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17.雇い主はお姫様

 剣をふるう事は毎朝の日課であり、日が昇るまで気づかないほど集中している。

 いつもは日が昇って少しすればやっと気づいて切り上げるのだが、今日は日が昇っている事にすぐ気づいた。

 まあそれもしかたのない事だ。


「…………(じー)」


 建物の陰に隠れながらこちらを見てくるハクアのせいである。

 例のデートからすでの一週間ほど経過したが、あれからハクアは毎日来る様になった。しかも、日が昇ったと同時ぐらいに来る。

 俺の邪魔をしない様に声はかけてこないが、その可愛らしい姿を見逃すなんてありえない。


「そんなとこにいないで、近くで見てていいぜ」

「うん……!」


 俺の言葉にうれしそうにぴょこぴょこ近づいてくるハクア。

 数日前、ハクアの妹が襲来してから少し距離が近くなった。あの時はもう会えなくなるかもしれない危機だったが、どうにか切り抜けたようだ。

 いろいろ考えるも、剣を振るっていればそれもしだいに消えていった。


「おつかれ、さま」


 日も昇りきったところで、俺は修行を切り上げる。ハクアが渡してきた水を礼を言って飲んだ。


「ふう。俺の修行なんか見ていて楽しいのか?」

「もちろん。剣を振るうはグレイは、かっこいい」


 目を輝かせながらそう言うハクアは可愛い。

 そんなハクアに、汗を拭くので先に行っていてくれと言い、俺は井戸から水を組む。『私が拭いてあげる』とハクアは言ったが丁重におことわりした。さすがに恥ずかしい。


 いつもより念入りに拭いて、俺もバーに入る。


「美味しそうだな」

「頑張って作った」


 バーに入ると、テーブルの上にはハクアが作ってくれた朝ごはんが広がっている。パンにスクランブルエッグ。それにコーヒーなる飲み物もある。


「いつもありがとうな。すごい感謝してる」

「グレイの為に作るの、楽しいから」


 ハクアはここ数日、毎日朝食を作って持ってきてくれる。そのおかげで、朝は毎日豪勢だ。

 ハクアに感謝しながら、さっそくとばかりに料理をいただく。


「やっぱり。美味しい」

「良かった。また作ってくる」


 ハクアの料理の腕は毎日上達している。将来はプロ級になる事間違いなしだろう。

 俺の反応を見ながら毎日味付けを変えてきて、どんどん俺の好みになっていく。いずれ胃袋を掴まれてしまう事は間違いない。


 食事も終わり、ほっと一息つく。コーヒーを飲みながらリラックスしていると、ふとある事が脳裏をよぎった。

 そういえば、今の残金はいくらだっけか……。

 戦場に行くために有り金すべてぶちこみ、今の俺は天下無双の無一文。あれから一週間。だましだましやってきたが、そろそろ限界だ。


「……百鉄貨か」


 残金はいくらかと財布をみれば、百鉄貨がさびしくあるだけ。そろそろ家賃を払わねばいけないのにこれだ。マスターならば多少の滞納もゆるしてくれるだろうが、義理を欠くマネはできない。


