とある日の3
「え」
サリエルは対戦表に書かれた大きなバツ印に思わず声を上げた。
次の対戦を予定していた相手が、急遽取りやめになったらしい。
「なんでよりによって今日!」
たまに、あるのだ。
午前の二人の戦いぶりを見て、午後の対戦相手が棄権する、というのは。
けれどそれが。
よりによって三人の最後の試合だというのは、あんまりな現実だった。
「うーん……どうするかな。二人はもう準備してるし」
何より観客も期待して集まり始めている。
「探すか」
荷物の中から用意していた看板を取り出す。
「対戦者募集」と書かれたそれを持って町を歩くのだ。うまくいけば、対戦相手が決まることもある。もちろんうまくいかないことも多い。
二人に声をかけて、サリエルは観客席へと向かう。
見物人の中にいいカモ……否、試合に参加するという善良な人がいるかもしれない。
できれば町の外の人間で、二人のことを知らなくて。
それなりに強そうな見てくれで、人数は二人がいい。
「こういう時には便利なんだよな」
耳を澄ませば、雑踏の中にたくさんの声が聞こえてくる。
その中に、たとえて言うならば膜を張った向こう側から声が聞こえてくる。
誰かの、心の声だった。
「お」
その中から、試合に参加してくれそうな声の主を探す。
「いいカモ発見」
目ぼしい声を見つけると、声の主のもとへ近づく。
「あのー、お二人さん」
青年と女性の二人組に声をかける。
青年は帯刀していた。おそらくは剣士だろう。少し細身だが、服の上からでもその身体が鍛えられていることがわかる。
女性は布にまかれた長い棒を持っていた。もしかしたら同業者の先輩かもしれない。それにしては装備に違和感があるが。
なんにせよ、相手としては好条件だろう、とサリエルは思った。
「試合に、興味がおありですか」
その言葉に、二人が振り向くまでは。