30.決断
『少し、考えさせてください』
それが俺たちの返事だった――。
◇
「朝……か」
朝日が差し込む。日が昇る前から起きる俺としては珍しく、長い間眠ってしまった。
これもここ数日の疲れが溜まっていたという事だろう。一年ぶりにハクアと再会して、心が休まる時はなかった。まあ、しかたがない。
自室のベッドで上半身を起こして窓の外を見ていれば、ふと隣で何かが動いた。
「ん……朝?」
「ああ。おはよう」
「おは、よ」
隣で寝ていたハクアが、俺が起きたためか眠気眼で起き上がる。ふぁっと可愛らしい欠伸をして、俺に枝垂れかかってきた。
なぜハクアが俺の部屋にいるのか。それは単純、俺から引っ付いて離れなかったためだ。普通は軍を引いた将として、報告したりいろいろ大変だそうだが、全てぶん投げて俺についてきてしまった。レインクルトが、どうにかしてくれると言ってくれたのも後押しだろう。
マスターと一緒に楽しく夜ご飯を食べて、楽しい団欒を過ごす。一年ぶりに楽しいというハクアの笑顔は忘れない。その後も当たり前の様に俺のベッドに入ってきて、俺の腕を掴んで眠る。この一年禁欲して修行していた俺としては辛すぎたが、鋼のメンタルで耐えきった事は褒めてほしい。多分襲い掛かっても普通に受け入れてくれるだろうという雰囲気はあったが、耐えたのだ。偉い。
「お腹へった」
「だなー。飯食べるか」
「うん。作る」
「二人で作るか」
「ん」
そうと決まればさっとく起きだす。ハクアはまだ眠いのか、ノロノロとベッドを四つん這いで移動する。
「服、ずれてるぞ」
「え? ……ほんとだ。グレイの服、おっきいから」
ハクアはそう言って、着ている俺の服を直す。谷間が見えていたのがギリギリ隠れた。
しかし朝からドキドキしっぱなしだ。ハクアが着ているのは、俺の服。俺の服だ。そのまま直行したから寝巻がないからしかたがないのだ。
一番大きい服を貸したのがいけなかったか、服がずれてハクアの下着がチラチラ視界に入る。実に精神に来る。精神攻撃だ。
「……まあ、朝ご飯だ」
「んー」
雑念を捨て、朝ご飯に集中する事にした。
◇
マスターはいなかった。朝から出かけてるのだろう。書置きに適当に朝ご飯を食べていてと書いてあったから、適当に朝ご飯を作る。
おいてある食材は全て使って良いらしく、豪勢な朝食となった。
「もぐもぐ。ハクアは、昨日の兄からの提案どう思う?」
「兄さまの?」
「そうそう」
朝食を食べながら、俺はハクアに聞いた。
王位を取りに行くという話。俺はこの国がどういう国かは知らない。だからうんとは頷けなかったが、ハクアの扱いなどを見ていれば禄な国じゃない事は何となく分かる。しかしもっと情報を集めてからと断った。
「私は……この国は嫌い」
「そっか」
「うん……でもこの国が荒れた原因は多分私にある」
ハクアは俯いて言った。
「私が頑張って、命令されるままに成果を上げて。そしたらそれを取り合う様に争いが起きた。目が当てられなくなったの、私が騎士になってから。なんだ」
「……ハクアは悪くないだろ。全部、欲に目がくらんだ馬鹿達が悪い」
「……そうかな」
「そうだ」
それだけ否定する。ハクアは悪くない。全部、欲深い大人が悪い。ハクアを利用してその成果で争って。嫌がるハクアを戦争にいかせて、またその成果で争う。馬鹿で、馬鹿な奴らが悪い。
「この後。……争いの勝者と私は……結婚する事になる。と思う」
「っ……!」
「絶対にやだ。それだけはやだ。でも兄さまが王になればグレイとの婚姻認めてくれる」
「そっか。そうだよな」
今の上層部に、ハクアと結婚を認めさせるなど不可能だと分かっている。でもレインクルトならば、ずっと一緒にいられる。
少ししか会ったことないがあの人は良い人だ。ハクアを戦わせるような事はしないだろう。
「今は取り繕ってるけど、多分。争いは表に出る。国が荒れる。その前に、やらないといけないんだと、思う」
「ハクアの考えは理解した。俺も、同じだ。俺の故郷をつぶされた時から、この国は嫌いだ」
「ごめんなさい……」