「どうしたの?」

「ああ。お金がなくてな」


 ハクアにこんな事を言うのも情けない。全財産が一鉄貨とか、孤児院のガキでももう少し持っている。


「じゃあ、……あげる」

「ん?」


 俺の言葉を聞いたハクアがおもむろに取り出したのは数枚の硬貨。すべて一万魔硬貨だった。


「いやいやいや。これは受け取れない」

「別に貸しとか借りとかいい。あげる」

「ハクアには貰ってばかりだからな。さすがにこれを貰うのは人としてどうかと」


 自分より年下の子にご飯作って貰った上に、お金まで貰うとか人として終わっている気がする。貸し借り以前に男として貰えない。


「じゃあ、貸してあげる」

「貸す?」

「利子も返済期限もなし。お金が、できたら返してもらう」

「それ貰うのとほぼ変わらなくねえか?」


 それに甘えるとダメ人間一直線である事はまちがいない。


「でも……グレイの役にたちたい」

「役に立つとか良いよ。ハクアは居てくれるだけでうれしい」

「グレイ……」

「ハクア。好きだ」

「私も……大好き」


 ハクアと見つめ合う。じょじょに顔が近づいていく中――。


「あらん。おじゃまだったかしらん」


 マスターが買い出しから帰ってきた事で、慌てて離れる。雰囲気が良くなり、愛を囁き合っているところを見られてしまった。恥ずかしい。



 ◇



「お金、どうするの?」

「ふむ、どうしようか」


 気まずかったので、二人でバーを出る。外の風に吹かれながら、ハクアが聞いて来た。


「……まあ。大丈夫だと思うけどな」

「そうなの?」


 金欠なんていつものことであり、いつもどうにかこうにかなったので今回も大丈夫だろう。なんだったら魔獣でも狩れば生活できる。


「なんとかなると思うけど、少しぐらいは欲しいな」


 千魔硬貨ぐらいあれば、しばらくは持つ。千魔硬貨となると、微妙な数字だ。稼ごうと思えば稼げるが、ちょっと大変。


「……グレイは、私からお金を貰うのは嫌?」

「男のプライドとしてはな」

「そっか。じゃあ、グレイを私が、雇う」

「雇う?」

「私が雇って、グレイに報酬をしはらう。これでグレイも、もらってくれる」

「……なるほど」


 それなら良いのか……? ちょっと違う気もするが、これ以上ハクアの気持ちを無碍(むげ)にしたくないない。


「じゃあ、ハクアは今日一日俺の雇い主。ご主人様ってことだな」

「うん。ご主人様。グレイを従える」


 胸をはって、偉いんだぞとアピールするハクア。その愛らしさに思わず抱きしめたくなるが、自重した。


「……よし。来て」

「了解。ハクア」


 何をするのか決めた様なハクアと、俺は王都の方にまでむかった。


 王都の下層区。その中でも上に行けば、上層区と変わらない店が立ち並ぶ場所がある。

 俺とハクアはそこを歩いていた。やはり、俺とハクアの凸凹コンビは目立つ。しかも何人かはハクアの顔に覚えがある様で、ざわついていた。

 それでもハクアはぜんぜん気にしないので、主が気にしないなら雇われた俺も気にしないというのが道理だ。

 そしてしばらく歩くと、一軒の建物に着く。


「ここは……劇場か?」

「うん。一緒に、見よ」

「そりゃ俺の方から頼みたいが。……俺を雇ってやる事が一緒に舞台を見る事なのか?」

「そう。グレイと一緒に、見たかった」

「無償で何度だって付き合うよ」


 ハクアと一緒に劇場とか、俺の方がお金を払うべきかもしれない。

 なんて思いながら入った劇場は広く、ちょうど演劇が始まるようだった。

 ハクアがチケットを購入し、適当な席に座る。始まった演劇は、どうやら恋愛物のようだった。


 内容を一言でいうならば、ありふれた身分差の恋。お姫様とお付きの騎士は、さまざまな障害を乗り越えてついには結ばれるという良くある話だった。

 しかし、その内容に俺は共感する。恋は盲目なんて良く言うが、本当だ。俺とハクアの間の身分差を考えれば別れるべきなのに、俺は別れたくない。それは多分ハクアも同じだと思う。いつか別れると思えば思うほど、愛おしくなって離れたくないと思ってしまう。


