11.君の隣で
王国領最南端――カレツキ平原。のすぐ近くにある町に俺は来ていた。
「……なあおっちゃん。これなんて食いもんだ?」
「ああ。そりゃ東洋に伝わるだんごって食いもんだ」
「へぇ。じゃあ一本くれ」
「まいど」
そして俺は、町を思いっきり楽しんでいた。
露店で珍しい食べ物を見つけては買い、食べ歩きをしている。なにしているんだとツッコむのは少し待ってほしい。
ハクアを助けようと思い立った俺は、とりあえず王宮まで向かった。しかし上層区の入口で門前払いをくらい泣く泣く退散。
王都を出発しようとしている王国軍に近づこうにも、当のハクアは馬車の中にいて回りを何十人の騎士によって守られているから無理。
どうしても会えなかったので、しかたなく戦場になるであろうカレツキ平原という場所。そしてその近くの町に来ていた。
しかし問題が発生する。ここまでの馬車を発見した俺は、とにかく急ごうと御者の頬を金で叩きながらやってきたのだが、早く着きすぎた。
戦場の下調べとか、帝国軍の情報収集なんかをやってもまだ王国軍も帝国軍も来ない。
なのでしかたなく町を満喫していた。
「それにしても、戦争が始まるってのに住人はのん気なものだな」
「まあ、日常茶飯事だからな。引くに引けねえ帝国軍が小競り合いをしかけてくるなんて良くある事だ。いちいち慌ててたらキリがない。今回も姫騎士様が追い返してくれるから安心さ」
だんご屋の主人の言葉にそうかと呟き、だんごを受け取ってその場を去る。
キョロキョロと見渡しながら町を散策していると、ふと騒ぎが聞こえてきた。
「姫騎士様が到着したらしい」
「ほんとか。拝見しに行こう」
ちらっと聞こえてきた会話によって、騒ぎの原因を理解する。俺も、ハクアに会えるかもしれないと考えて、向かうことにした。
町の入口には人だかりが出来ていて、その中心には何十人という騎士がいる。しかし、ハクアは中央にある馬車に引きこもっているのか姿は見えない。
やっぱり会うのは難しいだろう。あの騎士の群れをどうにか出来る自身はない。ならば、ハクアが確実にフリーになって会える時。戦場ならば会える。
たった一人で戦うならば、周りの騎士だって居なくなるだろう。俺の頭ではそれ以外の案は思いつかなかった。
「よし」
覚悟を決めて、俺はその場から退散した、
◇
カレツキ平原。今もここが王国と帝国、どっちの領土なのかと不毛な争いを続けている。一応近くに街を作った王国の領土となるのだろうが、帝国はわが国の領土だと主張している。それが何年も続いており、王国と帝国はよーくここで戦争をしていた。
そんな、戦場となるであろうカレツキ平原の横には、小さな森がある。伏兵を隠すのにもってこいなこの森に、俺は潜んでいた。
森の中で一番背の高い木に登り、そこから戦場を見渡す。そこでは、二つの軍が対峙していた。
方や、約三千ほどの兵がいる帝国軍。
方や、百に満たない騎士と姫騎士のみの王国軍。
明らかに多勢に無勢。人数を見れば勝敗なんてすでに決しているかに思えたが、それは早計だ。
王国軍の先頭。王国軍を守る様に立つ一人の少女は、一騎当万の実力者。三千の軍勢も物の数ではない。
しかし、その正体が普通の少女だって何人が知っているのだろう。
「あれがハクア……」
ひさしぶりに見るハクアの顔は、氷の様に冷たかった。その瞳は何も見てないようにからっぽ。
ハクアとの付き合いは短いけど、ハクアは表情豊かな子だと俺は知っている。いろんな感情を体全体で表現する可愛い子だ。
「っと」
知らず知らずの内に剣を力いっぱい握りしめている事に気づく。
いったん深呼吸をして落ちつき、もう一度戦場を見つめる。
両軍の間にあるのは沈黙で、その静寂が痛いほどであった。
その静寂は永遠に続くとすら思われたが、突如として終わりをつげた。
何がきっかけだったのか。それは俺に理解出来なかったが、突然帝国軍が動き出す。
大盾を持った兵士が進攻を始め、その後ろでは弓兵が攻撃態勢に入る。
一斉掃射。
数百の矢は全てハクアへと降り注ぐ。逃げ場などない広範囲攻撃であり、そこで生きている事なんて不可能だ。となるのは凡人だからであり、姫騎士には関係ない。
ハクアを守る様に火が展開され、降り注ぐ矢は全て燃え尽きる。
そしてハクアの反撃が始まった。
空から突如として雷が降り注ぎ、地上を混乱の淵に叩き込む。
ハクアは落雷の中、敵軍へと突撃した。
一閃。ハクアの剣妓で血が空を舞う。落雷により兵は恐怖する。そこはハクアの独壇場だった。
強い。あまりに強すぎる。すでに強さは人の域ではなく神の域。誰もがそう思うだろう。
でも――。
「なんで。泣いてるんだよ」
踊る様に剣を振るうハクアの周りには雫がきらめく。俺にはそれが、涙であると確信出来た。
泣いているんだ。そう思った俺はいつの間にか鞘から剣を抜いていた。
「ハクア……」
