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あの夏の思い出

高校3年目の夏、地方大会2回戦

「四球とセンター前ヒット、送りバントで2アウト2・3塁、一打逆転のチャンスです。

大手高校。9回裏逆転することができるか、打席にはキャプテンの田中が入ります!」


田中和義の心臓はいつも以上に鼓動をあげていた。


いつもは気付く仲間の声援も、ブラスバンドの演奏も全く耳に入らないほどこのチャンスに

入り込んでしまっていた。平常心ではいられなかったのだ。


スコアボードは4‐3で1点ビハインド。打てば同点、さらに逆転のチャンス。

しかしアウトになればそのままゲームセット。


ふうっと大きく深呼吸をし、打席にゆっくり入る。

この場面なら絶対に相手も緊張しているはず、そうに違いないと思い込み心の中で


(甘い球が来る!甘い球が来る!)と言い聞かせていた。


相手投手の足が上がる。投球モーションがスローモーションに見える。

初球、これは甘いコースのストレート!来た、ここだ!


ど真ん中のストレートを打つもバットの先端に当たりボテボテの打球が

ショートの前に転がる。


しまった!しかし当たりが弱いので全力で走ればセーフになりそうな打球。

足がもつれそうになりながらも力の限り走った。1塁ベース崩れるようにに飛び込む。


1塁塁審の判定は・・・アウト。ゲームセット!審判の声が響く。

田中は1塁ベース上で泣き崩れる。俺達の夏は終わった。俺が終わらせてしまったのだ。


悔しい・・・もう一度チャンスがあれば・・・



またこの夢を見た。もう7年も前の事をダラダラと引きずっているのは恥ずかしい話だが、

それほど高校野球の3年間は野球だけに打ち込んだ3年だったのだ。


寝起きで髪をポリポリかきながらふっと時計を見る。

不味い!もう7時過ぎている!和義は布団から飛び上がり、仕事の支度をするのだった。


「ふうっ・・・ギリギリセーフだ」


和義の職場である大手市役所、観光推進課には8時少し過ぎに着いた。

あまりに急いだせいで、仕事前なのに少し汗をかいて着心地が悪い。


「ちょっと、あんまり時間ギリギリに来られても困るわよ?

今日から新年度、新入社員も入ってくるんだからしっかりしてもらわないと」


ああそうか、もう4月だ。和義も今年で26歳、いわゆる中間管理職に近づきつつある。

そんな和義に小言を言ってくるのは1つ先輩の相沢詩織先輩。

仕事を色々教えてくれた結構仕事ができる人だ。


始業後、新入社員挨拶が行われた。俺にもそんな時代があったなあ。

そんなことを思いながら拍手していると、後ろから声を掛けられる。


「田中、相沢。ちょっとこっちに来てもらえるか?」


キョトンとした顔で相沢先輩がこちらを見てきたので、こちらも首を傾げて答える。


「はい、分かりました」


話しかけてきたのはこの観光推進課の課長である吉井正成。

何か重要な話なのか、とりあえず課長デスクに向かう。

着いたところ、資料用紙を渡される。表紙に観光推進課赤字解決案と書かれていた。


「お前たちも知っていると思うが、観光推進課は近年赤字が続いている。

まず資料を見てくれ。大手市は市営の市民球場と市民球団を運営しているのだが

この2つが赤字に繋がってしまっているわけだ。

2人にはこの状況の解消と地域に根付いた球団にしてもらいたい。

そこでだ、地方対抗野球大会に参加して知名度を上げて経営を黒字回復してほしい」


地方対抗野球大会とは、出場登録すれば中学生以上ならアマチュア球団でも

学生野球などでも参加できる。結構窓口が広い大会となっている。

また、全国大会となればプロ球団のスカウトも視察に来るほど有名な大会だ。

実際そこからプロ球団に入った選手もそれなりにいるし、

有名になるような企業、球団などもある。


「田中、確か高校の時に野球をやっていたそうだな。今年の新入社員の1人も

現在野球をやっているそうだ。色々聞いてやってくれ」


「はい、分かりました」


課長の無茶ぶりとも思われる提案を聞き、気が重くなる中

自分たちのデスクに戻って先輩と2人で話す。


「先輩、この件どうします?なかなか難しい話ですけど」


先輩を見ると目が笑っていなかった。

これは先輩、この無茶ぶりにかなり怒ってるな。ああ恐ろしい。


「そうね・・・、まあ言いたい事はいーっぱいあるけど話が進まないから、

とりあえず調査関係は私が基本的にやるわ。野球ってあまり知らないし。

田中君は球団が勝てる方法、あるか分かんないけど。そっちを調べてもらえる?」


「わかりました。新入社員に聞いてきますね」


昼休憩の時間、例の新入社員へ話を聞きに行く。

話しかけると元気よく声が返ってきた。その元気さに少し気持ちが後ずさりしてしまう。


「牧田圭吾です!よろしくお願いします。

観光推進課の課長さんからお話は聞いています。自分その球団に所属しているんですよ!

今週の土曜日に全体練習と試合があるので、見学していきますか?」


なるほど、球団に所属していたから牧田に聞いてみろなんて言ってきたのか。


「そうなのか?じゃあ土曜日に伺っていいか?」


「はい!監督には話しておきますね!」


SNSのアドレス交換をして別れた。

仕事が終わって帰宅、食事中にメッセージが届く。


<朝9:00から練習開始です。よろしくお願いします!>


休みの日に朝が早いのは正直疲れるな。

そう思いながら土曜日の朝にアラームセットして当日に備えるのだった。









第一話見ていただきありがとうございます。

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