「面白かったな」


 人生で数度しか見たことのない演劇は、とても面白かった。


「……うん」


 ハクアは小さくうなずく。面白くなかったのかな、と俺はハクアの顔を見て。


「ハクア、泣いているのか?」

「え……?」


 頬をたどる雫に、ハクア自身も気づいていなかったようで、慌てて拭う。


「大丈夫か?」

「うん。ちょっといろいろ、……考えちゃった」

「そうか」


 俺はそれ以上なにも言わない。なにも、言えなかった。

 叶わない恋だというのは理解している。なにか、力でも持たねば叶わない恋。俺には恋を叶えるほどの力はなく、持てる未来もなかった。


「ごめん。次は、……広場に行こ」

「ああ。そうするか」


 わざとらしく明るくふるまうハクアに合わせて、俺もさっきまでの事は忘れることにした。

 王都の下層区にある一番大きな広場に来た俺達は、手ごろなベンチに座る。平日の午前中とあってか人はまばらだが、それが俺達には都合が良い。


「はい。ハクアの串焼きだ」

「ありがとう」


 ここに来る途中で買ってきた串焼きをハクアに渡す。お姫様に食べさせる食べ物ではないのだが、もはや手遅れなので気はしない。ハクアも気にしてないし。


「ん……美味しい」

「おっ本当だな」

「こういうの。初めて」


 串焼きという庶民の食べ物を、ハクアを一生懸命、美味しそうに食べる。

 タイムラグはあったものの、同時に食べ終わってほっと一息つく。涼やかな風と周囲の物音。いろんなものがあるが、俺は隣にいるハクアに集中していた。

 ベンチの上に手をつくハクア。俺は無意識か、その手をつつむように手を重ねる。


「ん……」


 それに気づいたハクアは俺を見てくるが、とくになにかを言うでもなくそっぽを向いた。

 俺は手をつつみこんで、やさしくニギニギする。ハクアの白く綺麗な手は、握っているだけで楽しい。


 しかし、ハクアももどかしくなったのか急に手をひっくり返す。そして、俺の手を握り返してきた。そしてしだいに指と指は絡まりあい、恋人つなぎの様になる。


 ハクアの手は穢れを知らない様な手であり、剣なんて持った事がないような手だ。

 しかし、この手でどれだけ剣を振るい、魔法を放ち。……戦ってきたのだろう。


「綺麗な手だな」

「……血に染まった。……手」


 ハクアは目をふせて、そう言った。ハクアは、何人も殺してきたのだろう。兵器として、命じられるままに人を殺し続けた少女。

 そんなハクアは、何かに怯える様に震えていた。


 俺はハクアの手を離して、手を握っていた分のスペースを詰める。ハクアとピッタリと密着して、その頭に手を置いた。


「ここには。なにも怖がるものはない」

「グレ、イ……?」

「何があろうと俺が守る。安心しろ」

「うん……」


 割れ物を扱う異常に繊細に頭を撫でる。サラサラの銀髪はハクアの心を表す様に綺麗で、そこにいるのは怯える天使だった。


「ありがと」


 目じりに涙を溜めながら上目使いで眺めてくるハクアを愛おしく感じながら、そっと涙を拭う。


「やっぱり。安心する」

「俺は。ハクアといるとドキドキするよ」

「そうなの? 聞かせて」


 ハクアは制止する暇もなく俺の胸に耳を当ててくる。その行為に更に心臓は高鳴った。


「ホントだ。……どきどき」

「ハクアのせいだぞ」

「うん。……じつは、私もどきどきしてる」


 ハクアは俺から離れると自分の胸に手を当てて言う。


「グレイも、聞く」


 頬を赤く染めて、ハクアは聞いてくる。服の上からも分かる丁度良い大きさの胸。聞くという事はそこに手を当てるという事だろうか。

 喜んで! と叫びそうになるのをぐっと堪え俺は鋼のメンタルで言った。


「やめておこう」

「そっか……

「ま、まあ。……おそろいだな」

「うん……」


 その後は、ただ並んで座っていた。隣にいるだけで良い。この前、そう言ったハクアの言葉はその通りだと思う。ただ、ハクアが隣にいるだけで俺も心が洗われるようだ。


「ずっと、一緒に……いたい」

「ああ。そうだな」


 ハクアの呟きに、胸が苦しくなりなが言う。俺には力がなかった。身分差をねじ伏せる力も、姫と結婚出来る地位も。

 何かを望むわけでもなく、ただ一緒にいたかった。それだけでよかった。それすらも出来ないほど……運命って残酷だ。

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