14.湖の告白
「遊びに……行くの?」
数日後、日が昇ってからやってきたハクアに、俺はさっそくどこか行かないかと聞いてみた。
「ああ。王都から一時間ほど走ると、綺麗な湖があるんだ。よければだけどな」
「行く! すぐ、行く!」
ハクアは、俺の言葉に目を輝かせながら即答する。ここ数日の夜はどこに行こうかベッドの中で沢山考え、もし断られたらどうしようともんもんとしていたので、ハクアの即答はとてもうれしかった。
「お弁当、作ってきたからそこで食べよ……?」
「お弁当!? 何を作ってきたんだ?」
「まだ、秘密。がんばって作ったから、食べて」
ハクアが右手に持つバスケット。好きな人の手料理が食べられる、というのはなんて幸せなのだろう。
「じゃあ行くか。走る事になるけど、大丈夫か?」
「よゆう。バスケットの中身をつぶさないように、走ることも出来る」
姫騎士として、その細身にはありえない力を持つハクアならば、あまり心配はいらないだろう。俺の方が置いて行かれるかもしれん。
そしてもうさっそく行こうか、といったところで、ふとこちらに走ってくる人影が見える。
「おーい。兄貴たち! ここにいたっすか!」
こちらに来たのはゴーズだった。
「どうした、なにかあったのか?」
「ええ。最近、兄貴たちを嗅ぎまわる怪しい奴を見かけたんで注意喚起をと」
「嗅ぎまわる?」
「ええ。どっちかといえば、ハクアさんを探している風だったす」
「ハクアを?」
ハクアは、まあいろいろ特殊な事情がある。姫騎士だし、第三王女だし、ここにいるのはおかし。何かあってもおかしくはない。
「じゃ、兄貴たちなら大丈夫と思うっすけど、注意しといてください」
「ああ。いつも助かる」
たいしたことじゃないっすーと言いながら風の様に去っていくゴーズ。優秀すぎて俺にはもったいない部下だ。
「ハクアはなんか心当たりあるか?」
「……分かんない。心当たりがありすぎて」
「そ、そうか」
まあそれもしかたあるまい。ハクアほどになればいろいろあるのだ。
「ま、何かあれば俺が守るから安心しろ」
「……守る?」
「ああ。ハクアより弱いけど、ハクアを戦わせる事はしねえよ」
「……ん、ありがとう。守ってくれるなんて初めて」
「そうか? 姫様ならつねに守られてるだろ」
「ううん。私が、守るほうだったから」
「なるほど」
戦い続けたのか。こう見ても、やっぱ普通の可愛い女の子にしか思えない。
「まっ、たまには守られてみろ」
「うん。期待してる」
微笑みあって、さっそく湖まで行くことにした。
貧民街を出て、北の方に向かう。
王都からもまあまあ離れて、街道からも離れた湖は隠れた名所だ。ちょっと周りに魔獣が多いぐらいしか不安要素はない。
ハクアと並走して、約一時間ほどで湖まで到着した。道中に魔獣が表れなかったのは幸運だろう。
たどり着いた湖は、大きな穴に透き通る様な水が溜まっている芸術的な場所だった。湖の周りの草花が風でゆれて、木々で休む鳥達の歌声が聞こえる。
もし通りすがりの画家がいれば思わずスケッチブックを手に取るだろう。
「良いところ」
「隠れた名所だからな。俺も偶然見つけた」
王都の近くとはいえここまで来る人はなかなか居ないのだろう。棲んでいる魔獣も手さえ出さなければ比較的大人しい。ならば冒険者や騎士がくることもない。
「ちょうど、お昼か」
「じゃあ、ごはん食べよ」
「そうだな」
太陽は真上に上がっていて、絶好の昼ごはん時だ。
柔らかい草の上にハクアと並んで座り、その間にバスケットを置く。
満を持してと、バスケットの蓋をとれば、中には大きなサンドイッチが綺麗に敷き詰められている。
「サンドイッチか」
「レシピとか、いろいろ見て頑張った」
「おお。凄いな。さすがはハクア」
「ん。もっと褒める」
むふーっと胸を張るハクアを偉い偉いと褒めて、サンドイッチを一切れ取り出す。
「ほんと凄いな。料理はこの前初めてしたんだろ?」
「うん。頑張った」
ハクアが作成したサンドイッチは、おせじを言う必要がないほど綺麗で、この前料理したのが初めてとは思えない。これが才能という奴か。神は二物も三物も与えるようだ。
「それに。白パン、ハム、卵……」
