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5.仮面の騎士

「おーい。ゴーズ」


 走って帰ってきた俺はすぐに魔甲豚を運ぶ増援を呼ぶためゴーズに声をかけた。


「おお兄貴。なんか用すか、って兄貴の隣にどえらい美少女!?」


 見回りをしていたゴーズは、すぐに振り向き、俺の横に居るハクアに驚く。


「なんすかその美少女。もしかして兄貴の彼女すか?」

「違う。ただの……そういえば俺達の関係性ってなんだ?」

「……? 分からない」

「そうだな。分からない」

「なるほど。兄貴の彼女っすね」

「お前話聞いてる?」


 たまに話を聞かない事が玉にきずであるゴーズの言葉はスルーにかぎる。


「それより、魔甲豚を仕留めた。運ぶための増援が居る」

「なるほど。じゃあすぐ男集を手配するっす!」


 俺の短い言葉にもすぐに意味を汲んで動いてくれる優秀な部下である。いささか変人であるが、癖ある馬に能ありというやつだ。


「ついでに解体出来る奴と料理出来る奴も集めるっすか?」

「ああ頼む。孤児院が広いしあそこでやろう。炊き出しの知らせも回しといてくれ」

「了解っす」


 すぐに計画を決めて、ゴーズは風の様に去っていく。とりあえずこれで大丈夫だろう。


「よし。じゃあ行くぞ」

「……分かった」


 就業場所の孤児院へ行こうとする。しかしハクアが姫騎士だという事はバレていない様でも、凄い美少女だって事で目立ちはするだろう。

 この貧民街、その美貌は危険だ。罪滅ぼしとか言って襲われても抵抗しないかもしれない。

 貧民街を壊した罪を思えばそれで良いのかもしれないが、なぜか嫌だという気持ちがあふれてくる。

 しかたないから俺がしっかり守る事にして、孤児院へと向かった。


 その後の行動は早かった。力自慢20人と道具を取りそろえてすぐさま魔甲豚の回収に行く。その後近所の解体屋を呼んで解体。そして孤児院に待機してる料理集団の元へと運ばれた。


 俺がふらっと魔獣を倒した時はこの様なことが良くあるので、全員手なれたものだった。


「グレイ兄ちゃん、お肉ありがとう!」

「はっはっは。また気が向いたら取ってきてやるよ」

「やったー!!」


 そして俺は、孤児院で子供たちと遊んでいた。俺が料理してもしかたないので、魔物を倒して運ぶ事で俺の仕事は終わった。

 後は料理班が完成させるのを待つばかりである。外には噂を聞きつけた住人達もたむろしていて、一種のお祭り状態であった。


「わぁ。綺麗な髪」

「すべすべ~」

「凄い、きれい」


 そしてハクアは、孤児院の少女達に囲まれていた。こういう体験はないのか、おろおろと困惑しているのは表情から分かる。女の子たちもハクアが珍しく、きゃあきゃあ言っていた。


「あのハクアさんは、グレイさんの彼女ですか?」


 微笑ましく子供達を見ていたら、一人が爆弾発言をかましてきた。


「えっ……と……」


 突然の発言にハクアは目を回していた。そんな質問が来ると思っていなかったのか、言葉に詰まっていた。


「違う違う。俺とハクアは……まあ知り合いみたいな」

「そ、そう」


 質問に詰まっていたハクアに代わって俺が答えれば、慌てながらハクアも同意してくる。まあ俺とハクアは知り合いすらありえない様な身分差がある。と思っていると、料理が完成したと知らされた。

 狩った俺に一番にと、料理が運ばれてくる。それは、魔甲豚の肉と、屑野菜を煮込んだあまりにシンプルな物だった。


「どれ……」


 一口。食べ、その最初の感想は“肉”だ。たくさんの肉が入っていて、ひさしぶりの肉は美味しい。十分な栄養も取れない奴がたくさんいるここでは、ごちそうといえる。

 ちらっとハクアを見れば、器の中の豚煮込みが珍しいのかしげしげと観察している。


「食わないのか? ……いや、お前にとっちゃ良い物でもないか」

「そんな事ない。ちょっと、めずらしかっただけ」


 そう言うと、スプーンで掬って口の中にいれた。


「……美味しい」

「はは。そうか。お前はもっと良い物を食べると思ったが」

「これは、暖かい」

「そっか。それは温度的な意味で?」

「心的な意味、でも」


 ハクアは、慈しむ様な顔で木の皿を支えていた。一口、食べるごとになにかを堪える様に顔がうつむく。


「味はどうですかグレイさん?」


 ふと、料理を作っていた内の一人である男がこちらにやって来てそう言う。


「ばっちりだ。お前達やっぱり良い仕事するな!」

「ははは。そう言ってもらえてよかったです。えーっと、ハクアさんは、どうですか?」


 男達にハクアの素性は深く話してはいない。しかし、服装、しぐさ、容姿などで高貴な者だという事は分かるのだろう。そんな人にこのご飯をふるまう事に迷いがあるようだった。