木から飛び降りる。当初考えていた作戦なんてもうどうでもいい。
今は、ただハクアの元に行きたかった。
ハクアは前線で暴れている。ならば、俺もそこまで走る。
敵の妨害は、思った以上になかった。空から降り注ぐ雷によって規律は崩壊し、俺を気にする余裕なんてない。
恐怖をごまかしてハクアに突撃するか、逃げ腰になっている兵しかいない。上官が叫んでいるが、恐怖の前には無力だ。
しかし、やはりそう簡単にはいかない。
「なんだこいつ!?」
「味方じゃないぞ」
「とにかく殺せ!」
いく人か俺に気付き、攻撃をしかけてくる。しかしそれも、動きが単調であり簡単にいなせる攻撃だった。
戦闘は全て避け、攻撃されたらいなしてまっすぐ進む。
ハクアの近くにいるものほど錯乱しており、目の前を通っても俺に気付かない。
そのため楽にハクアの元に辿り着く事ができ、思わずハクアの戦いに見入ってしまっても攻撃される事はなかった。
「美しい……」
その剣妓は俺が一生かかっても到達出来そうにない技巧であり、戦場を舞うハクアは可憐な妖精のよう。
だがハタと気付く。ハクアは泣いていた。
普通ならば不気味に思うかもしれない。しかし俺には、恐怖に泣き、戦いを恐れる少女にしか見えなかった。
「ハクア……!」
泣いているハクアを見た俺は、いつの間にか駆け出していた。
ハクアの背後から斬りかかろうとしていた帝国兵を逆に斬る。
「グ、レイ……?」
突然現れた俺に、ハクアは唖然としていた。まるで信じられない物を見る様に、見てきた。
「なんで……ここに、いるの?」
「ハクアが一人で戦っているから」
「…………」
「戦いたくねえって言ったお前を、助けたかった」
「……返事、しなかった」
「それはごめん」
二回も助けを求められて、俺は返事をしなかった。助けると言わなかった。それをずっと後悔している。
嘘でも虚勢でも助けると胸を張って言えればよかったんだ。
「まだ、俺にはお前を守れる力がねえ」
「……うん」
「だから、せめて一人では戦わせねえ。一緒に戦おう」
「グレイ……」
「ハクアの罪は俺が半分背負う。だから、泣かないでくれ」
今俺ができる最大限だ。罪を半分背負う。俺は弱すぎて半分も背負えないかもしれない。でも背負う。
いつか。もっともっと強くなって。ハクアを守れるぐらい強くなって、ハクアの全てを背負える様に頑張る。
それが俺の答えだ。
「ありがとう……グレイ」
ハクアはまた泣いた。でも、その涙に嫌な感じはしない。
「礼は、敵を追い返してからだ」
敵は三千。こっちは二人。絶望的な戦力差なのに、まるで恐怖はなかった。
戦闘の記憶はあいまいで、ただ剣を振るって敵を斬ったという事しか覚えていない。正常な思考では潜りきれない修羅場であった。
ハクアの隣で戦った俺は、過去最高に強かったというのは覚えている。
何かが乗り移ったかのように、剣を振るった。今なら何者にも負ける気はしなかった――。
――気づけば戦場でボーっと立っていた。握っている剣の刀身を見れば赤く染まっていて、手入れが大変だなーと漠然と考える。
砥石はどこで売っていたっけ。なんて思っていると突如として衝撃が襲ってきた。
「うごっ」
俺の胸になにかが直撃してくる。
それはハクアだった。
「ど、どうしたんだよ突然」
「グレイが、来てくれて嬉しくて……」
「女の子に助けてって言われて見捨てるほど、男は捨ててないんだ」
俺は見上げてくるハクアの目じりに溜まっていた涙をそっと拭う。
「ん……怖かった。戦うの、怖かった」
「そうか」
「グレイが来てくれたら。ちょっと怖くなくなった」
「そうか。……俺は弱いから、まだお前に戦わなくていいって言えないけど、一緒に戦う事は出来る」
「うん」
ハクアは、恐怖を拭う様に俺の首元に頭をぐりぐりとこすりつけてくる。
「よく一人で頑張ったな」
俺はそんなハクアはそっと抱きしめた。嫌がられるかも、と思って少し怖かったけど、ハクアは嫌がる様子もなくもっとくっついてくる。
「グレイの腕の中は、安心する」
「そりゃ良かった。ハクアが安心できるならな」
腕の中のハクアが愛おしく、いつのまにかそっと頭を撫でていた。濁り一つない銀髪はサラサラと触り心地が良く、いつまでも撫で続けたかった。
頭を撫でられて、ハクアはくすぐったそうに身じろぎする。しかし嫌がっているわけではなく、もっと撫でろとばかりに頭を押し付けてきた。
「一人にはしねえ」
「うん……」
「死なせねえ」
「……うん」
「俺はもうハクアを恨んでいない」
「ありがとう。グレイ」
ハクアを抱きしめればその小ささが分かる。鎧を着ているのになぜかやわらかくて、女の子なんだと思う。
こんな子が、敵意を持ってやってくる何千の軍と一人で対峙して、戦っている事になぜか涙が出てしまった。
もっと強くなりたい。ハクアを守れるほど、強くなりたい。そう、心の底から思った。