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ピルグリム・ファーザーズ  作者: らいとぱ
2/6

ダイヤのエースと赤い鬼

久しぶりにかいてみたてす。

「えーっとスマホスマホ……お、あった。警察に発信してっと……もしもし、警察ですか?はい、事件です。ニューヨーク郊外の公園の……はい、グラマシー・パークです。ナイフを持った男に襲われました。あ、怪我人はゼロでもう無力化してるんで大丈夫なんですけど……はい、逮捕の方をお願いしますね。出来るだけ早く……はい、それでは。」


 僕は通話を切り、少々拝借させて貰っていたスマホをのびた男の内ポケットに戻しておく。一応気を失ってから彼の着ていたジャケットで手と足を縛って置いた。自力で逃げ出すことは不可能だろう。これでコイツも野放しにされる羽目にはならない。僕としては犯罪者の一人や二人どうなろうと構わないが、音楽を馬鹿にした奴に自由なんて有り得ない。ただ一つ気がかりなのは、自分もちゃっかり不法入国しているので警察に顔は合わせられないという点だろう。だが断じて人に迷惑をかける真似はしていないのでギリギリセーフ……と信じたい。と、いう理由で、ここにい続けるのはマズいわけだ。


  「ティミー、さっさとズラかるぞ。早く中に入ってくれ。」


 僕は開いたギターケースを差し出す。しかし、ティミーは言うことを聞こうとせずに肩に居座る。


「ティム!」

「わがまま言わないでくれよ。君を見られるのはいろいろとまずいんだ。」


 ティミーとの出会いは一年前、ある人から手渡されたヴァイオリンケースの中に入っていた。それは見たこともない生き物だった。黒い毛並みのふさふさしたボール状の生き物。それとは正反対の白くてクリクリとした2つ丸い目に、小さな口がついた半径2cm程度の小さな毛糸玉のようなものだった。足と手は無いようで、目立たないが丸まっていた柔らかな耳がひっそりとあるのが分かる。初めは警戒していたが、それほど害が無いのと基本人懐っこく、加えて僕と同じ音楽好きな性格もあって、僕たちはずっと一緒に生活してる。どんな生き物なのか家族はいるのかは全くの謎だったが、僕はあまり知りたいと思わない。ただ僕とこいつが最高の親友であるという事が分かっていれば充分過ぎる。ティミーは渋々といった様子で、ヴァイオリンケースに飛び込む。彼の定位置は何年経ってもあの中しかないらしい。そのケースを閉じようとすると、あることに気付いた。


「鍵、壊れてるのか。」


 ケースの留め金が上手く留まらないようなのだ。一応ロックはできるのだが、ふとした拍子に戻ってしまう。さっき、閉められていたはずのケースから出ることができたのはこの為だったのだろう。一応ギターはマジックテープで固定されているものの、これは流石に落ちてしまわないか不安が残る。また修理に出さないといけないと心に留めて、ケースを背負う。


「ちょっと貴方!」


 そんな声がかけられたと思ったうちに、僕の襟首は引っ掴まられる。とっさに抵抗する間もなく、僕はその手になされるがままに引きずられていく。そして路地裏に連れ込まれたと思うと壁においこまれてしまう。これが噂に聞く壁ドンとやらか。唯一残念なのは相手が僕よりも小さくて見上げられるという点ばかり。

 160cmあるかないかくらいのその女性はベージュのトレンチコートに身を包み、青淵のメガネをかけている。髪は透明感のある長い銀髪で、それをポニーテールにして結んでいる。化粧っけがなくて全体的に地味な印象の女性だ。年齢は見た限り僕より数歳年下の元気な若者といった具合。僕は突然の出来事に数秒間目を瞬かせていたがとりあえず話しかけてみる。


「えーっと……お嬢さん、何か用?」

「ええ、すっごく用がありますね。」


 あきらかに興奮している女の目には怒りや悔しさが入り混じっており、鋭く僕を睨みつける。別に怖い訳では無いけど、彼女の圧がすごくてちょっとまごついてしまう。そんなに怒るまで彼女に何かした覚えはないのだが。


「さっきの貴方が殴った男のことです!」

「え、あの男の……君、まさかアイツのガールフレンド?」

「ちっがぁーう!そんなわけないでしょう!私はガーディアンのエース・ダイヤモンド少尉です。貴方のせいで泳がせてたターゲットが台無しじゃないですか!」


 そういって胸ポケットから取り出した手帳には、なるほど、確かに「ガーディアン・スキッド所属少尉、エース・ダイヤモンド」と記載されている。ガーディアンは世界中の国々が所属している治安維持機関だ。その全容は超大規模で毎年国家予算顔負けの寄付金で運用されている、などともっぱらの噂であるが本当かどうかは分かっていない。その業務は一般警察・軍関連の総合した内容であるが、最も特筆すべきは捜査・戦闘において所属する全員がイグジストだというところだ。スプリウム粒子を血液中に注入し適応した者だけを人選しているのだ。彼女の言葉から推測するに彼女も捜査関係者、イグジストということになる。話を聞いた限り確かに不自然な点は見当たらない。

