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3.けーきとハクア

 強さの果て。それが姫騎士、ハクアだ。

 姫騎士を幻視し、剣を振る。


 一度降るごとに、姫騎士の強さが思い返された。

 まるで本気を出さない姫騎士。女の細腕で俺の剣を軽々と受け止め、たった一撃で俺を数十メートル吹き飛ばす力。その上、姫騎士の真価は魔法だとすら言われている。俺はまだ、姫騎士の力を十分の一も知らないのかもしれない。


 神に愛された少女。神子なんて言われてるやつに勝つとは、考えるだけで至難の業だ。このまま、万回剣を振るっても姫騎士には届かないかもしれない。

 思わず出てきた勝利への疑いを断ち切るように剣をふるった。


「っ……もう朝か」


 気が付くと、日はとうに昇っていた。

 一息つくと剣を鞘に納め、家の中に入る。


 バー『苗木の夢』。その二階が俺の宿だった。ここのマスターと縁があり、格安で借りている。

 中は開店前とあって暗いが、マスターがハタキを片手に掃除をしているところだった。


「おはよう。マスター」

「あらん♪ グレイちゃんじゃなぁいの。お・は・よ」


 34歳、男、オカマ。それがマスターだった。今はメイクしていないが、夜になると化粧を決めてお酒を飲ますママになる。

 その風貌を見てぎょっとし、油断する者も多いが侮るなかれ。この貧民街。タダ食い、万引き、強盗、窃盗。果てには人殺しまで日常茶飯事である場所で店を開くという事がもはや強者。


 全ての障害を己の肉体一つでくぐりぬけてきた歴戦の猛者である。


「少し出かけてくる。夕方には帰るから」

「おっけ~。どこ行くのん?」

「貧民街跡」

「また行くの~? この前も行ったわよねん?」

「……あの時はいろいろあってじっくり見れなかったからな。今どうなっているのかじっくり見てくるつもりだ」

「なるほどねん。気を付けてねん」


 ウインクをかましてくるマスターをスルーして、俺は貧民街跡に向かった。



 

 相変わらず瓦礫の山だった。いずれここに家が建ち、人が住み、都が出来るのだろう。

 ここに来るとやはり思う。俺は負けたんだって。

 少し辺りを見渡せば、遠くの方には家財でも取りに来たか、はたまた火事場泥棒かまばらに人が動いている。


「しばらく、荒れるな」


 今後、俺の力が必要な事態が起きるだろう。姫騎士との再戦のために鍛えた力を振るわないといけないかもしれない。

 高台からその様な光景を眺めていると、ふと遠くの方に銀色が揺れているのが見えた。


「……なんだあれ。人……?」


 こんな遠くからもなぜか目に止まってしまう不思議な感覚。これは。


「……あいつは、姫騎士!」


 揺れているのは長い銀髪だった。背まで届くような綺麗な銀髪が風で揺れている。

 気づいたら、俺は駆け出していた。瓦礫の山を飛び越えて、姫騎士へと走る。


「――ひさしぶりだな姫騎士」

「……グレイ?」

「ああ。グレイだ」


 姫騎士ハクアは、眠たそうな顔で俺の事を見てきた。


「次会った時がお前の最後だと二日前に言ったよな」

「そうだね」


 前回戦った時より俺は強くなったという実感がある。たかが数日だが、確かに強くなった。

 それでも、姫騎士の底は今だ見えない。それでも戦わないという選択肢はない。


「さあ、戦おう!」

「やだ」

「そうか。やだか……やだ!? おい姫騎士。今度お前を殺すと言ったよな」

「うん。ここではやだ。そろそろ、工事が始まって、警備の兵士もたくさん巡回する」

「なるほど。つまりここじゃなければ良いんだな」

「うん」


 ここ以外で戦える場所となると王都の外か。しかし戦えるような場所に行くにはささか遠い。


「……王都の中に、訓練場とかあるよ?」

「よしそこに行くか。……それと遺書とか残しとくか? 死ぬ準備ぐらいはさせてやるが……」

「良いよ、いつでも……」

「そうか。じゃあ、行こうか」


 そうして、王都に行く事が決まった。



 ◇



 クリスタ王国――王都。


 小高いなだらかな丘の上に建設された王都は頂上に王宮が建ち、その下に貴族、富豪が住まう上層区。さらに下に平民が住む下層区となっており、その外周には敵の侵入を阻む城壁が建っていた。そして城壁の外に、貧民街は存在する。


