とある日の2
「やっぱりお前らが出ると賭けにならん」
つまらなさそうに司会の少年――サリエルが言った。
控室として三人が使っている喫茶店の一角だ。
賭け試合の儲けを計算しているところだった。
「お前らって、私見ていただけよ」
リオウがお茶を啜りながら言った。黒曜石の瞳が、サリエルをちらりと見る。
「ほんとに見てるだけだったな」
甘茶を飲みながら、レイチェが不満そうな顔をした。
「必要ないかと思って」
リオウの目算通り、拳闘士スワロはレイチェ一人に倒されてしまった。
あっけなく、もはや記憶にも残っていない。
「ほい、今の試合の取り分」
サリエルが二人に硬貨を渡す。
金勘定も手慣れたものだ。伊達に数年、この賭け試合をしているわけではない。
毎週休みになれば三人で、こうして賭け試合をしてきたのだ。
「ありがと」
「レイチェルは少し多めにしておいた」
「私が減らされているのね」
「働きに応じて、だ」
眼鏡を上げる。
報酬が欲しくば、それ相応の働きを見せねばならないらしい。
「サリエル報酬多くないか」
「正当な報酬だろ。相手をやる気にさせて試合に持ち込んだ。今回の試合に関しては僕の手腕が大きく貢献している」
「出たよ、読心のサリエル」
レイチェが顔をしかめる。
サリエルは特殊な能力の持ち主だった。
人の心の声が聞こえる。
単純に言ってしまえばそれだけの能力だ。
「人の心を読んでも、活かさなければ意味がない。下手をすれば気がふれる代物。その点、サリエルはきっちり活かしてくるから怖いのよねぇ」
読心の能力を持つものは、珍しいとはいえ他にも存在する。けれどその大半は、能力を制御できずに振り回されている。
「俺には無理だな」
「必要なのは情報処理能力だ。確かにレイチェルは無理かもしれん」
「おう、喧嘩売ってんのか」
レイチェがサリエル達を睨みつける。それを見て、サリエルはカラカラと笑った。
「お前の喧嘩なんて、怖くて買えないよ」
「確かに」
リオウも笑う。
「どういう意味だよ」
そう聞き返すレイチェに、リオウとサリエルはそろって口を開く。
「内緒」
見事に重なったその言葉に、顔を見合わせて二人が笑う。
その様子を見て、レイチェは困ったような顔をする。
「もしかしてバカにされてる?」
「してないしてない」
そう返す言葉も重なって、二人はまた笑う。
邪気のない二人の様子に、遅れてレイチェも笑い出した。
店内に三人の笑い声が響く。
楽しい、時間だった。
「おーい、午後の試合の時間だぞ」
店主が声をかけてきた。
「え、もうそんな時間!?」
「そんな時間だ。それよりお前ら、最後まで試合でいいのかよ」
「え?」
店主の言葉に三人が店主を見る。
「今日で最後なんだろ?」
季節は、春だ。
「もう卒業だろ?」
「あぁ、うん――」
彼らは神殿生の最高学年だった。
この春、卒業する。
卒業すれば、離れ離れだ。
「いいんだ。僕は月神殿に残るから、この町にはいつでも来られるし」
「俺は、まだ行先決まってねーけど、この町は確かに離れるなぁ」
「私も離れることになるけど」
サリエルは神殿の司祭付きになる予定だ。
レイチェは、この段になってもまだ身の振りが決まっていなかった。
リオウは少し離れた町の研究所に勤める。
「まぁでも、おじさん」
「私たちって言ったら、これでしょ」
「らしく締めたいからさ」
最後だからこそ、ここにいるのだ。
「そーか。じゃあ最後も勝ちで決めねぇとな」
レイチェとリオウの頭を、店主の大きな手がなでる。
「うん」
「おじさん、今までありがとうございました」
「いつでも茶ぁ飲みに来い」
「はーい」
三人で仲良く店の外に出る。
三人の後姿を眺めて、店主は感傷に浸る。
「大きくなったなぁ」
「お父さんは年取ったよね」
後ろからの娘の声に、店主は振り返る。
「お前はかわいげがなくなった」
「それよりさ」
対戦表をひらひらさせる。
「有終の美ってやつを、飾れるかしらねぇ」