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24.グレイという男について

 母は娼婦、父はその客。その間に産まれたのが俺と言う子供だった。

 灰色の髪だからグレイ、と適当に名付けられるぐらいに親から愛情というのは貰っていない。

 さっそく、母というのは俺にとって同居している他人でしかなかった。


 二歳ぐらいまではご飯を作ってもらっていたが、歩けるようになれば三日に一度出れば良い程度の酷いありさまで、自分で飯は探しに行かねばならない。

 幸い子供達のグループに所属出来たので、飯を食う事はできた。


 飲食店のゴミ箱には屑野菜中の屑野菜やりんごの皮まであり、それが俺の飯だった。

 ゴミ箱をあさり、子供グループから食料を分けてもらい、なんとか食いつなぐ事ができたが、それは毎日が必死でとても充実はしていない。


 そんな俺の転機というのは、振り返ると二度あった。一度目は五歳の頃。俺の戦いの才能に気づいた時だ。

 この貧民街という場所で、強さとは力だ。五歳でありながら、俺は10歳上の男に勝てる力を得た。剣を振るえばどう戦えばいいか分かる。強さを得てから、俺の生活は劇的に変化した。


 そして二度目。これこそ、今の俺という存在を形作った時。


「う~ん。たすけてくれ~」


 八歳の頃、俺は道端で行き倒れている一人の男を見つけた。ボロボロであり、腹の音がうるさく鳴っている。

 まだ死んでいないが、もし死んだらパンツも残らず身ぐるみを剥がされるだろう。

 いつもならばほっとくのだが、今だけは違った。


「なにしてんだ?」

「お腹が空いて力が出ないんだ。なにか、食べ物はないか?」


 声をかけると、男は奇跡が起きたかの様に起き上がる。空腹そうには見えないが、腹の音はなっているので本当に行き倒れていたのだろう。


「そうか、じゃあやる」


 この時の俺は気分が良かった。さっき百鉄貨を拾い、美味しい物を食べられたせいだろう。なんか親切したくなったのだ。


「……あの、これは?」


 しかし、俺の親切はお気に召さなかったらしい。


「りんごの皮」

「……ほかに何かないのかな?」

「人参の皮」

「……同じだと思うな」


 俺の今日の夕飯を分けてやろうとしたのに贅沢な野郎だ。


「いらないなら餓死してろ」

「まって! それを貰う。ありがとう!」


 帰ろうとした俺から皮をひったくると、貪るように食う。


「……ちょっとは紛れたかな? いやー助かったよ。道中お金を盗まれて無一文になってしまってね」

「ふーん」

「あ、僕は旅の剣士なんだ。これ、相棒の『風斬丸』ね」


 剣士と言ったが、とても剣士には見えない。ひょろっとしていて、頼りない。唯一、剣だけが業物っぽさを出していた。


「あ、僕の名前はパセリナっていうんだ。少年、君の名は?」

「グレイ」

「なるほど。腰に差す木刀を見るに、君も剣士らしいね?」

「剣士っていえるほど高等な存在じゃねえ」


 俺の剣は独学だ。ここで生きるために身に着け、見える様にはなってきたという自負はある。でも、本物の剣士にくらべればまだまだだ。そもそも俺は子どもだし。


「なるほど、君は師を探しているね?」

「探してない」

「そうだろうそうだろう。僕に剣を教えて欲しいだろう」

「話聞いてる?」


 強引で話を聞かない奴だった。こんなやつには付き合ってられんと俺は立ち去る事にする。


「どこにいくんだい? ぜひ僕もご一緒したいね」


 無視だ無視。

 しかし、パセリナという男はしつこいぐらいに付いてくる。

 俺が家に着いても、パセリナは付いてきた。


「しつこいなー」

「よく言われる」

「……もう良いだろ、どっか行ってくれ」

「僕は君とお話がしたいんだ」

「俺はしたくない。出てかねえなら、俺にも考えがあるぞ」


 腰の木刀を抜いた。木を削っただけの物だが、凶悪な武器ともなる。あくまで脅しだ。剣士と名乗ったが見るからに弱そうなのでびびって逃げるだろうと。

 しかし、パセリナはにこにこしているが逃げ出そうとしない。


「なるほど。良い構えだ」


 にこやかに褒めてくるが、俺には挑発にしか聞こえない。あくまで本気であると見せようと、俺はパセリナに斬りかかった。


「良い太刀筋だ。まだ子どもでこれとは、才能を感じるね」


 しかし、俺の攻撃はあっけなく躱される。その上、俺の剣の評価までされた。

 俺はそれを宣戦布告と受け止め、もう一度斬りかかる。


 でも、当たらない。涼しい顔で避けられ、そのたびに褒めてくるのだ。

 先にばてたのはもちろん俺の方で、パセリナは息すらきれていない。


「グレイ、君は強くなれるよ」

「はぁ、はぁ……そんな涼しい顔で避けられちゃあ嬉しくないね」

「僕はこれでも結構強い剣士なんだ。才能があるとはいえ、子どもの攻撃に当たるのは名折れというものさ」

「そうか」


 俺はもう攻撃をふる元気さえない。ぜえぜえと息をしながら、憎たらしっげに睨みつけるだけだった。


「そして、そんな僕に才能を認められた君は凄い。ぜひ、僕の弟子にならないか?」

「弟子だあ?」

「ああ。寝床とご飯をいただければ、君を今よりずっと強くできる。悪い話じゃないと思うけど?」

「…………」


 たしかに、パセリナは強い。俺も大人と戦った事はあるが攻撃が当たらないというのは初めてだった。それに、相対して分かった。こいつ、めっちゃ強い。

