6.欠片ほどの楽しさを
『ごめんね。……変な事言った。全部、忘れて。この罪も、ちゃんと。抱えるから。私は、しっかり抱えるから』
ハクアはそう言って、去っていた。俺は何もできなかった。
泣いていたハクアを見て、ゴーズは喧嘩したのかと心配していた。
みんなも、心配していた。
あれから三日。俺は、どうすれば良いか、分からない。
◇
庭に寝っ転がって空を見た。立地の悪いこの場所じゃ良い景色は見れないが、それでも心は少し晴れる。そしてまた悩み、心を曇らせの無限ループだ。
この三日間、俺は剣を振らなかった。ずっと悩んでいた。
グルグル脳内を巡るのはハクアの事だ。
「俺は、もう。ハクアを恨めない」
前までふつふつと沸いていた恨み、怒り、殺意。全てが綺麗に消えていた。
「助けたい……」
馬鹿な事を考えている。罪は軽いとはいえ、故郷を壊した大罪人を俺は助けたいと思っていた。
何度振り払おうとしても、ハクアの涙が脳裏に映る。声が俺を話してくれない。
あれから少し調べるだけで、わらわら出てくるハクアの伝説。眉唾物な話だらけだが、全て本当。一軍に匹敵する王国最高戦力。
だがその名声の裏で、どれだけハクアは苦しんでいるんだろう。
人を殺す罪に苛まれ、泣いている子。あれはとても姫騎士とは思えない。
「うだー!! 分からん!」
ハクアを助けたいという俺と、貧民街の主として許してはならないという俺。
二人が戦って、もうぐちゃぐちゃだ。
俺はノロノロと立ち上がった。
「はぁ……。行くか」
ふらふらと歩きだす。目的地はやはり、貧民街跡だった。
王都から近い場所はすでに人が行き来し、急ピッチで開発が進んでいた。
瓦礫の上に立ちそれを見る。だが俺の目的はあれではない。
俺は目的の人影を探して、目を凝らした。
「……いないか」
期待半分だが、やはりいない。お姫様がこんな場所に来るなんてそうないし、当たり前の話だ。
俺は無駄足だったと踵を返し、人の気配を感じた。
「ん? ……なんだ」
瓦礫の上を駆け、こちらに近づいてくる人影がある。もの凄いスピードだが俺は警戒しなかった。
「やっと。見つけ、た……っ」
俺の前に立ったのはやはりハクアだった。大きな布袋を持ったハクアは、息も切らさずいつも通りあまり表情のない瞳で俺を見た。
「ハクア……」
「これ、渡したくて。探してた」
「これは……?」
何をいえば良いのかゴッチャになっていれば、ハクアは持っていた布袋を渡してくる。
とりあえず受け取り、その中身を見て腰を抜かしそうになった。
「こここ、これはっ」
「お金。あげる……」
布袋に入っていたのは、大量の魔硬貨だった。
これだけで何人が暮らしていけるだろうという量で、持つ手が震える。
「生活困ってる人の、助けにしてほしい」
「い、いや。さすがにこの量は受け取れない」
数えられないほどの数だ。確かにこれだけあれば食料の配給もたくさんできるし、立て直す事も不可能ではない。だがさすがにこの数の硬貨は……。
「お金は一杯持ってる、から。……こんな金属、持ってても意味ない」
「……そうか」
「受け取って。私には、意味ないものだから」
「分かった。受け取る」
これはハクアの贖罪の一つだ。受け取らない方が、残酷だろう。
運用はゴーズと相談だし、邪な考えを持つ奴らから守らないといけないがこれで助けられる人は大勢いる。
「ありがとう」
「気にしないで。……こんなので罪が晴れるなんて、……思ってない」
「そうか。……でも、少しは晴れると思う」
俺はそう思わずにはいられない。そしてハクアにも、そう思ってほしい。
「なあ、この後暇か?」
「私……?」
「ああ。暇ならちょっと付き合ってくれ」
「……戦う?」
「いや。今の俺じゃ勝てないなんて理解してる。ちょっと、遊びに行こうってだけだ」
戦いも捨てがたいが、普通に薙ぎ払われるだけというのは理解している。
今やるべきはそうじゃない。ただ、遊びに行くだけだ。
「私と……? 遊びに?」
「ああ。俺とじゃ嫌か?」
「……嫌じゃない。ビックリした。……良いよ」
「おし。じゃあ決まりだな」
俺はどこへ行こうかと考えながら、ハクアを連れて歩き出した。
◇
貧民街には面白い所があまりない。王都に比べれば何もないも同然だろう。でも以外と美味い物や、穴場スポットがあったりする。
ここの主として、そういうのに精通している俺はとある場所に連れてきた。
「……綺麗」
「だろ。以外と、良い場所もあるんだよ」
入り組んだ建物の迷路の中、小さなスペースにそれはあった。
綺麗で澄んだ大きな水たまりと、それを取り囲む大量の草木。建物に絡みついた草木が、この場所を隠して秘密の場所にしていた。