 さて、生まれも育ちも貧民街である俺は王都の中にあまり入ったことがない。王都の住人は貧民街の連中に良い顔をしないからだ。

 そんな訳であまり王都に入らない俺は、普段よりさらに視線にさらされていた。


「……視線が、多い」

「そりゃしゃーない。凸凹コンビも良いところだからな」


 王都、下層区の中央通りを歩く俺達は、一際(ひときわ)好奇な目に晒されていた。

 方や、貧民街の男。方や、明らかに高貴な美少女。決して相いれない二人が一緒に歩いていれば視線の一つや二つしかたがない。


「気にしないことだな」

「ん……」


 もともと興味はなかったのか、ハクアは華麗に視線をスルーする。

 中央通りから細い通りにぬけ、到着した先は大きな建物だった。


「こりゃギルドか?」

「うん。冒険者ギルド、の訓練場は誰でも使えるから」


 人の手が入らない場所を冒険し、時に魔獣とよばれる強力な獣と戦う者達が集うのが冒険者ギルドという場所だ。

 噂には聞いていたが、訪れるのは初めてだった。


 建物の中を通り、訓練場の方へと抜ける。そしてさあ戦闘だというところで、問題が起こった。


「訓練場の使用は昼からだ。まだ開いてないよ」


 管理人にそう言われて、出鼻をくじかれてしまった。

 ちらりとハクアを見れば予想していなかったのか、ちょっとわたわたしている。


「それならまたくるよ」


 どうしようかと慌てるハクアの背中を押して、とりあえず出直すことにした。


「ごめんなさい。使えないの、知らなかった……」

「謝ることじゃねえ。しかたないさ」


 訓練場が使えないとなると王都の外に出るか。しかしそれだと時間が掛かる。調子を最高潮に保っていないとハクアには勝てないのだ。時間が経って調子を下げるなどしたくない。

 などと考えているとふと隣からなにやら聞こえてきた。


 ――くぅ~。


 隣を見ればハクアが頬を染めながらお腹を押さえていた。


「なんだお腹が空いているのか?」

「……知らない」


 プイっとそっぽを向くが空腹であろうというのは明白だ。俺は懐にある残金を思い出す。


「土下座で頼むなら、最後の晩餐に何か奢ってやるぞ」


 最後の晩餐は大事だ。大罪人も、死刑前日は好きなものが食べられるらしい。

 ハクアにも好きな物を食べさせるのが大事だ。


「ん~! あなたには頼まない。……来て」


 怒った様な声を上げたハクアは説明もなく、俺の右手を引っ張る。

 引かれるままに通りを抜け、向かうのは下層区でも上の方。高級店が立ち並ぶお金持ち御用達の通りだった。


「おいおい何か場違い感が凄いんだけど」


 自分の服装を鑑みるとここに居てはいけないのではと思う。


「気にしない」


 そう言ったハクアの案内の元たどり着いたのは一店の店。

 お菓子なる物を売っている店だった。ちらりと看板に書かれたメニューを見る。


「しょーとけーき? 難解だ」


 少しだけ読み書きは出来るものの、看板に書かれているメニューは難解すぎる。


「値段が……二千魔硬貨!?」


 何かよくわからん品に俺の一週間分の食費が掛かるとか馬鹿じゃないですか。


「ふふ。私に、土下座で頼むなら奢ってあげる」


 形勢逆転とばかりに言うハクア。頬笑みながら言うハクアは小悪魔の様で可愛い。いや! こいつは罪人で敵で許してはならない存在。可愛いなどあってたまるか。

 しかし最初の氷の様な、という印象は今日でちょっと融けていく。


「どうするの……?」

「もちろん。男の頭がそう簡単に下げれるかよ」


 俺が頭を下げるのは自分に非があった時と金を借りる時と決めている。


「そっか。……じゃあ、いこ」


 俺の言葉は聞いたはずなのに、ハクアは俺の手を引いて店の中に入った。中は綺麗できっちりとしている。礼儀正しい店員に案内されたのは奥の席だった。


「……やっぱ場違いだ」

「んーん。別に、気にしない」


 ふるふると首をふって答えたハクア。鋼のメンタルでも持っているかというハクアを尻目に、メニュー表を見る。

 そこに載っているのは俺の全財産をはるかに上回る値段の意味不明な食べ物。俺は基本その日暮らしなのでお金はあまり持っていない。


 一番安いのならば買えるかと財布を見れば五百鉄貨しかなかった。


「それ……鉄貨?」

「そうだが」

「初めて、見た」

「……お金持ちの発言だな」

「魔硬貨しか。知らない」


 クリスタ王国の通貨は二種類存在する。

 『鉄貨』と『魔硬貨』だ。鉄貨には一鉄貨から五百鉄貨。魔硬貨には千魔硬貨から一万魔硬貨まである。お姫様であるハクアは鉄貨を見たことがないらしい。逆に俺は魔硬貨を殆ど見たことがない。


