04
「兄、同性を好きになるってあるの?」
「俺はないが、まああるんじゃないのか?」
あいつとか特にそうだし。
これを聞いてきたのもいとしが気づいてしまったからなのかもしれない。
「じゃあ仮にあたしが女の子を好きだと言っても引かない?」
「そうだな、そんなの自由だろ?」
「まあ……まだなんだけど」
応援したいと思えたやつだしその相手があいつであってほしいと思った。
けれど細かく話を聞いたわけではないため、もしかしたら八代なんじゃないかって不安もある。
「八代か?」
「え? ううん、黛さんかな……まだ分からないけど」
まゆずみさんって誰だ? それってもしかしなくてもいとし推しのあの女子か?
てことは両思いになれる確率が高いということか、それならあの女子も嬉しいことだろう。
「好きとかって言われたのか?」
「違う……けど、なんか優しくて好きだなって、同級生にはない良さがあると思うのって……偉そうだけどさ」
「別にいいだろ」
よし、俺には微塵も興味ないなんて言ってくれたことは許そう。
「そういえばさゆきちゃんが兄のことよく聞いてくるようになったよ、なにかしちゃったの?」
「おいおい、その言い方は悪意があるだろ……カズが余計なことをしてちょっとした友達? 的なものになっただけだ」
さゆきになにかした的な言われ方をされると犯罪をしてしまったようだ。
そのようなことは一切していない――名前呼びをして拒絶されてしまったことはノーカウンとにしていただこう。
「佑悟先輩って呼んでたよ」
「ああ、許可したからな」
つか相手がいとしや八代なら普通に話せるということなのか?
それともノートを使って会話したのも同じように扱っているということだろうか。
「ひとみちゃんはちょっと心配って言ってたけどね」
「余計なことはしないから安心しろって言っておいてくれ」
さん付けからちゃん付けに変わっている。
気づいていないのか別に気にすることではないのかは分からないが、いい変化なので特に食いつく必要もないはず。
「今度は動物園に行こうって話てるんだけど、兄も行く? あ、黛さん、ひとみちゃん、菊池くん、さゆきちゃんも行くけど」
「考えただけで疲労するわそんなメンツ……別にいい」
――なんて言っていた俺だったが、
「ま、あのリア充共がイチャイチャしすぎて菊池がひとりになるかもしれないからな」
結局やって来て高い料金を払うことになってしまった。
「じゃあふたりペアで楽しもうではないか」
「そうだね、別に私はそれでいいよ」
いつものいとしに八代が乗ってこの場からあっという間に4人が消える。
……つまりまあ俺の予想通りだったというか、かえって俺が来たことによってさゆきがひとりぼっちになってしまったわけだ。その証拠に、涙目になって彼女は歩いていくやつらの背中を見ていた。
「……せっかくみんなのぶんのごはんも作ってきたのに……」
なんて悲しい小さい呟きも聞こえてきて悲しくもないのに涙が出そうになる。
「貸せよ、それ持ってやるから」
「……ありがとうございます」
「それに俺で良ければ全部食ってやるぞ」
「だ、駄目です、これはみんなの……」
「ま、同じところにいるんだし集合すればいいだろ? なんたってスマホがあ……る」
けど生憎と連絡先は知らなんだ。……くっ、頼りねえ先輩だぜ、皆に気を遣って皆のために動けるさゆきの方がよっぽど素晴らしい。
「……私、知ってます」
「お、おう、そうだな。ま、金も払ったし見てみるか色々と」
「はい……」
よくこんな距離感なのに名前で呼んでいいかなんて聞いてきたものだな後輩よ。
これはあれか、その時は勢いに任せて言ってみたはいいものの、思い返してみたらなんて無駄なことをしてしまったんだと後悔した感じか。
野生を失ったライオン、動きがゆっくりなゾウ、喧嘩する時はヤバイと知ったキリン――それらを無表情で眺める俺ら。これではどちらが見られているのか分からないそんな展開になってしまった。
さゆきは皆と一緒に回れなかったことを気にしているのだろう。それにもしかしたら早起きして頑張って作ったであろうお弁当を食べてもらえるか分からないという不安と戦っているのかもしれない。
ということはみんなのためにと言うよりも主にカズのためだったのか? あの様子を見た限りではお兄ちゃんっ子って感じがしたから違和感はないが。
