29.幸せを掴むため
後方に控えていた騎士たちがやってきた事で、めんどうな事になると思った俺は退散する――事はできなかった。
「グレイー」
抱き着いてくるハクアは俺を逃がすまいとしている。執念を感じる拘束は、俺が本気でも抜けられそうにない。ハクアの瞳は絶対どこにもいくなと暗に語ってた。
俺も覚悟を決める時が来たのだろう。
「……ハクア。騎士たちが」
「うん、……私に、まかせて」
近づいてくる騎士たちの表情は、困惑だけがあった。それもしかたないだろう。
突然現れて姫騎士と交戦、勝利したと思えば抱き合ってキスをするなんていう事をしでかした。
姫騎士を倒しただけならば敵だが、その姫騎士とイチャイチャしているのならどうすれば良いのか分からないのだろう。
「ハクア様。……これはいったい」
騎士の中で一番豪華な装備を身に着けた者が聞きに来る。その目は白黒していてどうなっているのかまるで理解ができていない様だ。
「私の……婚約者です」
「な、なんですと」
婚約者になった覚えはないです。いや、なりたいけど。
「しかし、その様な話は伺っておりませぬので……」
「婚約者です。帝国兵はこの人が追い出してくれました。なのでもう帰ります」
一気にまくしたてるハクア。それにさらに混乱する騎士。俺も何か言った方が良いのかと思うがやめておく。俺が何か言ってもこの場をかき乱すだけだろうし。
「ええと。しかし……」
「帰ります」
「はい」
有無を言わせぬハクアの覇気にもう何も言えなくなっていた。
「さ、行こ。グレイ」
「……良いのか?」
ちょっと悪い気がする。いや、悪い。
「良いの!」
ハクアに腕を引っ張られて馬車の方に向かう。
何が起こっているのか理解できずにショートしている騎士にむかって会釈しながら俺はハクアに付いて行った。
百余りの騎士と姫騎士の軍勢に俺という異物がはいりこんだが、特にトラブルはなかった。
俺の処遇はもう考えないとした様だ。ハクアと俺の説明不足も悪いと思うが、どう説明して良いのか分からないのでしかたがない。
「修行をしてたの?」
「ああ。死ぬかと思ったけど、強くなって帰ってきた」
そして今はハクアと共に豪奢な馬車に乗っていた。広大なスペースがある馬車だが、ハクアは俺のすぐ横に座っている。
一年分の別れを取り戻そうと、ハクアはべったりだった。もう絶対に離れないとばかりにすぐ近くにいる。それを容認して甘やかしている俺もあれかもしれない。でもハクアが可愛すぎるのでしかたがない。
「……なあ、ハクア」
「なに?」
「この後はどうなる?」
「……説明しないと、いけない。と思う」
「だよな」
もうハクアを戦わせないと言ってもそう簡単にできる事ではない。国防の要であるハクアを辞めさせるなんて難しいだろう。だからこそ俺は強くなった。単騎で国を落とすとまで言わしめた姫騎士。それに勝てる力を身に着けた。でも大丈夫か……。
「グレイ……」
「どうし……ハクア」
「んっ」
少し不安になった俺を見て、ハクアは顔を近づけてくる。その意図を汲み取った俺はほっそりとした肩を掴んで口づけを交わす。
「グレイ。……私は、どうなってもグレイに付いて行く」
「ハクア。責任はとる。愛してる」
もう一国の姫とキスまでしてしまった。俺という貧民街の住人がだ。
本来ならばゆるされない事。でも恋の前にそんなもの無力だった。何があろうともうハクアは離さない。
「あ、待って。やっぱ私、見ないで」
「え? なんでだ?」
「髪ボサボサだし。可愛くない」
ハクアは自分の今の状況を事細かに説明する。自分がどれほど醜くなっていて、グレイの視界に収める価値がないと力説した。
「……? 俺には可愛いハクアが見えるけどな」
「ダメ。あっち向いてて。絶対こっち見ないで」
「そうか? そうまで言うなら」
ハクアの剣幕にこれは冗談ではないと直感し、俺はすぐに後ろを向く。
そうすれば、ドタドタとハクアが動く音がする。