「……美味しい。とっても暖かいです」

「そうですか。そう言ってくれて良かったです」


 安心したように、誇らしいような顔をして男は元の場所に戻っていった。


「とってもいい場所」

「……俺が一番好きな場所だからな」


 貧民街は弱肉強食。だからこそ、弱者は協力して生きていく。その結束力は強固なものだ。

 そんな彼らの光景をハクアは見ていた。みんなが協力して、作った料理をみんなで笑いながら食べる。その光景を、ハクアは微笑みながら見ていた。


「ねえ、……私のことどう思う?」

「……なんだ突然。質問の意味が分からんが?」

「私のこと、人だと思う?」


 質問の意図は分からなかった。しかし、ハクアの表情は真剣で、どこか泣きそうな雰囲気を持っていた。

 意図は理解出来ずとも、その質問に適当に答える事は出来ないと思わせてくる。俺はハクアの事をどう思っているのか。


「そうだな。……姫騎士、王国最強。あるいは世界最強。神に愛された少女。人ならざる強さを持つ者」

「……そ、……っか」


 ハクアは強すぎる。俺だって不本意ながら貧民街最強の剣と言われ、強さには自身がある。それなのに勝てるビジョンがまるで見えない。世界最強だと言われるのも納得が出来る。


「私は……化け物。この人たちの……幸せを壊した、化け物。だよ」

「そうだな」


 ハクアがいなければこの人たちは平和に生きていたのかもしれない。

 だが多分、ハクアがいなくても国は動いた。訓練された騎士を動員して、俺は貧民街を守り切れなかっただろう。


「ごめんなさい……」

「そうか……」

「ごめんなさい。ごめんなさい。……ごめん、なさい」


 ハクアの目からポロポロと涙がこぼれていた。

 俺はそれを見て、ハクアを責める事ができなかった。


「お前は、いったい何なんだ?」

「…………」

「あの時戦ったハクアと、今泣いてるハクア。俺は、同じとは思えない」


 ハクアの中には、二人いる。

 心を感じない姫騎士と、今泣いているハクアだ。


「……それは。……仮面をかぶった私」

「仮面?」

「辛い任務の時、私は私じゃなくなる。冷徹で、忠実な騎士になれば、辛くないから」

「そうか。……そうなのか」


 今、泣いている子が本当のハクアだ。

 姫騎士のハクアは、辛い現実から目を逸らすための偽物だ。でも仮面を外せばハクアが姫騎士の罪を負わなければいけない。

 ならば本当の罪は多分、姫騎士が持っている……いや、ハクアを姫騎士にした奴らか。


 手駒を恨んだところで意味などない。罪を持っているのはもっと上だ。

 上を変えなければ、何も変わりはしない。


「お前を許しはしないけど。……お前の罪は俺が思ってるほど重くはない」

「……重いよ。私は、ずっと。……謝り続けないと、いけない」

「贖罪はゆっくり晴らせば良い」

「……グレイ。優しい、ね」


 俺は優しくなんかない。ただ恨む対象を変えただけだ。

 ハクアの事を許し切れていない。俺は……どうすれば良いんだろうな。


「グレイは、温かい」

「俺が……? 体温高いか?」

「ううん。……心が。なぜか。落ち着く」


 ハクアは俺に密着する様に座る。

 しばらくすれば、ぐっと体重をかけてきて。でもぜんぜん重くない。普通の女の子の様に軽い。

 服越しでも分かるポカポカした体温や、甘い香り。全てが俺の心を惑わした。

 可愛い少女が寄りかかってくるだけで絆される。男の単純さにため息しかつかない。


「グレイ……」

「なんだよ」

「私はこの罪。だけじゃない。一杯、人を殺した。殺しちゃった。私の手で。一杯、死んだ」


 嗚咽交じりの言葉は、ハクアが抱える罪の重さだ。

 一人で抱えるには大きすぎる罪が、ハクアを押しつぶそうとしていた。


「ごめんなさい。ごめんなさいっ。私は、罪人。人殺し。悪魔。……化け物」

「ハクア……?」

「助けて。グレイ……」


 ごめんなさい。そう、ハクアは呟いた。何度も何度も。ハクアが犯した罪はハクア一人では抱えきれていない。もうハクアは、壊れている。

 俺には、その罪が重すぎる。


 ハクアの懺悔に、俺は何もできなかった。重すぎる告白から俺は逃げた。

 ハクアはずっと、泣いて懺悔した。

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