4.姫騎士の力
ハクアとの気まずい食事から早二週間。俺は、考えていた。あれからハクアには会っていない。しかし、ハクアと会わないといろいろ考えるものだ。
「ハクアの罪は、どれほどなんだ……」
ハクアは罪悪感を抱えられるほど優しい子。だと俺は思う。
だが騎士だ。騎士だから、命令には逆らえない。ならば本当の罪は騎士団。ひいては命令した国にあるんじゃないだろうか。
「どれぐらい償わせるか……。わかんねえなぁ」
国の罪をハクア一人に背負わせるにはあまりに大きすぎるんじゃないか。
そう思う。ハクアと打ち解けなければ、こんな事思わなかったのに。
ハクア一人に罪を負わせて、楽でいられたのに。
「分かんない。どうすれば……」
一番最初の氷の様な表情の姫騎士。そして前回の良く観察すると体全体でいろいろ表現をする表情豊かな少女。どっちが本当の姿なのか。
まるで二重人格の様な。だったらどっちのハクアに罪を償わせるべきなのか……。
「ふう。……少し休息するか」
気づけば日が昇っていた。考えながら剣を振るっていれば時間などあっという間だ。
俺は修行で掻いた汗を流すためにバーの裏にある井戸から水を汲む。
体をふきながら、今日の予定を立てた。
「そういえば、ハクア今どうしてるんだろ」
予定を立てる過程で、ハクアの事が浮かぶ。
なぜか最近ハクアの事ばかり考えている気がする。すでに二週間会っていないが元気だろうか、なんて考えるがはたと気づく。
そもそもハクアと今まで会えていたという事実が異常だと。
クリスタ王国の第三王女と会えていたなど異常だ。そもそも住む世界が違う。今まで会えていたのが幸運で、もう会えないかもしれない。
しかし再戦の約束はしたし、いずれ会うだろう。
「よし! 決めた」
今日はとりあえず貧民街跡に向かう事にしよう。
貧民街跡。前回も結局あまり探索出来なかったのもあって今回こそはと意気込んで向かう。ただ、ハクアに会いたいという気持ちも心のどこかであるのだろう。
バー苗木の夢から徒歩30分ほどで貧民街跡には着く。そこは相変わらず瓦礫の山であるが、ふと遠くを見れば少し違った。
「ああ。もう貧民街じゃないのか」
小高くつみあがった瓦礫の上から王都の方向を見ると、そこでは沢山の人がたむろしており、ひっきりなしに王都から何かが運ばれている。
周りの巡回している兵士の様な者を見れば、新しく王都を広げているんだと理解した。
「……帰るか」
もうここは俺の故郷じゃない。壊されて、奪われてしまった。
でも俺は、溜息一つでなぜか諦める事が出来た。
「グレイ……?」
背後から声が聞こえた。十分に警戒している俺の背後に近づける奴なんか一人しかいない。
「ハクア?」
振り向けばハクアが居た。今日もシンプルな白のワンピース。いつもと同じ物を着ていて、いつも通り眠たそうな無表情だった。
「どうしてここに居るんだ?」
「……暇だから?」
「仮にも姫騎士なのにか?」
「うん。戦争でもないと、だいたい暇……」
なるほど。確かに最近は戦争の噂は聞かない。しかし、よく見てもハクアはただの少女だ。それが、戦争がないと暇なんて言うのは変な気持ち。
「……王宮も。楽しくないし」
小さく呟かれたハクアの言葉は聞かなかった事にする。
「暇なら、俺と再戦してくれないか?」
「良いよ」
「まあお前も準備が……良いの!?」
あまりにあっさりと許可をくれて少し驚く。
「じゃあ今回は王都に外でやるか?」
「うん」
二週間ぶりの再会であるが、前回の気まずい別れを引きずってはいないようなのは良かった。
さて、王都の外に行くと言ったが、それも並大抵の事ではない。戦闘をしても問題ない場所というのは、例外なく魔獣という生物が存在している。
王都周辺ならば楽に狩れるが、それでも油断は出来ない怪物だ。
「魔獣は大丈夫だよな?」
「うん。余裕」
騎士数人がかりで倒す魔獣を余裕とは。さすがの姫騎士。しかし今から俺に負けてその名声は地に落ちるだろう。
「じゃあ行くか」
「うん……」
◇
ちょうど良い場所まで歩くと一時間ほどかかるので走る。ハクアは大丈夫かと思ったが、涼しい顔で俺の全速力に付いてくるので、姫騎士の凄さを知った。
「ここらで良いか」
王都からも離れ、街道からも離れている。人の生存圏内から外れれば魔獣に襲われる可能性もあるが、まあここら辺のレベルならばなんとかなるだろう。
「……さあやろうか」
「うん」
そう言って、ハクアが取り出したのは護身用レベルのナイフだった。
