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1.姫騎士と貧民街の主

 ――『グレイ。君なら高見にたどり着ける。剣の神の元へすらもね』


 師匠の言葉を胸に剣を振るう。それが俺の日課だ。

 早朝より起きだし、剣をふるうという日課がいつから始まったのかは覚えていない。多分、剣を握った時からだと思う。

 貧民街で生まれて18年。いつのまにやら名が知れ渡る様になったが、剣を振るわない日はなかった。


 ふっと一息つけば、背後から声がかかる。


「グレイの兄貴! 今日も日課ご苦労さまっす」

「兄貴って呼ぶなよ。お前の方が年上だろ?」


 突然やってきて俺の事を兄貴と呼ぶ男。ゴーズという名のずんぐりとした熊みたいな奴だ。一見厳ついのに小物臭さを感じるのは多分その言動のせいだろう。

 歳は俺より二つ上なのに、兄貴と呼ぶ変なやつでもある。


「兄貴ってめっちゃ強いじゃないすか。強い人は兄貴って呼ぶっす」

「俺の腕なんて井の中の蛙だ。世界は広いんだぜ」

「はぁ。……つまり兄貴は凄いんすね」

「話伝わってんのか?」


 貧民街の住人は教育なんて受けたことがないからいまいち話を理解されない事がある。俺は学を身に着ける理由と機会があったためいくつか覚えているが、それも傍から見ればどんぐりの背比べだろう。


「で、何かあったのか? お前がこの時間帯に来るなんてめずらしいな」


 ゴーズはここら一帯(俺のナワバリ)の見回りをしていて、時間帯的にここに来る事はない。


「ああ、そうっす。さっき貧民街の入り口近くで騎士を見かけたって話を聞いて、お耳に入れようと来たっす!」

「騎士? あいつらが貧民街に入ってくる理由が分からないけどな」

「えぇ。なので一応」

「なるほど。ありがとう。何もないと思うけど一応気を付けておけよ」

「はいっすぅ!」


 そう言って、ゴーズは見回りに戻っていった。


「……騎士ねぇ」


 いろいろ考えるも、ここに騎士がやってくる理由が思い当たらない。騎士どころか兵士すら来た事がない見捨てられている場所であり、国とは別の生態系を築いている場所だ。

 まあ、お偉いさんの考える事は分からない。理解しようにも俺の頭では理解しきれないものだ。


「ま、いっか」


 剣を振るう。そうすれば余計な事は消えてなくなる。

 鍛冶屋のゴミ箱に落ちていた錆びだらけの剣であるが、何年も使っている相棒だ。

 これを振っているとまるで別世界に行けるような感覚に襲われる。もう少しで何かに到達できそうな予感が――。




「――ん?」


 ふと何かが聞こえた。

 良く耳を澄ませるとそれは北からであり、あっちには貧民街の入り口がある。


「なんだ? 何か起こっているのか……」


 それは何かが爆発する音であり、何かが倒壊する音だ。

 そしてそれは悲鳴の様な。


「何が起こっている……!」


 喧嘩や騒ぎなど日常茶飯事であっても、今回はなにか訳が違う様な予感がする。

 とても嫌な予感だ。


 音のする方向へと向かうと、しだいに人が沢山こっちに向かってくるのが見える。いや、あれは音がした方向から逃げている人達だ。

 それが幾人も。


「おい、なにがあった!」

「グ、グレイさん!? 騎士だ! 騎士が魔法で建物を壊してっ!!」

「騎士だぁ!?」


 ついさっき騎士が貧民街の入口に居るとゴーズから聞いたばかりだが、あまりに急すぎる。

 そもそも騎士が貧民街を魔法で襲う理由が何だ。


「くそっ。お前らはさっさと逃げろ。俺が何とかする」

「た、頼みますグレイさん」


 理由なんて考えてもラチがあかない。だったら行動するが吉。

 貧民街を翔る。住人が入口方面から沢山逃げてきており、かなり大きな騒ぎだと分かる。


 目を凝らせば遠くの空に火が舞っているのが見える。

 十中八九魔法だろう。魔法となればある程度教育を受けている者しか扱えないため騎士であるという信憑性も出てくる。

 空に打ちあがる魔法を目印に走っていると、前方から何かが高速でやってきた。


「っ! 魔法か!」


 前方からやってきたのは火の玉だった。体をひねってとっさに避ける。


「おいおい。外したぞ」

「すまんすまん。ネズミも案外すばしっこかった」


 魔法の後ろから笑いながら歩いてくるのは、国の紋章をを付けた鎧を着る二人の男。一目見て分かる。騎士だ。


「お前ら。何してるんだ!」

「貧民街のゴミがなんか喚いてるぞ。さっさと駆除しろ」

「へいへい。りょーかい」


 話しをするつもりはないのだろう。返答は魔法だった。火の玉が迫る。今この状態からの回避は容易じゃない。

 ならば、魔法を斬る!


