自覚
「何度、死にかけたことか」
レイチェはうんざりした顔で呟いた。瞳には生気がない。疲れ果てていた。
久々に小さな町に寄った。今は小さなオンボロの食堂で、料理が来るのを待っていた。
「まぁ、生きているし良いんじゃないか」
ナギがなだめるように言った。
手には先に提供された果実酒。
今日はこのあたり一泊する予定だ。明日には東の森につく。
「まさか直進するとは思いませんでしたよ!」
レイチェが叫ぶ。
彼らは月神殿から東の森までの道を、まっすぐに来た。比喩でもなんでもなく、ただ真っすぐに。
崖を登り、魔物の住む渓谷を抜け、霧の立ち込める樹海に入った。月神殿を出た初日以外で、レイチェがゆっくりと休めたことはなかった。
一度うつらうつらしていたときに、魔物の群れに囲まれていた時にはどうしようかと思ったものだ。他の二人は揃っていびきをかいて寝ていた。
見張りは立てていたはずだったが、ミナトか、ナギか。どちらにせよ、気持ちよさそうに寝ていたことをレイチェは鮮明に覚えている。
初めてこの二人を殴りたいと思った瞬間だった。
「さて東の森だが」
運ばれてきた見た目にも食欲をそそられない料理に手を付けながら、ミナトが言う。
「広大な森だが、どこへ向かえばいいかの当てはあったな?」
その言葉は、レイチェに向けられたものだ。
「あぁ、はい。リオウの杖と、捜索魔術でなんとかなります。変な磁場とかなければ」
東の森は5柱の魔王の住処の中でも謎の多い森だ。正直どうなっているかはわからない。森全体に黒い霧がかかるとも、入れば毒で皆錯乱するともいわれていた。
確実に分かっていることは、一度森に入った者は、森に入った時の記憶の一切を失って出てくるということだ。
否。
「幸いにも出てこられた者」という方が正確かもしれない。
森から出てきた人数は、入っていった人数より少ない、という噂があった。
もっともその噂はこの小さな村で耳にしたのが初めてだった。
月神殿では、そんなところまで話は聞かない。
ただ、禁忌の場所といわれていただけだ。
「森の地図が欲しいところですけどね」
そう、口にしたレイチェは、ふと、あることに気づいた。
「ナギ様、ミナト様」
おいしくなさそうに食事をしている二人に声をかける。
二人同時に顔をあげた。
「お二人とも、ここへ来るまで方位磁石は使ってましたが」
普通はもう一つ、使うものがある。
「地図は、お持ちではないのですか」
レイチェルはこの数日、2人が地図を開いているのを見たことがなかった。
ただ、方位磁石の指し示すまま、東へと直進していた。
近道だ、追手を撒くためだ、と思って納得はしていたが。
そうではない可能性に気づいた。
「レイチェ」
食事の手を止めて、ナギが名を呼ぶ。
「紙を見て、一体何がわかるというんだ」
お前はバカなのか、といわんばかりの口ぶりだった。
「方向が合ってたら大体目的地にたどり着くだろう」
ミナトもナギの言葉の後に、とんでもないことを言いだす。
「普段は、ちゃんと道を通っているし、歩いていれば看板もある道標もある」
「すべての道は帝国につながるんだよ」
二人からそう力説されて、レイチェは一瞬、そういうものなのかと納得しかけた。
いや、おかしい。
それは違う。
「標高とか、川があるとか谷があるとか、危険度とか!わかるじゃないですか!測量士が何のために仕事してると思ってるんですか!」
「うーん。趣味?」
「娯楽」
「んなわけないでしょ!」
一緒に旅を始めて数日。
レイチェはこの二人との旅に、初めて不安を覚えた。
自分が、しっかりしなければ。




