火事場
焦げた臭いがたちこめている。嫌な臭いだ。食欲が失せるような、僕の鼻に突き刺さる感覚がする。赤鬼が料理作るっていって火事起こしかけたときと似ているな。あの時はホントに死ぬかと思ったよ。でもこの臭いはあの時とは比較にならないくらい酷いものだ。僕が前に進む度にその臭いは強くなる。相当爆発の火力が強いらしい。
割れたガラスが床に散乱していて踏みしめる度にガリガリ音を立てる。店内の様子からして何かのカフェのようだ。さっきの刑事さんは確かにこの中に入っていった。おそらく奥の調理場にいるのだろう。僕が駆けつけると向こうもすかさず僕に気がつく。心底驚いてるみたいだ。
「あ、貴方、どうして戻ってきたんです!?と、というか事件現場は関係者以外立ち入り禁止です!」
「君が僕の荷物カチカチにしたまま行っちゃうからでしょ?ほら、戻してくれない?」
「だ、ダメです!戻したらそのまま逃げる気ですよね!絶対逃がしませんから!」
「逃げないよ!」
逃げるけど。案の定僕の嘘を見透かして睨んでくる。そんなことはさておき、刑事さんの傍には一人の男がうつ伏せに横たわっていた。爆発に直接巻き込まれたのかその背中は黒く焼き焦げている。ガラスも刺さっているのか血の匂いも空気に混ざってむせ返りそうだ。
「出血が酷い……一刻も早く救助しなければ!」
「ちょっと待って!その人の傷、刺傷だよね?爆発に巻き込まれたものとは訳が違うよ。」
「はい、爆発でガラスが割れて刺さってしまったのかもしれませんよ。」
「シャツが焼けてるのは背中側、もし爆発で刺さったのなら背中にないと不自然だ。しかも正面の傷だって顔を除けば腹部の傷たった1つだけ。」
「爆発に巻き込まれたにしては正面側の傷が綺麗過ぎる、という事ですか……こうなると爆発も事故と考えにくいですね。この方の殺害を企て、その処理に爆発を利用した可能性がでてきます。」
カフェ店のガス漏れの爆発事故、それを装った殺人の可能性。ちょっと面倒なことになってきた。ニューヨーク、この街は僕を休ませる気なんてサラサラ無いらしい。不法入国の僕をこの街が妨害しているのか?どうもただの事故に巻き込まれたのとは違うみたいだ。
「と、とにかく考えるのは後にしましょう!この方を速やかに避難させます!」
ダイヤモンドが怪我人の肩に手を回す。その時、刑事さんの背後、オレンジ色の光が膨らむ。第二波の爆発……?まずい、間に合わない!!
「【A.C.E.】!」
それこらは小さな太陽ができたようだった。視界が赤と黄と光で埋め尽くされる。でも衝撃も爆風もいつまで待っても僕を焼きこがそうとはしない。
恐る恐る目を開けるとその理由が分かった。刑事さんの能力だ。僕たちの周りに結晶の障壁が作られていたのだ。僕たちを守る盾のようにぐるりと取り囲んでいる。
「危ない、ところでした。」
引きつった笑みで刑事さんがへたり込む。さっきの超反応に自分でも驚いているようだった。火事場の馬鹿力というか、追い詰められた人間が出せる限界の反応だったのだろう。
「助かったよ、死ぬかと思った。」
「甘く見ないでください。これでも、一応プロですから。」
経験は未熟みたいだけれど、なるほどね、腐ってもエリートさんだ。立ち回りや判断力は能力の高さが垣間見えてる。侮ってたら痛い目みそうだね。
刑事さんはヨロヨロと立ち上がり、また男の救助に取りかかる。女性一人では重いようなのてま僕も男に肩を貸してやり、2人で入口へ向かった。
外は既に消防隊が到着済で、非常線が張られていた。煙臭かった店内に比べると天国のようなうまい空気、少し深く息を吸っておく。
怪我をしていた男は慌ただしく救急車に乗せられてあっという間に消えていった。呼吸・心拍は弱っていた様子だがおそらく大丈夫だろう、根拠はないけど。
息をついてアスファルトに腰を下ろしたとき、また飛び上がるような怒鳴り声が僕の耳を突き刺す。
『どこほっつき歩いてんだエースっ!職務怠慢たぁいい度胸じゃねーかおらぁ!』
……びっくりした、隣で通話中だったエースの電話ががなり立てる。エースは気をつけのポーズのままガタガタ震えていて今にも電話を取り落としそうだ。
「す、すみませんすみません!必ずこの埋め合わせはしますからぁ……」
『事情は聞いてる。張り込みとちったのはいい。けどな、しくじったなら早く俺に報告しろってんだよっ!仕事舐めてんのかっ!?』
「け、決してそんな訳では!私の、不徳の致すところであります!」
『よぅし、いつも言ってるよな。てめぇの失敗はてめぇの仕事で取り返せ!っしゃオラァ!』
「はいっ、しゃーおらー!」
大変アグレッシブな掛け声とともに電話が切れる。会話がダダ漏れだったけれど大丈夫だろうか。刑事さんもこんな体育会系のノリの中大変だなあ。火災現場にいるときより電話してる時の方が緊張してたくらいだよ。
「大丈夫?けっこう……厳しそうな上司みたいだけど。」
「隊長は厳しい方ですけれど、でも意外と面倒見のいい上司なんですよ。よく叱られるのも事実ですが……失敗した分、自分で取り返すしかありませんよね!」
苦笑いを浮かべる彼女だったが、その顔に嫌気の色は全然ない。いい上司というのはお世辞ではなく本心で言ってるみたいだね。
「その事なんだけど、僕のせいでお仕事邪魔しちゃってごめんね。迷惑かけるつもりじゃなかったんだ。」
さっきの怒られようからして僕はけっこうやらかしてしまってるみたいだ。その責任を全部負わせられているみたいで、さすがの僕も気が引けた。
「い、いえ!私一人ではあの方の救助も遅れてどうなっていたか分かりません。こちらこそご協力頂いて、感謝しております。」
そういうと彼女は深々と頭を頭を下げる。だが、頭を上げた彼女の顔は複雑な表情を浮かべていた。
「ですが私も警察の人間です。未登録の超能力者を見過ごすことはできません。逮捕するとまではいきませんが何かしら対処させていただかないと……」
そこはやっぱりまだお堅い刑事だな。そこで僕はようやく本題について切り出す。
「ねえ、取引しない?迷惑かけた分と未登録の件の分、僕も刑事さんのお仕事手伝うよ。だから僕のこと見逃してくれないかな。あ、それとこのケースも元に戻してね。」
「で、でも……」
「お願いだよ、ガーディアンとはあまりいい思い出なくてさ。」
彼女は少しの間黙って考えこんでいた。物事をいろいろと天秤にかけて迷っているんだろう。そして、
「……はあ、仕方ありませんね。今回だけ、特別なんですからね?」
その言葉を聞いてホッと肩をなでおろす。やっぱりダメですって言われたらもう強硬手段しかなかったからね。
「ですが、もしクローバーさんの働きが不相応だと思いましたら、あなたの事は上に報告させていただきます。」
「それで構わないよ。」
僕はそう言って、結晶漬けになったバイオリンケースを差し出した。