東の森への道程
「泣いていいっすか」
目の前の切り立つ崖に、レイチェは開口一番そう言った。
「泣かないって昨日聞いたはずなんだが」
「俺も聞いた」
「意地悪だ!」
目の前の崖は、岩肌がむき出しで、ネズミ返しのように反り返っている場所もあった。
それだけならばいい。
レイチェも魔術師の端くれだ。飛ぶなりなんなり方法はある。
が。
岩肌の合間には食肉植物がいたるところに生えており、さらにその上には魔物の一種である三つ目鳥がいくつか巣を作っていた。三つ目鳥の気性は、荒い。中級の魔物ではあるが、崖を登っている最中に襲われれば厄介である。
「他の道はないんですか」
「近道なんだよ」
危険を冒すことのない道も、あることはあるらしい。
ただ、東の森へ着くまでに数日余計にかかってしまう。
それに。
「普通の道じゃ、追手が来るかもしれないだろ」
「まぁ。確かに」
今回は人目を避けて行かなければならない行程だ。多少の無茶は覚悟しなければならない。
「いや、でも食肉植物かぁ」
レイチェは遠い目をする。
「嫌な思い出でもありそうだな」
「その通りです」
神殿生の時、演習で食肉植物と対峙することがあった。まだ幼い時の話だ。
「食われかけました」
その時はカインがすぐに救出してくれたが、今でもあの生暖かい植物の腹の中の感覚は忘れられない。あと非常に臭かった。
それ以降、食肉植物は、総じて苦手だ。
「いや、今は大丈夫ですよ。普通に処理できます」
食肉植物は、実は珍味として有名である。
時折神殿生も遠足がてら狩りに行って、加工をして町で売ったりもしている。食事に出ることもあった。
だから、慣れているといえば、慣れてはいた。苦手なだけで。
「あぁ、食べるのもいいな。ついでに一株取っていこう」
さて、と一つの伸びをして、ミナトが手ごろなでっぱりを掴む。
「俺の後に続けよ」
「はい」
「後ろは任せろ」
ミナト、レイチェ、ナギの順で登る。
比較的安全な場所を選んで、時折食肉植物をミナトの風で斬る。
「なるほど。刀を構えなくてもいいって便利ですね」
これで食肉植物はほとんど問題ない。
「問題は三つ目鳥だな」
そろそろ巣にも近づいて、三つ目鳥の興奮した鳴き声が耳をつんざく。
「そういえば、子育ての時期か」
「一番気性が荒くなる時期ですね」
「集団で襲われると面倒なんだよな」
ミナトが新たなでっぱりに手をかけた瞬間。
ひときわ大きな鳴き声を合図に、三つ目鳥が三人を襲う。
ミナトは風の斬撃で難なく進めるが、レイチェは杖を背負った状態。ナギは矢を使えない状況だ。
「レイチェ、頼んだよ」
「え」
下からナギが声をかける。
確かに彼女の武器や加護では相性が悪い。
「あー、もう」
片手で握りこぶしを作る。
陣がなくても精霊の力を借りることができる、簡易魔術の一つだ。
三つ目鳥に向ける。三つ目鳥が落下する。
「そんなこともできるのか」
「グーは地の精霊の陣!って言っても、複雑なことはできないし、威力も弱いです」
効果範囲も狭い。
重力を大きくした今回の魔術も、すぐに効果範囲から外れてしまう。
落下しかけた三つ目鳥が、重力から解放されてすぐに羽ばたきを始める。
「やっぱ火の陣の方がよかったかな」
崖はまだ半分登ったところだ。順調に進んではいるが、三つ目鳥がうるさい。
食肉植物の破片が落ちてくるのも気持ちのいいものではない。
「火の陣は?」
「チョキです正確には、人差し指と中指で三角っぽいものを作ります。壁とか掌とかでもう一辺作って」
「水」
「小指を立てる」
「風」
「パーです」
「水だけじゃんけんできないねぇ」
「そうです、ね!」
ナギの質問に答えながら、三つ目鳥を追い払う。
「もう少しだ」
ミナトの声に、上を見上げれば、確かにあと少し、といったところだ。
「ミナト様」
丁度反った岩から、見えるものがあった。
「あぁ、二尾狼か」
その姿を確認して、何でもないような声で、ミナトが言った。
それは、魔物の一種、二尾狼の群れ。
「泣いて、いいっすか」




