12 迫られる選択
目が覚めると夜中だった。
夜になると海から流れてくる風がより潮の香りを運んでくる。部屋の窓をあけるとそのひんやりとした風が流れ込み、髪を揺らす。心地よかった。
「もう十分寝たわ。」
ベッドの横には粘土と木組みで作られた子どもサイズのトルソーに誕生日パーティ用のドレスが着させられていた。きっと、メデイアが用意してくれたのね。
「明日はドレスなんて着ている場合じゃないけれど、そうもいかないわよね……」
明日は王女の誕生日パーティとあって、貴族だけではなく、国外からの使者も多数訪れる。
そのパーティに肝心の王女がいなくては話にならないだろう。国政のため、外交のためにもこのパーティは重要だ。
こういった催しへの態度で王族への忠誠心を図ることにもなるし、当日は貴族の子息子女の社交の場デビューも兼ねている。
近隣国との良好な関係を保つためにもパーティーは利用された。国外からの使者の中には、第3王子などの王族が訪れることも多い。
キュレネは今、南の国境でアスビュスタイ人との抗争が絶えない。しかも、最近ではキュレネ国内にも内通者がいるとの噂も出てきた。
それ故に、近隣諸国と協力関係を築くことは最重要事項だった。
特に首都アレクサンドリアを擁するエジプトは軍隊を持ち、武力を誇っている。協力関係が得られればこんなに心強いことはない。
少しでも外交で使えるカードがあるなら利用したい、というのが実情である。
キュレネ王メガスとしては、かわいい娘の誕生日を祝いたいという気持ちも十二分にありつつ、国内外から人を集める名目にもなるこのパーティには毎年力を入れていた。
7歳のベレニケには、そのあたりのことはわからなかったが、歴史学をかじった大学院生がベレニケとして転生した今、
前世の知識と昼間のイフリートの話を合わせて、やっと父様と母様が私の誕生日パーティーにあそこまで力を入れる理由がわかったわ。
風にあたりたくなって窓際に立つ。去年までは無邪気に楽しみにしていた誕生日パーティ。
それでも、裏の事情が見えるようになり、幼馴染の許婚も殺されるかもしれないとあれば、気が重いだけでしかなかった。
「…あら?」
窓の外、下の方でなにか黒い影が動いた。ベレニケの部屋は二階にある。
まさか暗殺者が私のところにも来たのかしら、と身構えると、黒い影は一気にベレニケの部屋の窓の高さまでに飛び上がった。
「キャーーーーーーーーッ」
と、叫びたかったのだが、すかさず柔らかな大きな手で口を塞がれた。
「お嬢様、宮殿の内通者と港のゴロツキどもが城下の飲み屋に集まり始めました。明日の打ち合わせをしているようです。」
「イフリート!?!?」
窓の外に現れたのはイフリートだった。暗殺者ではなかったことにホッとする。極度にびっくりしたせいで、背中に冷や汗が流れたのを感じた。
イフリートは昼間の青年の姿に、黒いビロードのような黒い羽を追加させていた。それをゆっくりと羽ばたかせながら窓のそばで浮いている。イフリートの手がベレニケの口から離れた。
「お灸を据えるというのがどの程度まで痛めつければいいのかわからなかったので確認しに参りました。」
「あぁ……、どうしよう。こんなの初めてだからどうすればいいのかわからないわ。」
前世でもそんなことを決めることを求められたことはなかった。
「私としては殺してしまった方が後腐れがなくて良いとは思いますが。」
「そんなに簡単に言わないで。生かすか殺すかなんて私にすぐ決めろと言われても無理よ…まずは宮殿内の内通者が誰なのかを教えてちょうだい。」
アレスを殺させない!と息巻いたはいいものの、自分が相手を殺す決定をするかもしれないなんて、考えてもいなかった自分に気がついた。
「内通者の一人は宮殿の料理方に勤める下働きの男です。調べると、南の商人の中でも力を持つニキアスという男の末息子でした。」
そういうことか!これで、段々と繋がってきたわ。
「ねぇ、内通者の一人って言ったわよね。そのニキアスの末息子という男以外には?」
「明確に南の商人たちの息のかかった者は5名。いずれも没落した騎士の一族の者たちです。騎士道精神に反し、金を積まれれば殺しをするような悪どい裏稼業も請け負っていたところを将軍に暴かれた。当然、騎兵部隊から除名処分を受けたようです。」
「商人の末息子なんかよりそいつらの方がよっぽどタチが悪いじゃない!殺しのプロじゃないの!どうしてそんな奴らがまだ宮殿内に残っているのよ!」
「いえ、流石に当時除名処分を受けた者たちは刑されました。一族郎党に死刑を言い渡されたところに、将軍の待ったがかかり、党首や実際に手を染めていた者以外は死なずに済んだ。その子孫である5名は騎兵隊の馬の世話番をやっているようですね。」
「心臓に悪いじゃない!てっきり、殺しのプロを敵に回しているのかと思ったわ。」
「一族の汚名は晴れず、騎兵部隊の者たちから蔑まれ、将軍に対する憎悪が増していったのでしょう。それに南の商人たちが目をつけたらしい。」
更新頑張ります。
小休憩でとりあえず途中まであげさせてください。