表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/41

静かな夜

 夜も更け、月神殿のほとんどの者が眠りについたころ。

 警護のため扉の前に立っていたカインは、足音のする方へ顔を向けた。


「大司祭様」


 月神殿の最高位である大司祭が歩いてくる。

 すでに80を超える老人でありながら、その立ち居振る舞いは衰えを感じさせない。


「どうされましたか。そのような格好で、風邪を召されますよ」

「散歩だよ」

「では羽織るものを」


 春先の夜はまだ寒い。

 大司祭の格好は少々薄着に思えた。


「いらないよ。私は光の御子だからね」


 そういうと、指先に光を灯す。

 光の加護を得た人間を光の御子、とそう呼んだ。

 光の加護を与えられたものは、希少ながらも獣や神族にも存在するが、そのどれもが崇拝の対象となっている。

 彼もその一人である。

 この月神殿で絶大な信頼を受け、大陸にその名は知られている。彼が祈りをささげるときには、多くの参列者が遠方からも来るのだという。

 ちなみに光の加護持ちは、加護を与える存在である精霊の存在が確認されていないため、定義としては正確には加護持ちではない。

 そして精霊の存在が確認されていない光と闇については、魔術の体系の中に組み込まれてはいない。

 彼の光の力は、例えばサリエルの読心のような特殊能力の一種である、とされていた。 


「寒さは感じるでしょう」


 カインは自分が羽織っていた羽織を大司祭に渡す。

 そう。炎の加護持ちとは違うのだ。

 彼の光に、熱は伴わない。


「わがまま言わないで着てくださいよ」

「君くらいだよ、私を年寄り扱いするのは」


 しぶしぶ、けれど素直に受け取りながら、大司祭は笑みを浮かべた。

 そういう扱いを受けるのが新鮮なのだろう。


「だって年寄りじゃないですか」


 70超えた時点で長命の部類だ。

 それを10も上回った大司祭を老人といわずなんというのか。


「皆はそうは思わない。私は永遠に生きると思っている節があるよ」

「元気そうですからね」


 そう、驚くほどに。


「長く、生きたくてね」


 大司祭にしては、俗っぽいことを言うものだ、とカインは思う。

 物欲がなく、普段食べるものも神殿の他の者と変わらない。傲慢にならず、忙しい中神殿生を我が子のように慈しむ。

 そんな、聖人のような彼が。

 長く生きたい、と願うなど。


「ほどほどのところで死んでくださいよ、後がつかえるじゃないですか」

「ひどいことを言うねぇ」


 カインの言葉に、大司祭は笑う。


「あと、長く生きたいなら部屋に帰って休んでください」


 しっし、と追い払うような仕草をする。


「元気に生きてないと意味ないんですよ、そういうの」

「確かに」


 そういいながらも、大司祭はその場から動かなかった。

 沈黙が落ちる。

 夜に鳴く、虫の声がした。


「何ですか」


 カインが尋ねる。

 尋ねたところで、大体の見当はついていた。


「本当に、行くのかい」

「何度も言ってますけど、俺がここにいるのは娘のためですよ」


 だから、月神殿には残らない。

 それはカインの明確な意思だった。


「それに、ガキは好かないやつも多いし」

「君は優秀な教官だよ」


 子どもたちをちゃんと愛して育ててきた。

 この数年間を見ればわかる。


「引き留めるのは、わがままかな」

「俺のわがままを通します」


 話は、終わりだ。

 どちらも笑みを浮かべる。


「では、明日は君の卒業式典でもあるな」


 大司祭が言った。


「最後まで予定がみっちりですよ」

「おや、そうだったかな」


 最近物忘れがひどくてね、ととぼけて見せる。

 改めて二人は向かい合う。


「では、お別れということだね」

「えぇ」


 またの約束など、明日以降にはない。

 大司祭と一魔術師。それだけの関係に戻れば、関わりなど切れてしまう。


「そろそろお暇するよ」

「お気をつけて」

「今日は、月が綺麗だ。きっと卒業生たちを、君を」


 空を見上げて大司祭が言う。

 空にはきれいな満月が浮かんでいた。

 すべてを照らすほどのまばゆい光ではない。

 けれど。


「暗闇の中でも導いてくれるよ」

「ありがとう、ございます」


 カインは頭を下げた。

 月神殿の者にとって、その言葉は最上の激励だった。


「あぁ、これ、返さないとね」


 そういって、大司祭は羽織を外そうとする。


「いえ、良ければ持って行ってください。帰りも寒い」

「そうかい。じゃあ、遠慮なく」

「返さなくていいですからね」


 後姿に、カインは声をかけた。

 大司祭は振り返らずに手を振った。

 静かな足音は、やがて聞こえなくなった。

 静かな夜だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