 剣を抜き、迫る火の玉を両断する様に剣を滑らす。剣により真っ二つになった火の玉は両端に着弾した。


「話が通じないなら、覚悟しろよ」

「っ……こいつ何した」

「魔法を切る。どうせなんか怪しい事してんだろ」

「そうか。そうだよな。俺たちエリートがゴミに負けるわけがない」


 魔法なんて斬れるはずがないとわめく男たち。俺の事など見ていない。生きている世界が違うと実感する。

 そもそも俺は変な事など一切していない。魔法を斬るのにはコツがいるが、斬れないわけではない。


「邪魔だ」

「ぐあっ――」

「おいっ。貴様っ」

「死ね」


 先手必勝。わめく騎士達に一歩踏み込み、一人目を切る。二人目は慌てて喚くだけで剣を抜くこともせず、楽な戦いだった。


「くそっ。いったい何が起こってるんだ」


 俺の一太刀で倒れた騎士たちを尻目に、入口の方向を向く。何が起こっているのか。まるで理解が出来ない。

 今まで何の前兆もなく、平和だったというのに。突如騎士が襲来した。


「行くしかねえかっ」


 考えても考えても、馬鹿な俺では分からない。それなら体を動かす方が先だ。納剣し、俺は騒ぎの中心へと走った。



 ◇



 魔法が、民家を倒壊させる。騎士が、逃げ纏う人に笑いながら魔法を撃つ。王国の紋章を付けた者たちが、貧民街を破壊していた。


 たった一つだけの故郷が破壊されようとしている。国を守る騎士によって。


「ゆるさない――!」


 剣を抜いた。それからの事はあまり覚えていない。

 その時の俺はおそらく過去最高に怒っていた。

 全ての力をもって50を超える騎士に対抗する。


「弱い」


 一太刀で敵は倒れた。自分達が殺されるわけがないと高をくくった騎士達が、こんなはずがないと倒れていく。

 覚悟がない者は弱い。そもそも俺程度に倒されるなんて騎士として失格だ。おそらく本当の騎士ではないのだろう。

 一人、倒れるごとに隊列は乱れ、恐怖によって逃げ纏う。


 奴らがやるべきは落ち着いて俺を囲む事だった。

 俺だって人間。10人に囲まれればあっけなく死ぬ。

 その圧倒的優位を放棄して逃げていた。


「はあああ!」


 剣撃が舞う。ここまで暴れればさすがに俺も指名手配されるかもしれない。正当防衛なんて騎士達の権力によってなかった事にされるだけだ。

 だが、権力に屈したら俺が俺として終わる――。


 ふと周りを見渡せば住人の避難は完了していた。しかし、魔法が背中に当たって倒れている者がいる。うめき声が聞こえる事から死んではないだろうが早く手当てをしないといけない。

