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目覚め

「おはよう、リオウ」


 カインの言葉に、笑いを漏らす。


「もう、夜中じゃない」


 おはよう、なんて時間じゃない。

 出した声はかすれていて、弱々しかった。

 あぁ、心配をかけただろうな。なんてことを考える。

 カインは穏やかに笑っているが、狭い小屋の中、乱雑に置かれた毛布や、乳鉢の中の作りかけの薬を見れば、彼がどれだけ手を尽くしていたかがわかった。


「ごめん、なさい」


 心配をかけたこと、暴走しかけたこと、いろいろなことが頭をよぎって、つい言葉が出た。

 記憶は鮮明だ。


「いや、俺の判断が遅かった」


 カインは首を振る。

 カインは自由に光の壁を抜けられた。魔王としての力は、闇は、それを可能にする。

 それをしなかったせいで、リオウや、他の者たちが危険にさらされた。

 リオウが律していた、今は亡き民の力を使わざるを得ない状況を作ってしまった。

 結果、人として月神殿を去るはずだった二人は、人外の者として月神殿から出ていくことになった。リオウの姿は隠したつもりだが、月神殿で二人がどう扱われているのか、今はわからなかった。

 おそらくはカインの弟である大司祭がうまく計らってくれただろう。そう思って、カインはわざわざ自分たちの扱いまでは調べようとは思わなかった。

 カインは人であることにこだわらない。人の身分があれば便利だと思う程度だ。リオウにもその身分を作ろうと思っていたのだが、今回がもしだめならば他にもやりようはある。

 そんなことより、カインはリオウが心配だったし、東の森の魔王として、すべきことが山積みだったのだ。


「リオウ、精霊と話したかい」

「えぇ」

「そうか」


 カインは魔王だが、精霊と言葉を交わすことはない。

 だから、眠っているリオウが、精霊と何をしていたかなど、わからない。


「私、本当の鞘になったのね」


 かすれたままの声で、リオウが言った。

 少し、水を飲ませる。


「そのようだな」


 彼女の変化に、カインも気づいていた。


「魔族が襲来した折、お前は精霊の力を使った。今は亡き民の力だ」

「えぇ。自身の身体との調整を見誤ったわ」

「そう。お前は自らの身体を傷つけていた。骨折、靭帯損傷、内臓もいくつか」


 飛躍的に高められた身体能力は、彼女の身体を傷つけた。

 際限なく振るわれた魔術は、精霊の力は、彼女の血を活発にさせた。結果、血に含まれる鉄が、彼女を内側から傷つけることにもなった。


「私の貸していた少しの力が、君の身体を修復し続けていた。魔王の特性は、不老不死だ」


 そして。

 今まで魔力で身体のうちに閉じ込めていた魔王の力の片鱗が、その魔力の籠から漏れ出した。修復を続ける魔王の力は、血と共に身体を巡り、彼女の身体を鞘へと変貌させた。

 その結果、まだ不完全な鞘であったリオウは完全な鞘になった。


「鞘になったんだ」


 カインはリオウの手を取る。

 左手の指先に、少し黒ずみがあった。

 怪我ではない。


「魔王と鞘は、神から役目を与えられる」

「えぇ、だから、私は神が嫌いよ」


 黒ずみは、こすっても取れなかった。

 彼女が一つ、役目を果たした証でもあった。


「精霊も、なのね。私の知らない、私の故郷の民のことを、とても悲しんでいたの」

「すべてだよ。感情を持つすべてのものだ」


 カインは言う。

 神は魔王に、役目を与えた。

 それは生贄だった。

 それは濾過装置だった。

 世界が抱えきれないほどの闇を。いわゆる負の感情を、魔王は引き受ける。

 そして少しずつその闇を、別のものへと変え世界に戻す。

 魔王と鞘、そして限られた数人しか知りえない、世界の仕組みの一つだった。

 世界中の多くの人々は、その事実を知らず、勇者を立てては魔王の討伐を試みていた。

 事情を知っている者からすれば、滑稽な話だった。

 けれど、それすらも無意味ではない。勇者も神によって気まぐれに選ばれるものだ。

 そして勇者を筆頭に、国が、世界が、魔王に敵意を向ける。

 魔王に敵意を向けている間、人同士での争いは幾ばくか減った。共通の敵を前に、足の引っ張り合いこそすれ、正面から争えるほど力のある国はなかった。

 それすらも、神の思惑だった。

 この世界は、神の造った箱庭だった。

 リオウは、だから神が嫌いだ。

 大好きな人を、苦しめるような世界が嫌いだ。

 カインは、すべてを知って納得している。

 自分の最期ですら。

 リオウはそこまで、物分かり良くはなれなかった。


「よくやったね、リオウ」


 カインが穏やかに笑みを浮かべて、リオウを褒める。


「うまく、できた?」


 カインがいいというのなら、当面はこの状況に甘んじよう、とリオウは思う。


「あぁ。彼らの憂いは晴れたろう?」

「そうね、きっと」


 確かに、精霊たちを苦しみから解放できた。

 それは必要なことだった。誰かがやらなければならなかった。

 けれど、もし。

 カインが神に弓引くと決めたなら。

 世界を捨てると決めたなら。

 役目など捨てて、カインと共に、世界の災厄になろう。

 口にすれば、目の前の優しい魔王は困った顔をするだろう。

 だから、リオウは口をつぐんだ。

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