デコボコチームメイト
「はあ、最近のお巡りさんって本当にしつこいな……」
人気のなさそうな路地裏に身を潜めてまわりの様子を伺う。あの後結局大の大人二人で尋常な鬼ごっこをする羽目になった。一応はあの新人捜査官もプロ、振り切るのはかなり難しかったな。僕も元プロとはいえブランクがあったのは本当に危なかったと思う。まあこれで少しは勘を取り戻せた感覚がある。
「それで、隠れてるつもりかな?僕に何の用だい、こねずみさん。」
いまの意識が研ぎ澄まされている僕には容易にその存在が分かった。背後に一人、潜んでいるやつがいた。あの捜査官ではないようだけどこれはこれで厄介そうな人だ。とはいえこちらも、こっちもさっきの公園と追いかけっこで十分ウォーミングアップは済ませてある。いつ不意打ちされても100%対応できるよ。
その時、路地奥の暗がりからゴミ箱が投擲されてきた。とっさに屈んで避けつつポケットから万年筆を取り出す。武器を持っていない僕にはこれがメインウェポン。ゴミ箱の中身が路上に散乱したと同時に、間髪入れず襲撃者はこちらに突進してくる、手にはそこで拾ったものらしき鉄パイプ。さっきと打って変わって、小ネズミはこちらの方で相手が野良ネコといったところかな。ゴミ荒らしてるし!
「いきなり武器って卑怯じゃないかなっ!」
そいつが勢いよく鉄パイプを振り下ろそうとしているのを見て、伏せていた僕はダンスのスピンを決めるように足を振り抜き、足払いと立ち上がる動作を同時に行う。相手は案の定バランスを崩し、鉄パイプの狙いが逸れたおかげですぐ横のコンクリートにぶち当たる。ばごっ、そんなふうな音がしてコンクリートが粉砕された。当たってたら本気で死んでた……
そこで隙が生まれる。僕は逆手に持った万年筆を相手に突き出した。が、うまく鉄パイプで防がれる。いま僕達は互いに超近距離戦になっている。相手が間合いを取ろうと下がるがそれを許す僕ではない。ぴったり付き従って鉄パイプを封じる。そのままボクはイクスを発動させる。
(R.C.T.っ!)
僕のイクスはR.C.T.、引力をコントロールする能力。その力を自身と対象の間に発生させるのだ。つまり人でも物でも自由に引き寄せることができる。公園の男が妙な動きを見せたのはそのせいだ。一見便利な能力にみえるがその分制約もある。息を止めている間、その間だけが能力を発動できる期間だ。長時間の使用はできないし動けばその分使用時間も減ってしまう。だからこの相手にも短期決戦だ!さっそく暴漢の得物を奪い取れた。そのまま丸腰の相手にそっと手のひらを向ける。角度は考えているから死ぬことはないだろうが……
次の瞬間相手が勢いよく吹っ飛ばされた。相手と手の間に引力を生み出したのだ。磁石のS極とN極が引っ付き合うように僕の手は相手に掌底を叩き込んだのだ。その勢い余って、相手の体は2、3メートル宙を舞って落下する。すかさず飛びかかり腕を足で押さえ込み、喉元に万年筆を突きつける。
「いきなり僕を襲う癖、どうにかしてくれないかな、乙姫。」
僕が対峙していた相手は知り合いだった。歳は17、8歳でまだうら若い。さざめく海色の長い髪は美しく、とても繊細な色合い。髪を頭上で二つの輪っかをつくるような、見方によっては八の字をかいているようにも見える結びをしている。目も髪と同じく蒼色の瞳、どこまでも澄んだ深い青。容姿でいえばさながらおとぎ話のお姫様といったところの美しさ。その容姿とは反するように黒目のブラウスにジーンズを着てカジュアルな服装、僕の知っている竜宮 乙姫に間違いないだろう。
組み伏せた状態のまま、僕が続いて話しかけようとしたその時、乙姫は金切り声を上げる。
「きゃああああ、痴漢よ変態よ!誰か助けむぐぅっ!?」
「君ちょっと黙ってくれないかな!?いきなり何を言い出すのさ!」
「ケホケホッ、もう、ちょっとからかっただけじゃない……分かったから離しなさいよ。か弱い女の子なんだから。」
「なんでからかったのかはよく分からないけど、とりあえずか弱くないってことだけは分かったよ。」
「どういう意味よ!」
僕が拘束を解いてやると少しむせながら乙姫は立ち上がる。さすがに怪我をしないように軽めに押したつもりだったのだが、それでもやはり手荒になってしまった。まあ、彼女も鉄パイプで滅多打ちにしようとしていたので謝らないでおく。