「俺は金がないから注文は出来んな」

「……好きに注文しても良いよ?」

「お前に貸しは作らない」

「貸しじゃない。罪滅ぼし」

「なるほど。……で、こんなので罪を償えると思っているのか?」


 ここに載っているものは確かに高い。だが住人達の生活を思えば、安すぎる。

 そもそも金なんていくら積まれても意味がないんだ。


「思うわけ、ない。でも、ちょっとでも。償いたい」

「そうか。……話変わるけどお前何歳?」

「17、だよ?」


 俺より一歳年下か。……罪滅ぼしとはいえ、年下の女の子に奢られるなんて男として終わっている気がする。


「借りは返す」

「だから「罪滅ぼしだろうと、お前に貸しは作らない。少しも罪を償えない罪悪感でも抱えてるんだな」

「……そっか。分かった」


 俺の言葉に、ハクアは納得したようだった。

 少しも罪を軽くなんてしてやらない。罪は全部抱えてもらう。それだけだ。年下の女の子に奢られるのはプライドが許さない。というのもあるが。


 いずれ返す事にして、今回だけは貸してもらう。

 とはいえメニューに書いてるものはチンプンカンプンなので、ハクアに注文してもらった。

 そうしてやってきのは、ショートケーキだ。

 

「ケーキ食べない、の?」

「ん、ああ。そうだな」


 やってきたのは得体のしれない物。ハクアが頼んでくれたのは白くて、赤い何かが乗っている物。

 難解だ。訳が分からない。


「……始めてみる食べ物だ」

「ケーキ。美味しいよ」


 そう言って、ハクアはフォークでショートケーキを切りとり一口たべる 。


「ん……ふぁ」


 まるで天に昇る様なとろけた顔と共に吐息をつく。ケーキとはそれほどに美味しいらしい。やはり高いだけはある。


「美味しいのか?」

「うん」


 本当に美味しそうに食べるハクアは普通の女の子の様で、こいつがあの姫騎士だとは思えない。冷たい瞳で剣を振るっていたこいつと、俺の前にいるハクアは多分別の人間なのだろう。


 と、さすがに人の顔をジロジロ見るのは悪いと思い、俺も手元のケーキに目を移す。小さなケーキだが、これ一つで目が飛び出る様な値段がする。いったいいくら返さないといけないのか考えて卒倒しそうになるが、ギリギリで耐える。

 ちらりとハクアを見ればすでにケーキを食べ終え夢心地の様だった。


「なあ」

「ん、なに?」

「ほら」


 俺は、ケーキを一切れフォークにさしてハクアの口元に付きつけた。

 もしかしたら俺を毒殺しようとしている可能性がある。得体の知れない物の毒見をしてもらおうという魂胆だ。

 しかし、なぜか戸惑う様な感じでこちらを見てくるハクア。


「食べないのか?」

「でも……い、いただきます」


 パクっと食べたハクアの顔はなぜか紅かった。咀嚼そしゃくしているハクアの顔は味なんて分かっていない様だ。


 ――あれ?


 ちょっとまて。落ちつけ俺よ。何か、間違っていないか? 毒身をしてもらおう、という思いでケーキを上げた、何もやましい気持ちはないな。生存本能故だ。

 でも、これって世間一般的に『あーん』というやつではなかろうか。


「なあ、俺って変な事したよな」

「……うん」


 俺は無意識下でハクアにあーんをしてしまったらしい。

 俺的にはただの毒見だ。だが年頃の少女にとっては嫌な事だろう。多分俺の事はあまい好きではないだろうし、そんな奴にあーんなど鳥肌物だろう。


「嫌だったよな」

「違う。嫌ではない。……恥ずかしいだけ」

「そうか。嘘をつく必要はない」


 だがふるふると首を振るったハクアは顔を赤くしてこちらを見てくる。そこに嫌悪感はない。

 言う通り、ただ恥ずかしいだけだろう。


「それに……罰は、なんだって。受ける」

「なんだってか。……本当に?」

「うん……」


 それも、ハクアの本心だと思う。死ねと言えば、死ぬだろう。罰だから。

 だから分からない。なぜこんな罪悪感を抱えられる少女が、貧民街を壊したのか。

 騎士だから。命令には逆らえないのだろうか。だったらハクアに罪はあるのか……。


「分かんねえ……。とりあえずこれはハクアが食べてくれ」


 そう言って、俺はケーキをとりわけフォークにさしてハクアの口前に持って行く。


「え……?」

「どうした? 食べないのか?」

「あの……ん」


 ハクアは俺からケーキを食べる。俺も飲み込んだのを確認してもう一度ハクアにケーキを差し出す。

 なにか、ひな鳥にエサを与えている気分だ。小さな口で一生懸命食べるハクアは小動物の様な庇護欲をそそらせる。


「ごちそう、さま」

「ははっ。美味しかったか?」

「……うん」


 取り合えず会計を済ませて一緒に店を出る。ちらっと太陽を見ればまだ昼前だった。


「戦えないし。今日は解散するか」

「うん。分かった……」

「次だ。次会った時、お前を倒してやるよ」

「……うん」


 顔を赤くしてうるんだ瞳で俺を見たハクアは、そう言って逃げる様に去っていった。


「あれ? ちょっと待てよ」


 俺も帰るか、と思った矢先に思い出す。

 先ほど、二回目のあーんは必要なかったのでは。

 別にケーキは皿ごと渡せばいいものをなぜ俺はハクアに食べさせたのだろう。


「……冷静になれていなかったって事か」


 先ほどの事を思い出して俺も身もだえしながら、逃げる様にこの場を後にした。

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