27.グレイVSハクア
剣を抜いたグレイは問答無用とばかりに襲い掛かってきた。
ハクアを頭から真っ二つにしようと襲来する刃を前に、ゴチャゴチャになった感情を一旦忘れ、受け止める。
「っ……」
一年前のグレイの攻撃ならば小さなナイフでも受け止められた。でも、この一撃はやばい。防御をすれば手がしびれるほどの威力が乗っており、受け止めなければハクアは真っ二つになっていただろう。
本気で、グレイはハクアを殺すつもりなのだ。
「グレイ……やめて」
ハクアは、攻勢に出ない。否、出れない。愛しい人を傷つけるなんて、ハクアにはできるわけがない。
結果、あまりに重いグレイの一撃をギリギリで防御している。
「本気でこい。俺を殺す気でな」
グレイからさらに殺気が立ち上った。
剣から赤いオーラが噴き出て、その剣による一撃がハクアに見舞われる。
受け止めようとしたハクアはすんでのところで踏みとどまり、後ろに跳ぶ事でグレイの攻撃を避けた。
「なに、その攻撃」
「……闘気。この攻撃は、防げない」
赤いオーラが迸る剣を自在に操るグレイは、しゃべりながらハクアに三回攻撃を振る。
剣で防ぐ事は危険だと本能的に察していたハクアはそれを驚異的な身体能力で避けた。
だが。
「ジリ貧だぞ。守ってばっかじゃな」
「グレイ、もうやめよ。何で戦うの……理由を教えて」
「…………」
グレイは答えない。攻撃はさらに激しくなった。
今のところ状況は拮抗している様に見える。攻撃するつもりのないハクアは、グレイの攻撃をいなしており、グレイも決定打にかけているかに思える。
だが、このままでは負けるとハクアは理解していた。防戦だけではいずれ負ける。攻勢にでねば死ぬだろう。
だが、グレイを傷つけるという事がハクアにはできなかった。
「――『赤き闘気』」
グレイは悩む間を与えてくれない。剣のみだった赤いオーラが、体中から立ち上る。グレイの黒い瞳は赤く染まり、狂気に身を任せた狂戦士の様。
それはコケ脅しではなく、赤いオーラを発するグレイは視認できない程の速度で翔ける。
姫騎士としての驚異的な勘で攻撃を弾くが、斬撃は何度も襲い掛かってくる。
「……まだ、攻勢にはでないか」
このままでは死ぬと理解しているのに、ハクアは攻撃をしない。
グレイはハクアのみに向けていた殺気を後方の騎士たちにも向ける。
「本気をださないと、後ろの奴らも死ぬぞ」
グレイは、百メートルは離れている騎士に向かって剣をふるった。
それは届かない一撃のはずなのに、斬撃は飛んだ。
赤に染まった斬撃は騎士たちを殺そうと飛ぶ。
「っ火よ」
それを認識したハクアは、斬撃に向かって火の魔法を放つ事で相殺する。当たれば相当の死人がでた斬撃を相殺した事で、ハクアはグレイを睨む。
「グレイ……ごめんね」
本気を出さないとグレイは止められない。ハクアは覚悟を決めた。
なにも殺さなくても良い。怪我を負わせるだろうが、無力化して捕まえれば何でこんな事をしたのか聞き出せる。
「火よ」
ハクアは、グレイにむかって業火を放った。防ぐ事はできないほどの火がグレイに向かう。
大火傷まちがいなしであるが、死んでさえいなければいくらでも治せる。
「はっ!」
しかし――斬られた。
業火ともいえる火は、グレイによって真っ二つに切り裂かれる。もちろんグレイが魔法を斬る技術を持っているのは知っていた、それでもこの大きさは斬れないと思っていたのに。
「雷、きて」
グレイの頭上から雷が降り注ぐ。回避不能の追尾性能。防ごうと無限に降り注ぐ雷だ。
しかし、それすらも斬る。降り注ぐ雷を斬りながらグレイはハクアへと突撃してきた。
「――大切断」
「っ『聖天結界』」
グレイが振り下ろす一撃は容易にハクアを両断するもの。
それに対抗すべてくハクアは瞬時に結界を張った。
大切断と呼ばれた一撃を結界は受け止めるが、ヒビが入っていまにも破壊されそうだ。
ハクアは防御魔法は苦手だ。最低限の詠唱をしないといけないぐらい。
なんとか命を繋いでくれた結界もこれ以上は役に立たないとすぐに後ろに跳ぶ。直後グレイの攻撃によって結界はコナゴナに砕けた。
「グレイ……っ」
グレイは強くなった。手加減ができないほどに強くなった。しかしハクアは姫騎士だ。勝とうと思えば勝てる。その代わりグレイを殺す事になるだろう。
無力化して捕まえると事が目標であるから苦戦するが、殺す事に切り替えれば勝てない相手ではない。
しかしハクアにはそれを選べない。グレイがいない世界なんて意味がないから。グレイに殺されるならばある意味本望かもしれない。
でも、何も知らずに死ぬのはいやだ。なんでグレイがこんな事をしているのか知ってからではないと。
「グレイ。信じてる」
だから、ハクアはグレイを信じる事にした。
ハクアはグレイに向かった手をかざす。
放つのはグレイを殺すかもしれない魔法。だが、強くなったグレイならば死なないと信じる!