 そのためにも奴らをさっさと追い出し――。


 ――斬撃が襲いかかってきた。


「くそっ!」


 剣妓を極めた者が扱う、斬撃を飛ばす攻撃だ。咄嗟に剣で受け止めるも、値段も付かないようなオンボロ剣はその衝撃でコナゴナに砕けた。


「そこまで……」


 女が居た。白い少女だ。多分、年齢は俺と同じかちょっと下程度。王国の紋章をつけた鎧に、騎士の剣を持っているから多分騎士だ。


 そして、美しかった。今まで見たことがない美貌だ。銀髪も緑眼も穢れを死ぬほど綺麗で、真っ白な肌なんて初めてみた。少女は美しかった。……でも――。


「お前は……っ」


 先の斬撃は少女の物だ。物語に出てくる姫の様な奴が放ったとは思えない。

 しかし少女は俺に斬撃を放ってきた。ならば敵だ。砕けた剣の変わりに、騎士が投げ捨てて行った剣を拾う。

 美しいと思う気持ちを押し殺し、少女に殺気を向ける。


「おい」

「ん……?」

「お前らは、なぜここを襲う」

「王都を拡大するのに…ここは邪魔、だから」

「邪魔なら壊すのか?」

「……うん」

「ちっ。そうかよ」


 いつか、ゴーズが言っていた。王都を広げる計画があると。結構王都では有名な話らしいが、貧民街の方までは流れてこなかった。

 俺も、話を聞いた当初は関係ないと忘れていたが、ここに来てそれが関係してくるとは思わなかった。

 そもそも広げる為に、貧民街をぶっ壊すなんて誰が想像する。


「ここは壊させねえよ」

「邪魔、しないで……」


 剣と剣はぶつかりあった。

 火花が散ると思うほどのぶつかり合い。それを、女は細腕で余裕で受け止める。

 ぶつかりあったときの覇気が倒壊しそうだった建物を揺らす。

 最初の一合はどちらも有効だはない。しかし、一合で理解した。

 

 ――俺では勝てない。


「てめえ。もしかして……姫騎士か!?」

「……知ってるんだ」


 俺も、腕には自信がある。ここら一帯では一番強いと自負していた。その俺でも、勝ないと思う女騎士なんて噂に聞く姫騎士しかない。

 姫騎士といえば有名だ。王国で一番有名な人物だ。あまりに伝説を残しすぎてスラムのガキでも知ってる奴だ。


 一万の軍勢をたった一人で敗走させた。それを成したのが14の歳だった。

 一振りで百の首が舞った。魔法を放てば山は割れ、海は荒れ狂い、街一つを一瞬で滅ぼす。


 王国の第三王女であり、神に愛された少女。


「姫騎士が人じゃないってのは有名だからなあ」

「ん……私はっ人……!」

「その強さで人を名乗られても嘘八百だぜ」


 会話中にも攻撃は振るうも、余裕で受け止められた。俺が本気で打ち込んでも姫騎士は欠片も本気を出さない。

 相対していれば分かる。姫騎士は化け物だ。


「はぁぁあ!」


 今の、俺と姫騎士の力の差を図ろうと首を切り落とすつもり剣を走らせる。


「ん……」


 それは余裕で受け止められた。分かっちゃいることだ。万の軍勢を一人で敗走させたとかいう化けもんには通じないってことぐらい。

 噂は本当で、俺は伝説を相手にしている。


「負けるわけにはいかねぇんだよ!!」


 でもここが故郷だから。18年を過ごした故郷をそう簡単に見捨てて逃げる事は出来ない。伝説の騎士だろうと、引いてはいけない時がある!


「あきらめ、て……」


 初めて、姫騎士が攻勢に出た。

 一振り、たった一撃で俺の体は跳ね飛ばされて後方の民家に激突する。


「っぁ……くっそ」


 寸でで衝撃と同時に後ろに跳ばなければ動けなくなっていたかもしれない。

 ゆっくりと近づいてくる姫騎士。だらりと剣を持ち、無表情で俺を見る。


「引けねえ」


 でも、体が動かない。これは怪我ではない。恐怖だ。俺は姫騎士に立ち向かう事に恐怖している。


「危害を、加えるつもりはない。引いて……」

「ここは壊すのか?」

「うん……」


 それを聞いたら、引くわけにはいかない。しかし、俺の体はこの場から逃げる事を選択していた。


「あなたでは……勝てない」


 ……胸糞わりい。まるで氷の様な瞳で見つめられて、勝てないといわれて。心底屈辱だ。

 しかし……視線を横にづらし、騎士の攻撃で動けなくなっている住人を見る。医者なんて高等な場所には行けないが、早く安全な場所に連れて行かないと死ぬだろう。


「……覚えておけよ。今回は負けを認める。……次はてめぇを殺す。姫騎士!」


 倒れている住人を担いで、俺は捨てゼリフと共に逃げた。

 住人を案じて引いたんじゃない。俺は恐怖で、言い訳して、逃げたんだ。


 俺は弱い。一太刀も浴びせられず、おめおめと逃げた。まるで俺を馬鹿にしている様な冷たい瞳。

 あれをゆがませないと気が済まない。


 誓おう。必ず、姫騎士を殺す。と――。そのために、強くなる。

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