「鏑木先輩」
「おいおいやめてくれよ八代、またカズに疑われるだろうが」
「どういうことですか?」
「俺が八代と話しているだけで『狙っていませんよね?』とかって言ってくるんだよ……ほらっ、あっちからズンズンと速歩きで来ているだろ!?」
でもさゆきにとっては救いだったらしくぱぁと顔を輝かせてカズに抱きついていた。
八代が「まあさゆきちゃんならいいか」と割り切っている。
いやいや、案外こういう存在が怖いんだ、よく知っておいた方がいい。
いつの間にか妹だから守らなきゃという感情から、女の子として気に入っていたなんてこともままある。
「一通りは見て回ったしそろそろ昼飯食べるか」
「そうだね、カズ君に賛成」
「わ、私が作ったから……た、食べて」
「うん、ありがとねさゆきちゃん」
流石に俺は食えないので割と距離のあるベンチで休憩。
「あれ、兄なにやってるの?」
「あっちでカズ達が昼飯食ってるから貰ってこいよ」
「あー! な、なんで止めてくれなかったのっ、私もさゆきちゃんのごはんを食べたいんだから!」
大変元気でよろしい。
しかしその後ろの黛が複雑そうな表情をしていることに気づけいとし。
他の女の作った飯を食べたいだなんて浮気みたいなもの、彼女が気になっているなら良くない選択肢。
「もういい、食べてくるっ」
「おう」
黛も「行ってきますね」と結局諦めることを選択したようだ。
興味がないので俺は適当に飲み物でも買って時間つぶし。
「はぁ……また無駄遣いをしてしまった」
やはりというか俺が来たのは単純なる逆効果だった。
もし5人だけならさゆきがひとりになることもなく、真顔で周る必要もなく、不安そうな感情にならずに済んだと。
しかもその上無駄に金だけ使ってひとりでいる、もうこのままフェードアウトしても絶対に気づかれないし誰にも迷惑かけない。
とはいえ、一応いとしに連絡をしてからゆっくりと歩いて帰ることにした。
そうすればいい時間つぶしになる、1時間くらいは歩いたって疲れたりなんかしない。
「と、思っていた俺が馬鹿だった」
ま、夕方手前くらいまでに帰れればそれでいいだろう。
途中で知らない店に寄って見てみたり、コンビニで休憩したり、飲み物飲んだり食べながら歩いたり、まあ暇しない1時間半(結局)だった。
「着いたぞ……はいいが、鍵ねえんだよなあ」
いとしに預けた俺が悪かったなこれは。
だがこういう時の裏技がある。
後ろに回って脚立を登れば2階から入れるのだ。
まあ防犯意識がなっていないと言われたらそれまでではあるが、幸い2階の窓は開けっ放し。
「失礼……俺の部屋なんだから当然誰もいないが」
「ごらぁ! 2階から入ってくる奴がいるか馬鹿!」
「って、父さんいたのかよ、つかよく気づいたな俺の気配に」
こんなことなら普通にインターホンを鳴らせば良かった。
「おいおい、というかいとしはどうした? 一緒に行っていたんじゃないのか?」
「ああ、一緒に行った女子と楽しそうだったからおいてきたぞ。俺は歩きで帰ってきたんだぜ、偉いだろ?」
「偉くねえよ、なに意地張って空気読めずに途中帰還してんだお前」
違うだろ、あれは逆に空気を読んでやった結果だろ。
明らかに俺だけ邪魔者だったし無意味で無駄な出費をする時間でしかなかった。
「母さんは?」
「下で飯作ってくれてるぞ。犯罪者(笑)が帰ってきたから撃退に行ってきてって言われてな」
「誰が犯罪者だおい……」
下に下りると鼻歌交じりに飯を作っている母の姿が。
いとしの強烈版というか、ちょっと年老いた感じ。
「あ、おかえりなさい佑悟ちゃん」
「誰が犯罪者だおい!」
「ぷふふっ、だってしょうがないでしょー? 2階から入ってくる人がいたら怖いもん」
「なにがもん、だ気持ち悪い……」
ぶーぶー言ってる母さんは無視してソファに寝転ぶ。
「なあ佑悟、学校や外でのいとしってどんな感じだ?」
「普通だな、あの変な喋り方も封印したのか至って女子らしい感じと言うのが伝わりやすいか」
「そうか、ならいいんだ。いや、お前は大抵なんとかしてしまう奴だがいとしは違うだろ? 母さんや佑悟の後ろに張り付いて全然自分を出していけてなかったしな」
「いつの話をしてんだよ、そりゃ昔のことだぞ。今は家事もできるしこちらをディスらないしで普通にいいやつだ」
