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11 優秀なイフリート

「ベレニケ様!ベレニケ様!」

「何よメデイア、わたしまだ眠たいの……」


夢を見ていた。今度の夢に、白い貴婦人は出てこなかった。


「いいえ、起きていただきますわ!テーブルはどこへやられたのですか!」


あ!!忘れてた!テーブルは収納したまま、ペンタクルも消さずにそのまま残してしまっていた。目を開けるとメデイアがカンカンに怒っている。

どうやって言い訳をしよう……。


「冗談ですよご主人様、アレスを狙う者が何者なのかわかりました。」


メデイアの姿が一瞬のうちに煙に消え、そこに浅黒い肌の額から二本のツノが生えた青年が現れた。イフリートは、その姿を保ったままペンタクルの中で胡座をかいて宙に浮いている。

イフリートは姿変化が得意であるというのは、夢の中で知った。イフリートの元々の成分が火と煙からできているから、自由に形と大きさを変えられるらしい。


ベレニケは有名な千夜一夜物語を思い出した。聞くと、漁師に拾われたビンの中に封印されていた魔人が、漁師にのせられて色々変身し、うまく騙されてまた封印されてしまった、という話に登場するのはイフリートの仲間らしい。


「もう!びっくりさせないで!」


「イフリート流のジョークというやつでございます。」


なんだそれは……。イフリートのジョークとかいらんぞ……。

しかし、召喚しなくてもイフリートから来てくれるとは思っていなかった。正直もう一度召喚するのは体力が持たないと感じていたから、ありがたいことではある。


「あなたが召喚しなくても来てくれるとは思ってなかったわ」


「私は今、先ほどの召喚に伴う使役に縛られています。調べ物の命令があれば、貴方に報告するまで仕えるよう先の契約に織り込まれています。」


そうだったのか!命令の仕方を深く考えていなかったけれど、きちんと考えれば召喚する回数を減らせるかもしれない。


「わかったわ、教えてくれてありがとう。最初の召喚を貴方にしてよかった。」


夢の中で召喚の練習をした時に、他の4体の精霊や妖霊たちは正直扱い難いと感じていた。


しかも、このイフリートは古代イスラエルでソロモン王に召喚されてからというもの、数えきれない暗殺を成功させてきたと言い切っていたので、今回選んだのだ。それも、もしかするとイフリート流のジョークだったのかもしれないけど……。


「それで、アレスを殺そうとしているのは誰なの?」


「アレス様の弟君を擁する南の商人どもです。」


「アレスの弟!?アレスに弟がいるの?」


アレスはレオニダス将軍の一人息子であったはずだ。レオニダス将軍は、正妻との間にも妾との間にもお子ができなかった。


だから、交易相手のマケドニアの王の子供であったアレスを養子にもらったのだ。


「レオニダス将軍が南の国境に、アスビュスタイ人※の侵攻を食い止めに遠征したことがありました。その土地の商人が娘を差し出したようです。娘は身籠り、1年前に子どもが産まれました。」


「ん……というと、遠征に行っている時にレオニダス将軍にお子ができたってこと?」


「えぇ、それが弟君です。ところが、アレス様はレオニダス将軍と血が繋がっておりません。アレス様はマケドニアより北にある国の血が入っています。だから白い肌に翠色の目をしていらっしゃる。」


イフリートがアレスの姿に変化する。さっきも思ったが、本人ではないのにアレスの姿とアレスの声で話されると変な感じがする。翠色の瞳がキラリと光った。


「えぇ、血の繋がりがないのは知ってるわ。」


アレスはおそらくギリシアだけではなく、もっと北の血が入っているからあんなに透き通った白い肌なのだ。キュレネでは珍しい。


「マケドニアが北を征服した際に、王に下賜された娘との間にできた子どもがアレス様です。王の5番目の子どもでした。将軍は、政治的な取引もありそのアレス様を養子をもらわれたのです。」


「それと、アレスが殺されそうになっているのとどんな関係があるのよ。」


「簡単に言ってしまえば、アレス様が死ねば、その弟君がキュレネの将軍になれるということですよ。」


そういうことか!やっと合点がいった。


「南の商人達は、アレスを殺して弟君を将軍にすることで特権を得ようとしてるというわけね。」


「娘の身分が低いせいで弟君は将軍に相手にされていません。商人どもは、アレス様が死ねば、弟君を正式に子供として認めるだろうと踏んでいるのです。弟君が唯一血が繋がった子どもであるということもあり強気です。」