「『竜の咆哮』」
それは世界最強生物“竜”の一撃を模した魔法。人に耐えられる威力ではない咆哮は、まっすぐにグレイへと襲い掛かった。
柴色の咆哮はグレイを飲み込む。それは死をもたらす圧倒的破壊であり、グレイの命はないかに思えた。
「……斬る」
咆哮の中から現れたのは無傷のグレイ。赤いオーラを纏う剣によって咆哮は斬り裂かれた。
「……グレイ。負けちゃった」
数千の人間を一瞬で無に帰す魔法すら防がれたらもうやる事はない。グレイによって死ぬならまたそれも。
まっすぐとこちらに向かってくるグレイによって、ハクアは押し倒された。そのまま組み敷かれ、グレイの顔がじっとハクアを見つめる。
たとえ数十の屈強な男に襲われても投げ飛ばせるハクアも、グレイの拘束から抜け出せない。たくましい腕によって押さえつけられれば、否応なしに自分は女だったと認識させられた。
そのままハクアの首筋には剣が突き付けられ、グレイに命を握られる。
「……俺の勝ちだ」
グレイの勝利宣言。その瞬間、殺気は四散した。
怖い顔をしていたグレイはどこにもおらず、そこには優しいグレイがいる。
「グレイ……?」
「ごめんな。一年も一人にして」
そこにいるのは冷酷な殺人鬼ではない。一年前のグレイだった。
◇
強さを求めた俺ができたのは結局神頼みだった。
このまま剣を振るっているだけではハクアを上回る強さを持つ事はできない。多分、師匠の言葉を思い出したのだろう。
強くなりたければ祈れ。その言葉の通り祈った――。
『また来たのか。おめェ』
いつのまにか白い世界にいた。いつか、ハクアに殴られて気絶した時にきた世界だ。
前と同じく口の悪い光の玉が目の前にいる。
「ここは……どこだ?」
『ここは神域。いっちまえば神の住む世界』
「神……?」
神とはあの神だろうか。教会などに祭られている神などは知っているが俺は信じちゃいない。神はどんなに苦しんでいても助けちゃくれないからな。
『俺ァはむかーし剣神なんて呼ばれていた者さ』
「剣神。……この前言ってた事は真実なのか?」
『あ? そうだよ』
「神を自称する変な奴かと思った」
そう言った瞬間グレイは吹っ飛ばされる。衝撃破により、ドサっと地面に倒れた。
『……ここにこれる奴は、途方もなく剣の才能がある奴だ』
「おい、何事もなかったかのように話すな……」
『お前には。才能がある。だが、あの姫騎士より弱ェようだな』
「……そうかい」
『ああ』
もう何も言わなかった。ジト目で自称剣神を見つめる。
やはり何度みてもただの光の玉だった。
『おめェの願いは知っている。強くなりたいんだろゥ?』
「……ああ。強くなりたい。ハクアを守れる力が欲しい」
『よく言った。だがなァ、姫騎士を守れる力なんざァ夢物語よ。おめェがいくら才能あろうと姫騎士より強くはなれねェ』
「ハクアは……そんなに強いのか?」
『ああ。あれァ化けもんだ。倒すには今のおめェが軽く十万はいる』
「でたらめすぎだろ」
ハクアはとても可愛く良い子だ。確かに俺が百人いても敵いそうにはないが、さすがに十万もいれば……。
『有象無象じゃいくら集まっても超広域殲滅魔法で一撃だ。魔法を防ぐ手段がなきゃ死だ』
「……だが、俺は強くなれるのか?」
『ああ。なれる』
光は断言した。その言葉には重みがあり、冗談ではないと一瞬で分かる。
『おめェを姫騎士より強く……は不可能だがそれに近いぐれェは鍛えてやる』
「それなら、ぜひお願いしたい」
『よーし。じゃあ修行開始だ。これ防いでみろ』
突如、上空が光った。上と下の感覚も曖昧な世界だが、それだけは分かった。光が降り注ぐ。それは逃げ場なんてないほど高密度であり、守れないほどに高威力。俺はなにをする事もできずに攻撃を受けた。
『これぐれェ鼻歌交じりに防げなきゃいけねえぞ』
光の玉の声が聞こえる。だがそれは、徐々に遠くなっていった。