大急ぎで身だしなみを整えているのだろう。俺も大丈夫かと確認するが、ここに来る前にしっかり整えてきた。ハクアに格好いい俺を見てほしいという思いだ。
「ん、洋服。良いのが……」
ハクアのそんな声が聞こえたと思ったら、鎧を脱ぐ音が聞こえる。そして衣擦れの音と、服が地面に落ちる音。
今ハクアがどうなっているのか、手に取る様に分かる。一年の修行で雑念は全て捨ててきたはずなのに、むくむくと狼が出番ですかと顔を出した。
「まだ、だよ」
「は、了解です」
落ち着け俺。雑念を捨てるのだ、振り向いてはならない。昔見た、ハクアの黄金比の肉体がフラッシュバックする。一年経って、どれほど成長したのだろう。
などという煩悩は封じ込めて圧し殺す。ハクアに嫌われない様に頑張るのだ。
「んー。もう良いよ」
「お、う……。天使?」
思わず拝んでしまった。一年ぶりのハクアは変わらず愛おしかったが、今は目が潰れそうなほど可愛い。
「お、拝まない。で」
「真に可愛いものを見たときの一般的な反応だ」
「むぅ。調子良いんだから」
顔を赤らめるハクア。その仕草の全てが愛おしい。
この一年の空白を埋める様に、ハクアを見つめた。そうすればハクアも見つめ返してくる。
ヒタヒタと近づいてくるハクアは、改めて俺の隣に座った。
「グレイ……」
「大好きだ」
「……私も」
スリスリとすり寄ってくるハクアの肩をそっと抱き寄せる。そうすればハクアはさらに体を寄せてきた。
「絶対に離さない、からね」
「ああ。ハクアにそう言われちゃ、もう離れられないな」
「ん。よろしい」
もしハクアから逃げようとしても、もう不可能だろう。こんな可愛い彼女、精神的にも逃げられない。
「んー。ひさしぶりのグレイ。やっぱ、落ち着く」
「そうか。俺はドキドキする」
「ん。……ほんと、だ」
ぎゅっと抱き着いてくるハクアは、俺の胸に耳を当てる。密着してくるハクアにうるさいほどになる心音は、しっかりハクアに聞かれていた。
「これ、私のせい?」
「ああ」
「嬉しい、の?」
「当たり前だろ。こんなうれしい事があるのかというほどだ」
「なる、ほど。じゃあ、もっと」
ハクアは俺の正面に移動して、ぎゅうぅっと抱きしめてくる。
ハクアの全てを感じられるほどの密着だ。柔らかい体も、いい匂いも、暖かい体温も。それにさらに心臓は高鳴る。
そして俺も、そんなハクアを抱き返してもっと心音を高めた。
「これから、どうするかな」
「ん。グレイと、ずっと一緒」
「そうしたいが……俺たちの間の身分差とか」
「そんなのどうでもいい。なんだったら、姫、やめる」
「え? 良いのか?」
「ん。平民になって、グレイと結婚する」
「……そんな事、許してくれるのかなあ……」
「許させる」
なるほど。許さるのか。何を馬鹿な事をと言いたくなるが、ハクアの目はマジだ。
本当に許させるつもりだろう。俺もどうにか最善をつくすが、本当にどうにもならない時は。
「なあハクア、もし。最悪の話だ」
「うん……」
「どうにもならなかったら、一緒にどこまでも逃げてくれるか?」
「もちろん。どこまでも、一緒」
その言葉が聞けて良かった。ハクアと結ばれるという未来はもう決まった様なものだ。もしこの国から逃げるのならば、どこへ行こう。ハクアに苦労はさせないようにしないといけないだろう。
「――安心してよ」
声がした。がらっと馬車の扉を開けて、一人の男が入ってくる。
「逃げる必要はない。僕が、二人の婚姻を祝福する」
ハクアと同じ銀髪に緑眼。すさまじいイケメンで、ハクアの親族であると一目で分かる青年が一人。
「兄さま?」
「ハクアの兄?」
「ひさしぶりだね。グレイくん」
一年前と変わらず笑顔で、レインクルト王子は微笑んだ。
「ぜひ二人には僕に協力してほしい」
「協力、ですか?」
ハクアは俺を守るようにそっと前に立つ。
「うん。王位を取りに行く。この腐った国を立て直す。その、協力だ」
レインクルトは、そんな事を言い放った。