クリスタル
嬉しくない再開にコンサートの余韻も台無しだ。口をへの字にひん曲げてエース・ダイヤモンドを睥睨してやる。ホントに面倒臭い人種だな。一歩後ずさるが後ろは閉館したコンサートホール。とても逃げられるものじゃない。
「逃がしませんよ。」
手でピストルの形を作り、それを僕に向けてくる。まずいな、彼女がどんな能力者か分からない以上実力は未知数。銃のはサインからみて中遠距離系の能力なんだろうけど……しかもこちらは能力が若干露呈している。この情報の差は明らかに僕が不利だ。なんとか、突破口を見つけないと。もう、あの手しかないな。数秒の沈黙の後、僕は素早く手を挙げる。
「分かったよ、もう逃げない。僕も追いかけっこするの疲れたしさ。」
そうヒラヒラと両手を上げて投降する。逃げてもどうせまた追いつかれそうだしね。
「あ、あれ?えっと、逃げないんですか……?」
そんな逃げる様子のない僕にエースは拍子抜けしたみたいに固まっていた。が、またハッとしたように気を取り直して手の銃を構え直す。
「では、ご同行していただきます。」
腰のポケットから手錠を探そうと一瞬気が逸れたのを見逃さない。ドゴッ、至近距離からエースに膝蹴りを食らわせる。それを見た周囲の人が何やら騒いで怒鳴っている。本当に申し訳ない、すぐ終わらせないと。
「かっ……くはっ……!!なん……で……」
後ろに吹っ飛んだエースは苦しそうに腹を抑えてうずくまる。しかし、右手の銃サインは解かない。なるほど、彼女も一応はプロということか。でも、やっぱり甘いかな。
「やっぱり君は新人さんだね。逃げないとは言ったけど戦わないとは言ってないよ。」
我ながら卑怯すぎる手だと思うけど、非常事態なんだからしかたないよね。その隙が命取りなんだよ、刑事さん。すぐさま抜いた万年筆をエースへと投擲する。狙いは右目、相手も相手だし直撃するとも思えないが。顔への攻撃はそれだけで精神的恐怖を植え付ける。
「A.C.E.!」
エースが銃サインで撃つ。指先から閃光玉が放たれ、空中で万年筆と接触する。金属がぶつかった独特の金属音がして僕の万年筆が弾き返された。それをキャッチして二投目を投げようとした時、万年筆の感触に違和感を覚える。
「なんだ、これ……結晶?」
万年筆は形はそのままに表面を半透明の結晶が広がっていた。光に当たったものを結晶に変える、そんなところか。直受けしたら1発でアウトだな。というか、能力名A.C.E.ってそのまんま過ぎやしないだろうか。
「暴行罪及び公務執行妨害の現行犯ですよ、ジャック・クローバーさん。」
「なんで僕の名前を知ってるのかな?」
「そのヴァイオリンのケースに書いてありますよ。」
「……なるほど。」
後で消しとこう、僕はそう心に誓った。
「A.C.E.!」
また2発目を発射してくる。手の方向からどこを狙ってるのかはだいたい分かっている。足を結晶化させようとしているのだ。まず逃走の選択肢を絶たせようというのか。すんでのところで飛び退いて躱す。さっきまでいたところが結晶になって固まっていた。やっぱり怖いな。最初に直接攻撃しなくて正解だったよ。
(じゃあ、こっちもR.C.T.で頑張らないとね。)
発動に備えて静かに息を止める。強い分発動条件も厳しいというのも嫌なものだ。相手はもう三発目の照準を合わせている。考えてる時間はない。気絶させないと、最悪殺しても仕方ない。
「A.C.E.!」
聴こえた瞬間に僕も能力を発動させる。僕は勢いよく街灯の柱に垂直に着地する。R.C.T.は息を止めている間だけ物を引き寄せる。しかし、動かないものに対しては自分自身が引きつけられるというルールがある。
「消えたっ!?」
エースは驚いてるみたいだけど僕は上だよ。能力解除とともに街灯を蹴り上げ、その推進力を利用して逆ロケットのように真上から襲いかかる。完全な奇襲が成功した、かのように見えた。完全な死角からの攻撃にもエースは瞬時に反応する。
ドゴッ
振り下ろそうとした腕を直前で受け止められ、重々しい鈍音が耳に残る。すかさず銃サインを向けようとする手を振り払いながらまた互いに距離を取る。
「さっきのはキマッたと思ってたんだけどな。流石の反応速度だ、若いのに少尉の階級なだけあるよ。」
「ありがとうございます。でも、いつまで余裕な顔でいられるんですかね。それ、大切なものなんですよね?」
「……っ!……いつの間に。」
僕の背負っていたヴァイオリンケースにはパキパキッと音を立てて結晶が広がっていた。慌ててケースから身を引く。幸い僕の体まで結晶化は広がらなかったようだ。
「ティミー、大丈夫か!」
「てぃ、てぃむ!」
良かった、ケースの中まで結晶漬けにされていたら完全にアウトだった。僕としたことが相手を舐めすぎたか。初めて僕の顔が曇る。その時、
ドウウウァァ!!
エースの後方から爆発音が響いた。爆風でエースのコートがたなびく。事件?事故?エースもわけも分からないまま立ち尽くしている。
「ほら、僕なんかに構ってていいの?」
「うう……つ、次は逃がしませんから!」
頭硬そうな真面目さんでも優先順位くらいは冷静に判断できたようだ。バイオリンケースを僕をキッと睨み、騒ぎの向こうに飛び込んで行った。それが最善策だろう。さて、この間にずらかるとしようか。そう思い背を向けた時、
「てぃむ〜!」
バイオリンケースの中からティミーの声が聞こえる。
「こ、これ、どうやったら消えるんだ?」
結局刑事さんが去った後もケースはカチコチのまま開く気配が無い。
「ああもう……めんどくさいなぁ……!」
いつもよりずっしりとしたバイオリンケースを背負って、僕は刑事さんの後をおった。