 この場所で力とはあって困るものではない。強くしてくれるなら、願ったりだ。


「分かった。家に泊まって良い。メシは、なんとかしよう。その代わり、強くしてくれよ」

「ああ。ぜひ、僕の事は師匠と呼ぶと良い。君を、世界有数の使い手にしてみせるよ」


 少し憎たらしいが、こいつといれば強くなれる。なぜかそう確信できた。強くなれれば美味い飯も食える。損はないだろう。




 弟子になって驚い事は、やはりパセリナの強さだ。めちゃくちゃ強い。貧民街で一番強いと噂のゴンザレスさんより強い。


 しかも、教え方も上手かった。弟子になってからメキメキと強くなっている実感がわく。ついでとばかりに読み書きと計算も教えてくれた。

 教わった当時は役に立つのか分からなかったが、今は知っておいて良かったと思う。


「僕の出身? 東洋にある国なんだよね。僕のパセリナって名前も実は偽名だったりするんだ」

「へえー。それじゃあ本当の名前は?」

「教えなーい」

「何でだよ!」

「気分さ」


 愉快に笑うと、パセリナはサムズアップする。

 適当に生きてそうな奴だが、実力だけは本物だ。

 今日も剣を当てる事もできずにもてあそばれた。




「はい、今日で君は卒業だ」


 パセリナと出会って早二年。グレイが十歳になったとき、突然そんな事を告げられた。


「卒業?」

「ああ。君は十分強くなった。だから、僕の弟子は卒業だ」

「……しかし、俺はまだ師匠より弱い」

「僕ってね、これでもかなり強いんだ。そんな僕と三分も戦える様になったんだ。まだ十歳の君がね」


 俺はこの二年で強くなった。だが、パセリナには勝てない。勝てる気がしない。たかが三分戦える様になったからといってなんなんだ。


「いずれ、僕を超す。君はそれぐらい強いんだ」

「もう、教えてくれないのか?」

「ああ、君は僕の弟子を卒業するからね」


 それを聞いてなぜか愕然とした。最初はうざい奴だと思っていたのに、今は大事な師匠だ。その関係が終わるという事に言葉が出ない。


「それと、僕はそろそろ旅に出る」

「なんでだよ!?」

「僕は旅の剣士なんだ。君という原石を発見して二年も滞在しちゃったけど、そろそろ旅立たないと」

「……そうか」


 行かないで欲しい。もっと剣を教えて欲しい。でも、それは言うべきではない。パセリナという男は自由な男だ。その自由を止める事はできない。


「まあ、いつかまた戻ってくるよ」

「ほんとか!?」

「ああ。約束だ。その時は、もっと強くなっていて欲しいな」

「ああ。今度会ったら、師匠より強くなってるからな」

「おー。僕は結構強いんだよ。でも、君ならできるかもね」


 今だ師匠に勝てる気はしないが、ここで虚勢をはっておかないと寂しい別れになる気がした。


「グレイ。君なら高見にたどり着ける。神様の元にすらね」

「神様?」

「ああ。素質ある剣士が願った時、神が元に舞い降りる。そんな伝承さ」

「そうか。じゃあ神様とやらも切ってやる」

「あはは。良いね、それ」


 最後にポンポンと頭を撫でた師匠は、その日の内に旅立った。

 自由で、強くて、明るい師匠。俺はそれから、師匠に会ってない。今もずっと師匠の言葉は忘れずにいる。



 ◇



 強くなったつもりでいた。貧民街で一番強くなれた。もうパセリナすら超えた気がした。でも、肝心な時に力がない。一人の少女を戦いから救いたいんだ。それが俺の願い。

 俺は強い気でいたけど、その少女より弱かった。少女を救いたかったけど、少女より強くならないと救えないんだ。


 師匠。ハクアという子だ。可愛くて、大好きで、今から抱きしめにいきたいけどダメだ。

 甘えて、ぬるま湯に浸かっていたら強くなれない。強くなれないと、救えない。


 師匠。俺を、強くしてくれ――。


『ああ、そういえば。別れる前に言っておこうか』


 古い記憶。師匠と別れる時の記憶が蘇る。


『君がもっと強くなりたい時は、祈ると良い。君なら、僕が行けなかった所まで行ける気がする。応援しているよ、グレイ――』


 そうだ。俺は祈ったんだ。力をくれと。

 ハクアを超える力を。戦いから、人殺しから守る力を。ハクアの代わりに戦える力を。


「……これが、代償」


 俺は、白い空間にいる。上も下ないただただ白い空間。

 気が狂いそうなほど白い空間には、なぜか赤色があった。

 ふと、それは俺の血だと気づいた。

 白に赤はよく映える。

 俺は血を流して倒れていた。


『おめェ。弱ェなァ』


 声が聞こえる。がさつな男という印象を抱かせるような声だ。


『今度は覚悟と礼儀があったから迎え入れたが……弱ェなァ』


 その声は俺の弱さを見せつける様に、弱ェ弱ェと言い続ける。


『姫騎士を超える力だァ? んなもん簡単に手に入るかッ! ありゃ人が勝てる様にはできてねェんだ』

「…………」

『手に入れたきゃ死ね。死ぬ気になれ。でもお前、もう死ぬよなァ?』


 声が遠くなる。そうだ、さっきのは走馬燈という奴か。

 ハクア、俺は弱かった。お前から逃げてごめんな。せめて、一言断ってから行きたかった。でも、言っちゃうとお前は行かしてくれない気がしてさ。


 最後にハクアに会いたかった――

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