませんか? せっかく出来たてなので」
「そ、そうね、馬鹿息子のせいでせっかくのカレーが冷めてしまうところだったわ!」
「はぁ……まあいいか」
だがまあガッツリ派ではないため割とすぐに終わってしまった。夕方まではまだ5時間以上もあるんだがな。
「佑悟ちゃん、コンビニに行ってアイス買ってきて、さゆきちゃんと一緒に」
「は? はぁ……分かった、なにがいいんだ?」
「ハーゲ○ダッツ、3人分ね」
なんと贅沢な!? さては母さん、さゆきの前だからって格好つけようとしてやがるな?
別に悪さをしようとしているわけではないから止める必要もないだろうが、なんか大人としてださい。
「つか、父さんといとしのは?」
「え? なんでこの場にいない人の分を買わなければならないの? しかも、私のへそくりで払うんだからね? それってなんかおかしくないかなあ? ねえ?」
「わ、分かったからその怖い顔やめろ。菊池、そういうわけだから同行頼む」
「分かりました」
外に出て少しだけ暴走気味だった理由が分かった。
恐らく母なりに居づらくならないようにしてあげていたんだろう。
母の狙いは成功して、横を歩く彼女は少しだけ楽しそうに見えた。
「これ、ですかね?」
「そうだな、母さんそれ好きだから。でも、菊池は好きなの選んでいいぞ」
「それではこれを……」
「いや遠慮しなくていいって」
なにがなんでもハーゲ○ダッツ縛りというわけでもないが、お客さんに遠慮はしてもらいたくない。
恐らく母がこの場にいたとしても同じような対応をする――どころか、「じゃあそれでもいいけど4つくらい買おうか」なんて言い出しかねない。……血の繋がり、遺伝というのは凄いなと思った。
「な、なら……これですかね」
「おっけ、俺の分はいらないとして、いとしのは買っていってやるか」
もし今日のが成功していたら付き合い始めたとか言い出すかもしれない。
そういう時にアイスがあれば「おめでとう」と祝えるし、仮に難しそうでも「これ食って頑張れよ」と励ますことができる。甘い物というのは偉大だな本当に。
「ん? どうした俺の顔をじっと見て……あ、ルーがついてるとか?」
「い、いえ……佑悟先輩が我慢するなら私も……」
「気にすんな、偽善みたいなもんだからな。もういいか? 他に欲しいのあるならちゃんと言えよ?」
なんつーかどんどん食わせたくなるんだよなさゆきって。細くて小さいというのが引っかかっている。
「それならこれはやめます……そのかわりにこれ、ふたりで分けませんか?」
「ほー、菊池がいいならいいぞ。よし、じゃあ会計済ましてくる」
外に出て彼女に手渡す。彼女はそれを半分に割って俺に片方をくれた。
「いいな、これなら歩きながら食える」
「は、はい……えへへ」
「ん?」
「――っ! な、なんでもないですっ」
「そうか」
家に帰ったらだらしない母親が寝ていたので遠慮なく額の上にカップを置く。「冷たっ!?」と飛び起きたためアイスをキャッチし改めて手渡した。
「あ、お疲れ様……って、ふたりはやめたの?」
「まあな」
「ふふふ、かわりにふたりで分け合いっこってことですか、青春してますねー」
「余計なこと言うな。菊池も気にしなくていいからな」
「は、はい」
さ、どんどんと時間は経過しているがこれでもダダ余り気味だ。ここで男なら後輩女子くらい楽しませてやれなければならない! というのは分かっていても経験が浅いため残りを食べてゴミ箱に捨てるなんて当たり前の行為しかできなかった。
「菊池、代わりに捨ててきてやるよ」
「えっ!?」
そこまで驚くことだろうか? こういうことを初めてやるというわけではないし、基本的に一緒にいるならいとしの荷物を持ってやったりしている身としては違和感がある。
「はぁ……口に咥えた物を他人に触れられるのは抵抗があるでしょってことよ」
「なるほどな、だけど下を持てばいいだろ? ほら」
「お、お願いします」
いちいち意識しすぎなんだよなどいつもこいつも。男が優しさを見せる=狙っているということでもないんだから大袈裟な反応はやめていただきたい。