「ここ。あまり知ってる人がいない穴場なんだ」
「そうなんだ。……私を連れてきて、良かった?」
「おう。もちろん。だけど、秘密だぜ」
「分かった」
ハクアはじっとこの場を眺めていた。
人の気配もしない静かな場所。たどり着くのも一苦労で、だがその一苦労分の景色がある。
「ほら、ここ自然のベンチだ。座って食事でもしよう」
「うん……っ」
草が絡みついた丸太が倒れている。たまに来て手入れしているから、座り心地もよいはずだ。
俺達は並んで座り、来る途中で買ってきた串焼きを取り出す。
「貧民街名物。フルルの串焼きだ」
「なに、……これ?」
「ここら辺に生息してる謎生物だ。味は美味い」
どういう生物か今一分かっていないが、食べると美味いという事でここじゃごちそうである。
捕まえるのが難しいが、その分美味い。
「ん、む。……美味しい」
「だよな」
貧民街でしか食べられない物であり、これをわざわざ王都から食べにくる奴もいる。
ハクアもその魅力を理解したようだ。
「もぐもぐ。……ハクアって強いよな」
「ん? ……うん」
「どうやれば強くなるんだ?」
俺もかなり強いほうだと思ったが、ハクアの足元にも及ばない。ここまで絶望的な差を感じた事はなかった。
「分からない」
「分からない?」
「私は、産まれた時から強いから」
「なるほど」
「それに……教えるの、上手くない。アドバイスはできない」
確かにハクアは感覚派っぽいとは感じていたが、やはりか。
とはいえ良い答えを期待していたわけではなく、別に思う事もない。
「どうすれば、ハクアに勝てるんだろうな」
「さあ。神様にでも、教えてもらう?」
「神様か。剣神様とかか?」
「うん」
剣の神様。剣神様。剣士の間でまことしやかに崇拝されている神だ。
しかし俺は神は崇めない。信じてもない。
「強くなって。強くなって、私を……」
「ああ。倒すよ」
「……殺しに、きて」
ハクアの言葉に、俺は……。
「ハクアの事は殺さない」
「……なんで? 恨んでる、でしょ」
「そうだな。でももう、殺したほど恨んじゃいない」
ハクアに対する恨みはどこかへ消えた。あの涙を見た瞬間に、消えてしまったんだ。
「ハクアは、死にたいのか?」
「……うん。私は……死んで、消えて。なくなりたい」
「人生は、辛いからか?」
「……うん。とってもつらいよ」
大きな罪を抱えて、さらに積み上げ続ける人生とは。多分、想像以上に辛い物だ。
俺はそれを全て理解する事なんてできっこない。今、ハクアの全てを救える言葉なんてない。でも。
「そうか。辛かったな」
「…………っ」
「苦しかっただろう。ハクアはいったい何を抱えているんだ?」
「……私は……っ」
「攻めやしない。地蔵だと思って吐き出しちまえ」
「私は……!」
ギリギリの所で保っていた全てが、決壊したかの様だった。
ハクアは涙を零して吐き出した。自分がやってきた事を。全てを。
「戦争で、何人もっ……殺した。罪の無い、人も……! 嫌だ。もう……殺したくない。戦いたくない。……でも、戦わないと、いけない」
姫騎士だから。騎士だから、国の命令には逆らえないという。
幼い頃からその力を利用され、政戦にも巻き込まれ、人の欲望のために戦った。
ハクアは、教えられなかったから逆らい方を知らない。命じられるままに力を振るい、気づけば天を貫く罪の塔が立っていた。
生来、ハクアは優しい子なんだと思う。普通の女の子なんだろう。そんな子に、姫騎士が積み上げた罪は重すぎる。
「私は、死にたい」
その言葉は重かった。
「でも……死ねない。誰も、私を。殺せない。自殺する、勇気もない。だから私を、殺しに、きて」
それがハクアの吐き出した全てだ。
「……辛い事。一杯あったんだな。話してくれてありがとう」
「うん……」
「でも。ハクアの事は殺したくない」
「それが……グレイの罰?」
「そうかもな」
生かしておく事が罰になるなんて、嫌になる。
望み通り殺してやれば良いのに、俺は殺したくないと思っている。なぜだろう。助けを求められたからか? ……分からない。
「なあハクア」
「なに……?
「たまに、遊びに来いよ」
「遊びに?」
「人生辛いと思うけど、だったら少しでも楽しい事しよう」
俺はハクアを救えない。できる事はほんの少しだけ、人生を楽しくする事だけだと思う。
誤差みたいなものでも、それで人生が少し楽しくなれば。俺はそう願って言った。
「楽しい……か」
「ああ。死ぬんだったらその前に、少しだけな」
「そっか……うん。だったら、たまに来る」
「おう。待ってるよ」
救えない。けど救いたい。
苦しむハクアをどうすれば助けてあげられるのか。俺は、分からない。