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10.戦争

 俺の毎日の日課といえば、早朝からの剣の修行だ。

 修行自体はいつから続けているのかもう覚えてなく、やらないと気持ち悪いほどにしみついた日課である。

 そんな日課に、俺はある新鮮さを感じていた。


「この剣。やっぱ凄いな」


 俺は、ハクアから貰った剣を振りながら呟く。

 明らかに今までの剣とは違う。錆びていた剣だったり、相性の悪い剣だったりを使っていたからそれがよく分かる。


 手になじむフィット感。滑らせると簡単に斬れる切れ味。下品な装飾はなく、実戦に適したデザインだ。

 さすが王族に献上される剣。俺が今まで使っていた物とはレベルが違う。


 と、俺はこの剣を握ってから一週間。ずっと思っていた。


「ふぅ。おっと。もう朝か」


 気づけば朝日が昇っているのもいつもの事なので慌てる事もなく鞘に剣を納める。汗を濡れタオルで軽く拭いてから俺はバーに入った。


「あらん。グレイちゃんおはよ♪」

「おはよう。朝から掃除とは精が出るな」

「綺麗にしておくと幸運がやってくるのよん」


 ホウキで床を掃きながらマスターはウインクする。


「朝ごはん今から作るけど、食べてくん?」

「良いのか? なら頼む」

「了解」


 バーのカウンターにある小さなキッチン。いくつか魔法道具もあるらしく、マスター自慢のキッチンだ。貧民街に有っていい設備ではない。

 野菜を切り始めたマスターを尻目にボーっとしていると、ふとマスターが振り向いた。


「そういえば、最近ハクアちゃんとは会ってるのん?」

「いいや。あれから一週間ほど会ってない」


 お酒を飲んで酔っぱらい、とても可愛い姿を見せた日から一週間経ったが、あれからハクアとは会ってない。しばらく会えないと言っていたので忙しいのだろう。


「なるほどねん。じゃあ、昨日の新聞見たん?」

「新聞? 突然どうしたんだ。見るわけがない」

「やっぱりねん。じゃあはい」


 マスターはカウンターのしたから、新聞を一枚出して俺に渡してくる。

 そこには、『愚かにも帝国の進軍の兆しあり!』という見出しの一面があった。


「帝国って。隣国の『ガイア帝国』だよな。あのすっごい仲が悪い」


 大陸で一番広大な領土を持つガイア帝国と、ここクリスタ王国はすっごい仲が悪い。


「戦争が始まるのか。……でもそのわりに国は落ちついているな」


 戦争があれば王都どころか貧民街でも大騒ぎになる。現に三年前の大戦の時は戦争の話題で持ち切りだった。


「戦争って言っても小競り合いみたいな物だからねん。それにこの国じゃ戦争になっても武器も食料も売れない。だから落ち着いてるのよん」

「ん? なんでなんだ? それに、じゃあなんでこれを渡してきたんだ?」

「帝国と戦うのがハクアちゃんだからよん」

「ハクアが……?」


 一騎当万の実力者であるハクアがいれば、帝国軍相手だろうがどうにでも出来るだろう。


「それがどうしたんだ?」

「……ハクアちゃんは、王国軍を率いるのではなく、たった一人で戦うのん」

「一人で……? 戦争なんて一人で出来るものか?」


 戦争というのは大軍と大軍が戦う物だという印象しかない。たった一人で戦うなんて不可能だろう。馬鹿な俺でも分かる事だ。


「ハクアちゃんは、姫騎士は強すぎたのよん。たった一人で万の軍勢と戦えるほど。ハクアちゃん一人で戦えば兵は消耗しないし、戦争にかかる莫大な費用がほぼなくなる。だから武器も食料も売れず、国は落ち着いてるのよん」