「君はいつもいつも、なんで僕を襲ってくるのかな。」
「サプライズって嬉しいじゃない?」
「サプライズっていうかアクシデントっていうか……」
しかし言動には悪びれる様子は欠片もないらしい。もう興味も無さそうに髪を整え始めた。からかい半分に襲って叫び出すなんて本当に勘弁して欲しいものだ。最近の若い子は時に音楽解釈よりも難解で意味不明。演奏も理解せずに指揮棒を振り回す子供みたいだ。いや、子供は話が通じるから犬の方が近いかな。それはさておき、耳を澄まして誰も来ないことを確認しておいてから尋ねる。
「どうしてここに?」
「私と赤鬼でアンタを探してたのよ。先に行くって言ってたくせにコンサート会場探しても全然いないんだもの。それでアンタが見つかったと思えば取り調べ受けてるみたいだったから赤鬼を差し向けたってわけ。ホントにアンタなにやってんのよ。」
呆れた口ぶりが少々癪に障るが、たしかに……道に迷うわ職務質問されるわ僕としたことが下手を打ってしまっていた。大事にもなっていないし、これは二人に窮地を救って貰ったというところか。とはいえ叫ばれる筋合いはないけれど。
「ま、思惑通りあの人がアイツにドン引きしてたから助かったわ。」
「赤鬼にかかればどんな女性も逃げてくからね。」
「おいおい、おめーら!人のいねーところでおいらのことディスってんじゃねーよ!」
「はは、噂をすればってやつかな。さっきは助かったよ、赤鬼。」
目の前に現れたのはさっきのナンパ男、鬼ヶ島 赤太郎。僕の知人であり行動を共にする仲間である。僕は頭文字の漢字を取って赤鬼と呼んでいる。さっきは他人のフリをしてやり過ごしたが、彼もまた僕を追ってきたようだ。さっきまで捜査官の女性に向けていたような優しい笑みはどこへやら、表情がすっかり悪ガキの見せるそれだ。
「へっ、おめーがヘマやらかすってのも珍しいかんな。貸しにしといてやんよ。」
「はいはい……そういえば、さっきの女性はどうしたの?」
「うっせ、聞くんじゃねーよ。」
彼はそう言って苦々しく口を歪めた。彼の表情からするとナンパは失敗したらしい。まああの状況で成功するとも思えないから妥当か。毎回ああやって見ず知らずの女性に話しかけては誘いを断られているのがいつもの通例だ。その鋼のメンタルだけは見習うべきものがある。
赤鬼は名前の略称、鬼ヶ島の鬼と赤太郎の赤でもじったものだ。その名の通りの真っ赤なツンツンした髪で二本角が伸びているようにもみえるくらいだから相当だ。ちなみに歳はちょうど20歳、僕より5歳も年下なのだけれど、タメのように話しかけてくるフレンドリーな人。
「てぃむ?」
騒がしくなってきたのに気付いたティミーがケースの中でぴょこぴょこ動き出す。出たそうだったので出してやると、いきなり赤鬼の頭に飛びついた。
「うお!急にびっくりすんだろティミー。はは、おめーのご主人様はこんなせめーところに閉じ込めておいてひでーよな〜。」
「てぃむてぃむっ。」
「ダメだよティミー、そんな男の頭にいるとバイ菌が移るぞ。」
「堂々と人をバイ菌扱いしてんじゃねーよ、小学校なら学校裁判沙汰だぞ!おめーの脳みそは小三レベルか、あん?」
「冗談キツいな、ボクが小学生なら赤鬼なんて人間レベルとして計れるかも怪しいじゃないか。」
僕達は互いに額に青筋を浮かべて胸ぐらを掴み合う。彼とは何かしらの決着を着けないと上手くいかないらしい。
「何くだらないことでケンカしてんのよ……」
「てぃむ〜。」
一人と一匹からの呆れた視線が突き刺さる。
「で、それはともかくして、さっきの女はやっぱりまずいわね。この接触でガーディアンのジャックへの警戒度が間違いなく上がったわ。イクス持ちってこともバレたみたいだし。」
乙姫の珍しく言葉に真剣味が混じって言う様子に勢いを削がれた僕たちは掴み合っていた手を離して話を聞く。
「うん……2度目の遭遇は避けた方がいいね。気をつけておくよ。」
「てぃむてぃむ!」
「おいおめーら、ティミーがさっさとコンサート行こうぜってよ。早くしねーともう始まっちまう。」
「仕方ないわね、話は後よ。」
珍妙な三人と一匹が路地の奥に消えて行く。見た目も性格もバラバラな僕たち、それでも進む道はどうも同じようだった。僕は腕時計の時間をチラリと確認してから、2人の後を追った。