「なんだその武器」
「これしかなかった。しかたない」
「ナメてるのか? 俺は本気のお前を倒さないといけない」
「……私は、これでも負けない」
ハクアからナメているとう雰囲気は感じない。本気で、あの小さなナイフで勝てると思っているのだろう。ナメやがって。
「負けた時の言いわけはするなよ」
「負けないから」
そう言ってナイフを構えたハクアはあくまで自然体だ。何を捉えているのか分からない瞳。健康的な肢体。風でワンピースの裾がはためき、そこに居るのは戦いを知らぬ少女の様だ。
俺は、動けない。剣を構えるが、まるで隙がないハクアにどう攻めていいのか分からなかった。
「くそっ」
敵は攻めてくる気配はない。ならば、こちらから攻めるしかない。言いようのない感情を押し殺し、突撃する。
「はぁ!」
風を切る速さで振り下ろす俺の剣はたしかにハクアの胴体を捉えた。しかし、まるで当たり前の様に小さなナイフで受け止められる。
嘘だと断じてさらに数撃打ち込むが、全て防がれた。
「……っ!」
沢山予測する。しかし、どうすれば良いかわからない。
相手は少女。持っているのはナイフ。着ているワンピースは戦闘に適さない。それなのに、俺は高すぎる壁を相手にするような錯覚に陥った。
俺は、理解出来なくなって剣を下す。そんな俺をハクアはじっと見てきた。
これからどうするか。などと敵を前に悠長に考えていると、まるで体を揺らす様な衝撃が来た。
「何だ……!?」
戦いに夢中で辺りの警戒を怠っていた。周りを見れば、遠くから猛然と二体の豚が走ってくるところだった。
「魔獣……。多分『魔甲豚』」
「魔獣。ありゃここらでもかなり強い魔獣だぞ。戦に水を差しやがって」
しかし助かったと安堵する自分もいた。
絶望の戦が、なあなあですんだ事にほっとして。そんな自分に嫌気がさす。
「とりあえず、たおそ」
「しゃあねえ。右の奴はまかせた」
「「ブオオオオオオオオオオオオ!!!」」
こちらをエサとして認識し、突撃してくる魔甲豚の内一体をハクアに任せる。
俺は猛スピードでやってくる魔甲豚の突進をかわして横腹に剣を叩き込んだ。
「たぁ! 硬すぎるだろ」
剣を打ち込んだ胴体は傷一つ付いていなかった。
これほどの硬度、普通に叩き切るだけではダメだ。俺は一旦距離をとり、脱力した。叩き切ってだめならば斬るしかねえ。剣の刃に意識をすべて集中させる。
「ブオオオオオオオオオオオ!!」
かわされた事に気づいて再度魔甲豚は突撃してくる。
だが、遅い。
剣を剣として、最高の切れ味を出せる様に集中し、俺は斬った。
剣を滑らせ、魔甲豚の首を両断する。敵の防御に抵抗せず、ただ斬った。
「……はぁぁぁあ。勝ったか」
さすがに首を切り落とせば死ぬだろう。
「っと。ハクアは……」
もう一体はしとめられたかとハクアを見れば、心配は杞憂だった。
頸動脈を小さなナイフで綺麗に切り裂く。傷口が芸術的なまでに綺麗であり、あの小さなナイフであそこまでやる腕に驚愕する。
「俺は、……まだ弱ぇ」
「どうしたの?」
「なんでもねえ。……邪魔が入ったし、今回の勝負は俺の負けって事でどうだ?」
「負け? ……まだ勝敗はついてない」
「良いんだ。俺は弱い」
どうすれば防御を崩せるのか分からず、魔甲豚の倒し方すら負けた。
「はぁ。とりあえずこの豚持って帰るか」
「どうして?」
「貴重なタンパク質だぞ。最近はいろいろあったから、みんな美味しい物を振舞ってやりたい」
「……そっか。私の豚も上げる」
「良いのか? 売れば結構な金になるぞ」
「金なんて沢山あるし、私のせいで家を、無くした人に上げたい」
なるほど。ハクアも罪滅ぼしをしたいと、思っているのだろう。やはりそう思う子があんな事するなんて、訳が分からない。
しかし、ハクアに関する事を考えれば頭がバグる。だから思考を逸らし、目の前の豚に集中した。
「でかいな。持って帰れないぞ」
これを持って帰ると言っても二メートルの豚なんて持てない。やはり最速で帰って増援を呼ぶしかないだろう。
とりあえず印は付けておこう。王都からも結構離れてるしすぐに戻ってくれば盗まれる心配もあるまい。
「……良し。全員に声をかけて料理の時間だ」
「料理?」
ハクアは疑問符を浮かべるが、これから起こる事はだいたい予想しているのだろう。
「貧民街の奴らで料理。ハクアも来てくれ」
「……私も?」
「ああ。そこで、お前がやった事を見つめなおすんだな」
俺はそう言って、ハクアを見る事なく貧民街へと走った。