しかも、今は黛を――人を好きになろうとしているいとしでもある。
昔だったら父の言うように有り得なかったことだ。母さんや俺にだけではなく父にも張り付きっぱなしだったからな。それがひとりで頑張って仲良くしようとして上手くいきそうとなったら兄だって嬉しいもんだ。
「なんか目頭が熱くなってくるな……」
「いやいや、それは結婚してからにしろよ」
「でも母さんから聞いたんだが、いとしが好きなのは女の子なんだろう?」
「って、なんで母さんは逆に知ってんだよ……」
いや、大体は分かる、「娘のことなんだから知っていて当然でしょー?」なんて軽く言うに違いない。それかもしくは勝手に日記なりなんなり盗み見していて情報が筒抜けなのかってところか。
「ただいまー」
「おっ、俺の自慢の娘が帰ってきたなっ」
「私の自慢の娘よー」
「いいじゃねえか、自慢の娘ってことで片付けておけばよ」
いちいち張り合うんじゃない、あんた達は孫に世話したがる世話焼きの爺婆か。
「兄、なんで先に帰ったの?」
「え? あー、腹痛くてな」
「そうなんだー……って嘘じゃん! 金と時間の無駄遣いだからって帰ったんでしょ!」
「「「なんで分かってるのに聞いた?」」」
中々どうして妹も面倒くさいのもある。こういう子どもっぽいところはあまり変わっていない。
「じゃあ正直に言うけどよ、あんなイチャイチャ空間の中にいられるか」
「「イチャイチャ空間?」」
「ああ、一緒に行ったのがカップルとその妹なんだよ。そんな中に非モテ友達なし17歳が行ったら浮くだろ? で、実際に浮いたから帰ってきたんだ」
「ふっ、はははは! 非モテ童貞友達なし一切恋人いたことなし俺はひとりでもいいとか考えてる17歳だろ!」
余計なお世話だ……実際その通りだから言い訳はしないが。
「さゆきちゃんがごはん食べてほしかったって言ってたよ」
「そんな訳あるかよ、俺とふたりでいた時に真顔だったんだぞずっと、んで兄が現れたら急に笑顔になって抱きしめたくらいだ、そもそもお呼びじゃないんだよ。つか、そもそもいとしが言っていただけだったんだろ?」
「まあ……どうせなら兄もどうかなって誘ってみた感じかな、私は来てくれて普通に嬉しかったけどね」
いや、父の気持ちがよく分かる、こんなの目頭が熱くならないわけがない。
だってあのいとしが普通に喋ってて普通に会話できてるんだぞ? 感動だ、やばいやばい。
「あ、これ、さゆきちゃん、一泰くん、ひとみちゃんのIDね」
紙を受け取って苦笑する。
本当に黛には興味を持たれてないんだなって逆に安心感すらあった。
「ま、登録しておくか、時には必要かもしれないからな」
俺のスマホなんてグループで『今日飯なんだ?』と聞くくらいでしか使用しないが。
「それとね……後でふたりきりでちょっと話したいことがあるんだけど……いい?」
「了解。うるさい両親はリビングにおいていこう」
「「おいおいおーい! ま、いいけど!」」
ま、特に予定もないため彼女の部屋へ移動。
「それで?」
「えっとね……今度はふたりきりでお出かけしたいねって黛さんから言われて……どうかな?」
「どうかなって行きたいなら行ってくればいいだろ?」
同性なんだし襲われるかもしれないなんていうリスクは限りなく低い。
それに俺が兄と分かっている以上、黛だってそこまで考えなしに動くことはできないだろう。
「うーん……だけど完全にふたりきりでのお出かけはまだ緊張するかなって……」
「それならたまにはあっちを召喚したらどうだ?」
「あっち?」
「もうひとりのいとしだよ」
あの中二パワーは完全に痛くて恥ずかしいことではあるが、その間だけは恥を捨て去ることだってできる。仮に後に羞恥が襲ってくるのだとしても出かけてしまった後なら問題ない。終わってからゆっくりと悶えればいい。
「あぁ! ご、ごほん……本当はま、黛さんと行きたいのだ」
「おう、ま、時々でいいんだ、頑張ってみろ」
「……うん、やっぱり兄も好き」
「ありがとよ」
「途中で帰らなければもっといいけど」
「それは言うな」
分からねえんだ、好きな人間がいない奴の気持ちなんて。
でも俺も分からない、好きな人間がいるやつの気持ちなんて。
だからまあこれからそういうのも少しずつ理解していければいいと俺は思ったのだった。