「あったやつ、適当に使ったから。変?」
「いやいやいや。こんな高級な物初めて食べるなと」
肥沃な大地を持つクリスタ王国は、肉や野菜が比較的安価に手に入りやすい。その中でも、これは高位貴族御用達レベルの品だ。
「まずは一口……っむむむ。美味い、美味すぎる」
サンドイッチにかじりつけば、高級なうまみが次々と湧き出てくる。柔らかいパンの食感は言い様のないものであり、ハムを食えば今まで食ってた肉はなんだったのかと考えてしまう。
しかし、この美味さはなにも食材だけではない。ハクアの料理の腕がサンドイッチをここまで美味くしているのだろう。
昨日初めて料理してこれだ。神に五物ぐらいいただいているのだろうか。
「おいしいなら、良かった」
「ああ凄いよ。ハクアは良い嫁になるな」
「う、うん……!」
料理を始めたばかりでこれならば、もっと上手くなるだろう。胃袋をつかむことだってたやすい。
しかし、未来の旦那は少なくとも俺ではないんだろうな。それを考えると何か胸がいたんだ。
さてさて、ハクアが作ってくれたサンドイッチ、俺が十個中が七個食べ、ハクアが三個食べた。
そして昼食が終われば何をするかと言われれば、何もしないというのが正しいだろう。
ハクアと並んで座り、湖やその周辺の景色を見る。その間に会話はあまりないものの、ハクアの長い髪が風でゆれれば俺に触れるほど近くで座っている。
「ああ、……好きだな」
「えっ……?」
「この状況が」
会話もなく、ただ並んで座っているという状況が、なぜか心地よい。
「あと、ハクアが」
「そう。…………!?」
俺の言葉にそっけなく返すも、数秒後にもう一度俺を見つめてくる。そしてその数秒後に、言葉に意味を理解したのか、みるみるうちに顔が赤くなった。
「ふ、不意打ち……ずるい」
「ははっ。やっぱ、自分の気持ちに嘘はつけない」
叶わぬ恋だとしても、自分の気持ちを押し殺して閉じ込めておくのはやっぱ嫌だ。
「……私も、好き。グレイが、好き」
「そうか。ありがとう」
短い付き合いなのに、なんでここまで好きなんだろう。
「なんで、俺が好きなんだ?」
「っ! ……聞きたいの?」
「そりゃ知りたい」
「……それは。……グレイが、助けに来てくれたから」
ハクアの目はじっと俺を見据えている。
「それまでは、側にいると安心出来る人だった。戦場に、グレイが来てくれたのが切っ掛け。グレイには……あまり理解できないと思うけど、あれは私を恋に落すのに十分のこと、だったんだよ」
「……照れくさいな」
あの時は、無我夢中で、ただハクアの元に行かなきゃという思いで戦場に向かっていた。でも、今は行ってよかったと心の底から思う。
「グレイは、なんで私が好きなの?」
「今度は俺か。そうだな……あれだ、ハクアを助けたいって思った時があった。あの時に、もしかしたら好きになっていたのかもな」
女の子に助けを求められて、簡単に好きになってしまう。そんな自分が浅ましい。
まあでも、戦いたくないのに戦う少女を見て、俺は守りたいと思って。いつの間にか好きになっていた。そっちも正解だ。
「そっか」
そう言って、ハクアは寄りかかってくる。ハクアとこんな近い距離でいるなんて、やっぱり慣れるものではない。今もドギマギするし、漂ってくる匂いにくらくらする。
「グレイ。今、とっても楽しい」
「俺もだ」
「今まで、戦うこと以外してこなかったから。こんなに楽しい事があるって……思わなかった」
「ああ。なら良かった」
ハクアが楽しいと思ってくれて。死にたいという思いがなくなってくれるなら、本望だ。
可愛いなあ。
そう思って、いつのまにか寄りかかるハクアの頭を撫でていた。
「ん……」
心地良さそうに体を預けてくるハクア。それは本当に少女でしかなく、姫騎士だなんて思えない。
「いつかさあ。お前を倒すよ」
「……どうしたの?」
「いつかお前より強くなる。そしたら、俺がハクアを守る。戦わせなんてしない」
「グレイ……」
もう一度、誓った。強くなると。ハクアを守れて、戦わなくてもいいと言えるほど強くなる。
「待ってる。その時を、ずっと待ってる」
ハクアは寄りかかるのをやめて俺の顔をみる。
そして、そう言ってほほ笑んだのだった。