なんということだ。酷すぎる。アレスはただでさえあの白い肌で他の貴族の子ども達からいじめられている。だからこそ、唯一可愛がってくれるナディアスにべったりなのだ。


アレスは政治の犠牲となった子だ。実の父親と母親と離され、その上、7歳で殺されるというのか。


「私、絶対に許せないわ。そんな大人の醜い事情でアレスは殺されようとしてるなんて。」


アレスは確かに、顔を合わせれば本の虫とバカにしてくるし、腹も立つ。


しかし、そうしてベレニケをいじめるのも、元はと言えば唯一の味方であるナディアスを取られてしまうかもしれないという切実な思いから来るものだと解釈していた。


7歳のベレニケはなんとなくそれを察していて、だから極力クールにいなしてきたのだ。さっきは我慢できずに言い返してやったけれど。


「商人どもが雇ったのは港にいつくゴロツキだけではなく、エジプトから流れてきた暗殺者です。」


「暗殺者!?」


「えぇ、この商人どもはやけに金回りが良い。この国でも南でしか育たない薬草輸出の需要が増え※、一気に私腹を肥やしたようです。宮殿にも奴らと通じてる者がおります。」


「宮殿にも既にいるの!?」


「えぇ、宮殿に引き入れる者があれば、ゴロツキどもに誕生日パーティを荒らさせ、混乱に乗じてアレス様を殺すことなど容易でしょう。」


「港でくだを巻いているゴロツキを雇うのはそういうことね。」


キュレネは、ギリシア人が大量に植民したことでできた都市国家だ。元からいたキュレネ人とその子孫は、多くが土地を奪われ、港で荷物の搬入などの日雇い仕事にしか就くことができない。

その日暮らしで酒を呑むくらいしか楽しみがないし、王族や貴族に鬱憤が溜まっているのは間違いがないだろう。


「アレス様が好んで側に置くのは、あのルクソールの付き人だけということもある。あれに武術の心得はないでしょう。」


アレスが心を開くのは、レオニダス将軍とナディアス、それからあの付き人だけだ。大勢の人前に出るときも、ナディアスやベレニケのように護衛をつけることもないのだ。


「それにしても、この短時間でそこまで調べてこれるなんて、貴方ってすごいわ!」


窓から日の傾きを見ると、召喚の疲れで眠ってしまってからそれほど時間は経っていないのがわかった。


「イフリートですから。そこらの低級なジンとは格が違いますよご主人様。」


「そんなあなたなら、ゴロツキにお灸を据えて、アレスを暗殺者から守ることもできるわよね?」


「もちろんです御主人様。このイフリートは何人ものファラオを暗殺してきました。同業者を返り討ちにするくらい何ともありません。」


それを聞いて、ホッとした。何はともあれ、アレスが殺されるのは回避できそうだ。


「貴方のほかにも、召喚した方がいいと思う?」


「それはやめておいたほうがよいでしょう。私を召喚したことで、貴方は思っている以上に体力を消耗しています。私への命令を追加すれば、もっと体力を使ってしまいます。」


「わかったわ。じゃぁ貴方には引き続き情報収集を続けてもらって、明日はアレスにずっと付いていてもらいたいの。お願いできる?」


「ご命令とあらば。マスター」


イフリートはまた煙とパチパチという火花を残して姿を消した。

イフリートの返事を聞いた時に、またどっと体力を消費した感じがし、思わずベッドに倒れこんだ。


「これは…私もナディアス兄様やアレスのように、稽古をつけてもらったほうがいいかもしれないわ……」


少しでも体力を回復しなければと思い、ベッド横に置いてある干したデーツを口に含む。


「あまい……」


疲れ切った身体に甘さが染みる。となりに置いてある、蜂蜜をふんだんに使った揚げ菓子も手に取る。揚げるための油はギリシアから輸入するオリーブオイルだ。蜂蜜はキュレネに咲く花からミツバチがせっせと集めた物。


少しずつ体力が回復してくるのがわかる。ベレニケは甘いもの好きなので、いつもメデイアが用意していてくれるのだ。


力を振り絞って立ち上がり、ペンタクルを描くために収納していたテーブルをあちら側から取り出して元に戻す。


ペンタクルは、ドアの前に敷いてあった絨毯を移動させて隠しておいた。


「ふぅ……これでいいわ。私はもう少し寝る……」


ベレニケはまた眠りにつき、メデイアが明日ベレニケが着るパーティ用ドレスの準備を終えて戻ってきても、起きることはなかった。









早起きできたので、更新しました!

ブックマークありがとうございます(*^◯^*)活力です!!


なるべく史実に沿って、と考えているので、その分小ネタが多くなってきました。

あとがきに語句の解説を入れるようにしましたが、いかがでしょうか。



※アスビュスタイ人


アフリカ大陸に位置する、キュレネの南に住む民族のこと。ギリシアから大量に植民があった際に流れたキュレネ人と混血が進んだとも言われる。


※薬草輸出

キュレネは、堕胎薬の原料になる薬草が育つ数少ない土地であった。ヘレニズム期、ギリシア世界へこの薬草を輸出することで莫大な利益を得ていたとされている。

キュレネの衰退は、緩やかな気候変動でこの薬草が育たなくなったことから始まると考える研究者もいる。

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