とある日の4
観客は今か今かと舞台を凝視していた。
「大変お待たせいたしました!」
内心の動揺を押し殺して、サリエルは舞台に上がる。
「我らがリオウとレイチェに立ちはだかるは、正体不明、謎の旅人の二人!」
歓声が上がる。
その様子を舞台下で見ていた、リオウとレイチェが首をかしげる。
「様子がおかしい」
「謎ってなんだよ」
謎の二人組との試合が決まり、二人のもとへ戻ってきたサリエルは二人に頭を下げた。
異例のことだった。
「全力でやったほうがいい、ねぇ」
「強い相手か」
今までも強い相手はいたが、そんな助言をもらったことはない。
むしろこの一年は、負けたほうが賭けが面白い、と強そうな相手を連れてきていた。
そのサリエルが。
全力でやれ、と。
ごめんと頭を下げた次の言葉がそれだった。
その言葉の裏に何があるのかはわからない。
もしかしたらサリエルは、最後の戦いを勝ちで終わらせたいと思っていたのかもしれない。
それが無理そうな相手を自分が選んでしまった。
そのことに対しての「ごめん」なのだとしたら。
「楽しみね」
「あぁ」
彼はまだまだ、リオウとレイチェを理解しきれていなかった。
勝つことが決まった試合など、つまらない。
強い相手と戦って負ける方が、勝つよりよっぽど楽しいのだ。意義深いことなのだ。
すでに舞台に上がった二人組を、期待の眼差しで見る。
外套で顔は見えない。けれどその立ち姿に、強者の気配を感じた。
「行こうかレイチェル」
「レイチェルって呼ぶな」
先に歩くリオウの後を追う。
この二人での、サリエルとの三人での遊びも今日で終わりだ。
目一杯楽しみたかった。
その最後の相手が、全力を出せる相手なら。それほど幸運なことはない。
「よろしくお願いします」
レイチェの差し出した手に、女性が応える。握った手は固く、彼女の鍛錬の厳しさを物語っていた。
「よろしく頼む」
意外なほど低い、落ち着いた声だった。
筋肉質とはいえ、見る限り女性のそれだった。背は伸び盛りのレイチェと同じくらいで、女性にしては高い方だろう。
「えぇっと……」
「名前は内緒だ。好きに呼んでくれ」
外套の奥の顔が、笑ったように見えた。
「こちらもよろしく頼む」
青年が握手を求める。リオウが応えた。
「剣士さん、ですよね」
「あぁ」
「よろしくお願いします」
背は高いが、剣士にしてはガタイはそこまでよくない。帯刀している剣は普段見るものより細身だった。力ではなく、速さや技術で戦う剣士なのだろう。
「変わった剣ですね」
「あぁ、東北の方の伝統的な剣だ。刀、という」
道理で、掌のタコの位置が少しずれていたのか、とリオウは納得する。
「私の杖も、変わってるんですよ」
そう笑うと、リオウは手を放す。
「杖なんてどこに……」
そういう青年に、ここに、と自らの太もものあたりを指す。
布に覆われて見えないが、そこに装着しているのだろう。少しだけ布をめくると、白い棒状のものが見えた。
「じゃあ、握手も終わったなら始めるよ!」
サリエルが魔動拡声器を使って始まりの時を告げる。
壇上の四人はいったん左右に分かれた。
「女の人、魔術師じゃない。多分、弓だな」
「あの長いのが弓?」
「糸を張ってない状態だろう。指先の皮膚も厚くなってた」
「なるほど」
試合開始の合図があるまで、短い情報共有の時間だ。
「男のほうは剣士。東北の出身かしらね」
「東北って、武芸が盛んな地域があったな」
「変わった剣術を使うかも。気を付けて」
「じゃ、俺前衛な」
「じゃ、私後衛ね」
お互いの拳を合わせる。
準備が整ったのを確認して、サリエルが息を吸った。
「それでは、レイチェ、リオウの最後の試合!はじめ!」