キミシニタモウコトナカレ
全力疾走する。強化された肉体は、通常ではありえない速さを生む。
けれど目の前には障害物が多い。
瓦礫、散乱した机、魔物。それらを迂回するか、倒して進むか。
どちらにせよその分時間を失ってしまう。
だからサリエルとレイチェは、まっすぐ走った。
リオウの言葉の通り、前も後ろも気にはしない。
二人の背後から追い風が吹く。
二人を追い越してその風は、障害物を排除する。リオウの起こした風だった。
横合いから襲い掛かる魔物は、ミナトの斬撃が切り刻み、ナギの矢が打ち抜く。
サリエルとレイチェの前に道が開かれる。
二人は下級生を抱えて、ただひた走る。
三人もその後についてくる。
あと少しで光の下にたどり着く。
神殿生の保護にまわっていた他の司祭達も、ほぼ帰還しているようだった。
月神殿の魔術師は、弱くはない。
月神殿は数多くの魔術師を輩出する教育機関でもあるが、傾向として攻撃力の高い魔術師を輩出してはいない。もちろん個々人で攻撃が得意な魔術師もいる。が、教育として、攻撃魔術に力を入れてはいないのだ。では何に力を入れるか、といえば、治癒魔術と防御術である。
攻めより守りに特化した月神殿の魔術師達は、倒しづらい。傷ついてもすぐに治癒し、疲れても回復する。肉体は強化され、攻撃は届かない。
一部では、月神殿の魔術師を不死身の大隊と評する者たちもいる。
そして、月神殿の大司祭の光。ありとあらゆるものを包み守る力。
月神殿は守ることにかけては他の神殿の追従を許さない。絶対的な守護の神殿だった。
司祭達の、そして神殿生達の無事を見て、一瞬気が緩んだのは否めなかった。
おそらく光の間近で、安堵したのは彼らだけではない。
あと一歩、というその時、サリエルは見てしまった。
聞こえた声の方向へ、目を、遣ってしまった。
そこには神殿生を庇い、倒れんとする司祭の姿があった。
下級の魔物に交じって立つ、人型の魔物の姿があった。
――致命傷だ。
一目見ただけでも分かった。
神殿生を光の方へと突き飛ばした司祭は、背後から胸を貫かれていた。
血にまみれた魔物の手が、司祭の身体から突き出ていた。
汚れを払う様に、魔物は手を振る。
司祭の身体は地に転がり、無数の魔物に囲まれ見えなくなった。
「……っ」
サリエルの足が止まる。
助けよう、と思ったのかそれすらもわからない。
ただ、足が止まった。
サリエルは、彼を知っていた。
ノエル――書庫の管理をしている司祭だった。
書庫で騒げば睨まれるが、優しい人だった。本をよく借りに行っていたサリエルは、何度も彼と言葉を交わしている。
その、彼が。
「サリエル!」
レイチェがサリエルの腕をつかむ。
「立ち止まるな!」
レイチェがサリエルを引っ張る。
「あ、あぁ」
そう。今は一人の死に引きずられている場合ではない。
緊急事態なのだ。そういう時なのだ。
レイチェに背中を押され、光へ足を踏み入れる。
「レイチェル!」
次はレイチェルの番だ。
レイチェに手を伸ばす。
その行く手を遮るように、赤い鱗が目に入った。大きな爪が、床を抉る。
「……っ竜」
大講堂の壁を壊したものではない。中型の竜が降りてきたのだ。
その目はレイチェを見据える。標的を決めたようだった。
完全に、分断された。
「くそ」
レイチェは悪態をつく。
サリエルが出ようとするのを、周囲が押さえつけて止める。
光はすぐにでも閉じてしまう。
抱えている神殿生だけでも、無事に届けたかった。
けれど、この状況では……。
ごう、と強い風の音がした。竜の鱗の表面に裂傷が走る。
砂が舞い、竜の視界を奪う。同時に竜の足元が大きく揺れた。地面が隆起し、棘となって竜を襲う。
岩の棘は、鱗に阻まれ先端から崩れてしまう。
ナギの放った矢は竜の膝裏、鱗がなく比較的柔らかい箇所に突き刺さる。
竜が咆哮を上げる。
攻撃のもとをたどれば、ミナト達がいた。
「硬いな」
竜の鱗は攻撃を通さないといわれるほど、硬い。高価な武具や防具には、竜の鱗が使用されていることもある。
けれど衝撃は感じたのだろう。竜はミナト達三人の方へ視線を移す。
「障壁、展開」
レイチェは二人の神殿生を包み込む球体の障壁を張る。
「もう、大丈夫だからな」
自分が動けばまた竜の注意を引いてしまう。
だから。
「サリエル、頼んだ」
「レイチェ!」
球体に包まれた二人の神殿生を、光に向かって投げる。
サリエルと、その隣の教官が受け取る。
光の外にいるのは、もうレイチェ達だけだ。
「早く、こっちへ!」
行きたいが、状況はそれを許さなかった。
レイチェとリオウが目を合わせる。
――あぁ、考えることは同じだ。
二人は同時に叫ぶ。
「閉じろ!」