「ハクアは悪くない。全部命令した奴が悪い。それに、もう十分罪は償っただろ」
「……そうかな。ありがと」
ハクアがくれたお金があったから、今貧民街は立ち直ろうとしている。
ゴーズがしっかり計画的に使ってくれているから大丈夫だろう。不埒な考えを抱く輩は全部ボコボコにしておいたし。
「まあ、決まりか」
「うん……」
「やるぞー」
「失敗したら、逃げる?」
「だな。でも失敗はしない。俺とハクアがいる」
「うん」
多分俺たちだけで世界征服できるのではないだろうか。やらないけど。
レインクルトは頭がよさそうだし、多分失敗はないだろう。大事なのはスピード。敵に悟られないように、疾風迅雷で動く必要がある。
「飯食ったら、義兄のとこいくか」
「らじゃー」
ハクアとの未来を思い描きながら、飯をかっ込んだ。
◇
作戦は単純なものらしい。
上層部はここ数年、ハクアの功績を争って不正塗れ。その証拠はこっそりレインクルトが確保している。国王すら、実の娘の功績を奪おうと不正を働いていた。これを利用する。
そして次。ハクアが此度の戦争の報告をするために謁見をする。その時、上層部が全員集まるらしい。
そこでまた誰が功績を貰うのか争うという。だが今回はそんな事できない。謁見の途中、レインクルトの私兵達+俺が突撃。
不正を理由に全員拘束して、牢屋に放り込んでゆっくり断罪する。そういう手筈だ。
俺がやる事は護衛の無力化と拘束のお手伝い。
その為につつがなく謁見を進め、奴らを油断させる必要があるのだが……。
「…………」
ハクアは謁見の間に入り、じっと立ち止まっていた。
それは普通ではなく、周りの奴らも困惑している。通常であれば王の前に跪き、命令に従ってもろもろ言っていけば良い。
だがハクアは、跪かずまっすぐ王、実の父を見据えた。
「報告、しに来ました」
困惑と沈黙の中、ポツリとハクアは言う。
「っならば王の前に跪くのだ」
「そうである。姫とはいえ今は一介の騎士。これは重罪だ」
「罰は帝国の領土かな」
「それは素晴らしい。此度の罪は帝国領で賄えるだろう」
次々、彼らは口を出す。ハクアはその言葉は無視しているのか、気にも留めない。
「私は……」
ハクアはそっと腰の剣を抜いた。
「なっ」
「謁見のまで剣を抜くなど」
「近衛兵!」
ハクアの抜剣に対して護衛の騎士は動くが、あまりにぎこちない。練度が悪く、一年前の俺でも楽に倒せそうなほどだ。
「私は……騎士をやめます。戦うのも、人を殺すのも。もう嫌だ!!」
ハクアはそう叫んで、剣を投げ捨てた。
カランと地面に落ちる剣。そして沈黙。ハクアの言っている言葉が、全員分からないのだろう。
「なっ。ハ、ハクア。何を言っておる!」
その沈黙を破ったのは、王座に座っていたハクアの父だった。
容姿は似ても似つかない。雰囲気もだ。どちらかといえばグリシャ様に近いか。そんな父は、驚愕に見開いて立ち上がる。
「父さま。……言葉通りです」
「ち、血迷ったか。ええいハクアを捕えろ!」
王の命令に、慌てて近衛兵たちはハクアを取り囲む。だが冷や汗だらだらだ。腐っても騎士。ハクアの強さは理解しているという事か。
あの程度ハクアならば剣なくして倒せるだろうが、そうはさせない。
「すまないな。ハクアの代わりに俺が相手だ」
今まで、天上に張り付いていた俺はハクアの隣に降り立った。
「もうハクアは戦わせない。俺が、ハクアを守る」
「な、なんだ貴様は」
「彼氏、です」
ハクアは俺の腕を取ってそう言った。
「はぁ!? 何を言って……そうか。貴様がハクアをたぶらかしたのだな。捕えろ。拷問の上死刑にするのだ」
「……グレイにそんな事したら、許さない」
王の言葉に、恐ろしい形相で前に出ようとするハクア。
「おっと。ここは俺がやる。ハクアは見ていてくれ」
「でも……」
「頼む」
「……しかたない」
この場の全員皆殺しにしそうなほどの殺気を放っていたハクア。それをまあまあと宥めて、俺が前に出た。
「さあ。やるか――」
俺の言葉と共に、扉を開けてレインクルトの私兵がなだれ込んでくる。
この日国は、大きく変わった。