今日の俺はさゆきの兄だ、勿論限定的なものではあるもののカズに任されたのだからきっちり見ておいてやらなければならない。んで、どこに妹に手を出そうとする兄がいるって話だろ。
「ん~、今日は佑悟ちゃんがお兄ちゃんなんだから敬語やめようよ」
「おいおい、菊池がそれで『分かったっ、今日はよろしく!』なんて言うわけないだろ」
この前は「お兄ちゃんは佑悟先輩」だなんて言ってくれたせいでカズに怒られ相崎先生にも怒られ、だというのにさゆきだけ笑っていたという異質な時間を過ごしたわけだ。
だが、それとこれとは話が別、そうでなくても俺の家ということで緊張しているであろうこのタイミングでそんなことできるわけがない。もしできたのなら母がまだ食べてない溶けているであろうアイスをあげても良かった。
「わ」
「「わ?」」
「ひとみちゃんばっかり優先するお兄ちゃんより……佑悟お兄ちゃんの方がいい」
「きゃー! 可愛いこと言ってくれてるじゃなーい!」
や、これは違うだろ、カズが普通に相手をしてやっていたら紛れもなく兄大好き妹ということだ。それに比べれば俺がいいというだけで、別に好きだとは言っていないのだから。
「ならさゆきって呼ぶか」
「む、無理っ、あくまで今日だけだからやめて……ください」
「おま、涙目になってこっちを見つめるのやめろ、ヤバイことをしている気分になるから」
さゆきのやつもしかして魔性の女というか天然なのか? 皆にそれっぽいことを言ってその気にさせて告白されたらカズを頼って粉砕してもらう――小さいからって舐めてはいけない、気をつけなければ。
「ただいま……」
「おかえりー……あら? なんか元気ないけどどうしたの?」
「うん……凛さんといる時にお腹が鳴っちゃって恥ずかしい思いを……うぅ」
寧ろ黛は更にいとしを気に入っただけだろう。こんなこと言っても現時点でも効果がないため言わないでおいたが。
「いとしちゃん」
「あれ、なんでさゆきちゃんがいるの?」
「お兄ちゃんはひとみちゃんとデートだからここに預けられたんだ」
「えー……さゆきちゃんは確かに小さいけど馬鹿にしすぎじゃない? 今度一泰くんに言おっか」
「うん、でも佑悟先輩がお兄ちゃんだから気にしてない」
「そっかそっか! はー、兄のこと気に入ってるんだね! ……あれ?」
今更気づいたのかいとし、いまこそ本当の妹として戦うべきではないのか? というか本妹が頑張ってくれないと兄、困ってしまう。
「ちょっと、兄は私の兄だからね? 特別に好きとかってわけじゃないけど大切なんだから」
「分かってるよ」
「ならいいけどさ、どうしていきなり兄がお兄ちゃんって思考になるの?」
「寂しいから……」
「「ぎゃわいい!」」
もうさゆきが可愛ければなんでもいいんだろうなこいつら。
「さてと、母さんはちょっといとしちゃんと話し合いをしてきますね」
「兄、さゆきちゃんのことよろしくね」
俺は頷いて改めてさゆきを見てみたが、最初と比べれば全然マシのように見えた。
俺の家や俺とふたりきりだからって緊張したりしない、普通の野郎と後輩って感じだ。
ところで、そういう可能性は0に近いとしても、さゆきか俺が相手を気に入ってしまったらカズはどういう反応を見せるのだろうか。
「あれ……だけど妹になればいとしちゃんともずっといられる……?」
「いや、あいつはいま黛に夢中だからな、余計に悲しい思いをする羽目になるんじゃないか?」
「ということは佑悟先輩は寂しいですか?」
「俺としては俺や母さん達にべったりだったいとしが! って感動しかないな。よし、なら菊池に妹になってもらおうか」
勿論冗談だった。
何故なら彼女には本物の兄がいるし、その兄は平気で任せてくるくせに仲良くなると怒るからだ。
おまけにこんな発言、やべー奴意外の何者でもない。
――と思っていたのは俺だけだろうか?
彼女は俺の足の上に座ってこちらを見つめてきた。
不味いのはお互いに同じ方向を向く――のではなく、対面する形にされたこと。
「ちょ、ちょっと不味くないかこれは」
「そうですか? 兄妹なんだから普通だと思いますけど」
「て、てか、緊張とかしてないのか?」
「はい、だって兄妹ですから」
自分で言っておきながら猛烈に後悔した俺なのだった。