「……でも。それって」


 俺はいつのまにか、奥歯を痛いほど噛んでいた。

 そして思い出すのは、ハクアの『戦いたくない』『人を殺したくない』という言葉。あの時のハクアは姫騎士ではなく、弱く優しい普通の少女だった。

 そんな少女がたった一人で戦っているという現状に、怒りが沸いた。助けを求めるハクアの声が脳裏で鳴り続けた。


「ハクアはどうなんだ。戦いたくないって言っていたのに、たった一人で戦ってるハクアは」

「たった一人を犠牲にすれば国益になる。ならばそれを選ぶのが国よん」


 なるほど。合理的だ。一人我慢すれば兵は死ななくなり、国庫が潤う。でもそれで納得出来るほど俺は頭がよくねえんだ。

 もう一度、新聞を食入る様に読む。


「ハクアは今日王都を出発するのか」

「ええ。そして五日後に王国の最南端。帝国との国境に辿り着くわん」


 俺は、剣と財布を握り締めて立ち上がった。


「どっか行くのん?」

「……分からん」

「ハクアちゃんの所にいくのねん?」

「…………」


 俺はなぜ立ちあがったのか、どこに行こうとしているのか。分からなかった。

 俺の胸にあるのは言い様のない怒りと、『戦いたくない』と言ったハクアの顔。


「ハクアちゃんの所に行って、なにか出来るほどグレイちゃん強いのん?」

「…………いいや」

「じゃあなぜ行くのん?」

「行かなきゃ後悔する。なんて思うからだ。俺は弱い。ハクアより弱い。だけど、ハクアを助けたい」

「なぜ助けたいの?」

「助けてって言われたから」


 ハクアの助けてという声に、俺は答えられなかった。それがずっと心に刺さっている。『もう戦いたくない』と『人を殺したくない』と言ったハクアの事がうるさいほどに思い浮かぶ。

 今行かなかったら、ずっと。俺は後悔し続けるだろう。


「俺に何が出来るかは、行ってから考えてみる」

「ふふ。分かったわん。女の子、助けに行って来なさい」


 マスターの激昂を背に、俺はバーを出た。


「若いって良いわねん」


 マスターが最後になにか呟いていたが、俺には聞きとる事が出来なかった。



 ◇


 

「あ。……鳥」


 空を自由に飛ぶ鳥を見ながら、ハクアは呟いた。

 今ハクアがいるのは一台の豪奢な馬車の中。広々として快適に過ごせる空間の中で、ハクアは一人で窓の外を見ていた。


 自由に飛ぶ鳥が視界から消え失せた事で、ハクアは溜息をついて視線を下にずらす。

 馬車に並走する様に、何十人という騎士が馬に乗って走っている。その顔にあるのは緊張ではなく楽観。これから戦場に行くというのにのん気なものだ。

 いや、彼らは戦わないからのん気なのだろう。戦うのはハクア一人で、彼らはハクアの監視だ。


「はあ」


 もう一度溜息をついた。


「ハクア様。このペースですとあと四日ほどで着くかと」

「そう……」


 馬車を操る騎士の一人が、ハクアに報告する。ハクアはそれに淡々と答えた。

 ハクアにとって、この時間というのは地獄の様なものであった。騎士達はハクアを監視しているが、その目にあるのは恐怖。

 ハクアという化け物に恐怖する視線に晒されながら、戦場へ行く。楽しいわけがない。地獄だ。


 戦場に着けば一人で戦う事になる。人を殺すことになる。

 そう考えるだけで、ハクアは恐怖にのまれそうになった。いつもなら、心を押し込めて何も考えない様にすればいい。でも、グレイと会ってしまったハクアは変わった。暖かくて、安心する男。恨むべきハクアを楽しませてくれる変な男。


 何よりグレイはハクアをかけらも恐れなかった。逆に倒してやると笑っていた。

 最近のグレイはとても優しい。初めてかけられたその優しさは、今までの負の感情しか知らないハクアには暖かすぎた。

 グレイのせいで、どうすれば心を閉じ込められるのか。人を殺しても無関心で居られるのか。分からなくなった。


「グレイ……」


 思い浮かぶのはグレイの事だ。グレイにだけなぜか、助けを求めた。二回も求めた。それは多分、なんか頼ってしまう雰囲気があるからだろう。彼の事を思い浮かべるだけでなぜか安心出来る。


 隣に居て欲しい。ぎゅーって抱きしめてくれたら、胸の中にある恐怖もなくなるかもしれない。なぜかそう思う。


 ――戦いたくない。


 普段は心の奥底に封印している気持ちがあふれてくる。

 せめて、一人で戦いたくない。

 隣に誰かがいるだけで、グレイがいれば。とハクアは思った。


「…………」


 無理な事だ。グレイが来る事はありえない。隣にいてくれる事もありえない。

 気を紛わすように、胸にかかるネックレスの細工を握る。グレイがくれた宝物。これを握るだけで少しだけ心が落ち着いた。


 そっとネックレスから手を離し、ハクアは無表情を作り出す。

 百人が百人、氷の様に冷たいと言える顔を。そうすれば心がからっぽになって何も考えなくていい。

 ――そうしないと、戦えないから。

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