 だいたい話が掴めてきたが、どうやら僕には不都合な状況らしい。僕自身、ガーディアンとは前にも面識はあるがあまりいい思い出ではない。関わりあいたくもないのが本音だ。


「おとり捜査ってところかな……?」

「ええ、彼はデカい麻薬組織の下請けの下請けでした。アイツの上を追っていけば密売ルートを特定できたはずなのです!その苦労が水の泡……この気持ち分かります!?」


 なるほど、結果僕は彼女の仕事を妨害してしまったわけだ。たしかにこの山は大きそうだし、それなりに彼女も本腰を入れて捜査にあたっていたんだろう。悪いことをしてしまった……でも、


「そっか、それは悪い事をしたねダイヤモンドさん。でも、こちらだってナイフで刺されそうになったんだ。文句を言われる筋合いはないよね。」


 やられっぱなしというのも気に食わないから、反撃はさせてもらうよ。年齢的にもまだガーディアンの中でも新人のようだし、ここでちょっと教育指導をしないと。


「確かに捜査の邪魔をしたのかも知れないけど、君達ガーディアン側にも責任があるんじゃないかな?一般市民に対して簡単に接近を許すくらいの甘さの張り込みや、さっき購入していった女性への対応。危機管理がまるでなっちゃいないね。」


 急な反論にダイヤモンドさんは言葉を失っている。一つの事に集中してあたるのはいいことだがこの仕事には広い視野と判断力が求められる。一つだけではダメなんだ。


「君はまだ新人みたいだけど、現場ではそんなの言い訳にならないよ。その手帳を見せびらかす以上、一人のプロとして責任をもって行動しないと今後の業務に……」


 そこまで言って一度言葉を切る。さっきから目の前のダイヤモンドさんが母親に叱られた子供みたいに意気消沈して黙りこくっていた。こうなってしまうと流石に何も言えない。何か、フォローをしないと……


「え、えーっと、ごめん、ちょっと言い過ぎたかも。まあさっき言った通り新人みたいだし、最初にこういう失敗があれば気も引き締まるしさ、大きな失敗する前でよかったと思うよ、うん。」

「……す、すみませんでした。」


 しゅんと肩を落とした上にさらに頭を下げるものだから余計に小さくみえる。まあこれで、年長者としての使命は果たせただろう。


「じゃあ、僕は失礼するよ。」

「あ、あのっ!」


 背を向けようとした僕の袖をダイヤモンドさんが掴んで引き止める。


「今度は何?男の件に関しては謝ったでしょ?」

「だからそんなんじゃないです!あなたに非がないのは分かりました。こちらが悪かったようです。しかしそれとは別に貴方の楽器ケースを確認させていただけないでしょうか?」


 ピンポイントでヴァイオリンケースを見せろ、か。ティミーがいる手前大人しく見せるわけにはいかないが……


「り、理由を聞いても?」

「先ほど楽器ケースを犯行に利用する例を見たばかりです。失礼とは思いますが一応安全確認だけでも。少しみせていただければ構いませんから。」

「え、えっと、べ、別に構わないんだけどさ……」

「歯切れが悪いですね。何かやましいことがあるんじゃないですか?」


 これだから無駄にやる気のある若手ってやつは……変なところでクソ真面目なんだから。完全に何かと勘違いしているみたいだ。


「しかも貴方イグジストですよね。さっき売人の彼を暴行していた際、ナイフを持った手が不自然に弾かれたり体が引き寄せられたりしていました。明らかにイクスを行使していましたよね。ちゃんと異能力者登録証は所持していますか?」


 異能力者登録証、イクス又は魔法を所有しているものは役所で申請しなければならないという規定があり、その申請の際に配布されるある種の身分証明書だ。異能力者登録証・魔族登録証、この二つは外国に行く際、所持を義務付けられる重要なもので、申請していない場合は最悪刑事罰が科せられるのだ。魔族と同一に警戒されている、それくらい異能力者の存在は脅威。だからこそ所在を把握し管理しなければならない。

 そして、僕の場合はというと……申請をしていない。額を冷や汗が伝うのを感じる。やっぱりガーディアンと関わるとろくな事にならないな。黙り込んだ様子に不信感を募らせた捜査官さんはキリッとした目で睨み付けてくる。


「失礼します。」


 逃げるか。ヴァイオリンケースに手を伸ばす捜査官を突き飛ばそう、そう考えてイクスの発動を準備した。その時だった。その手が掴んだのはヴァイオリンケースではなく人の手だった。いや、掴まされたと言った方がいいのか。


「おっとお姉さん。こんな可愛らしい手をこんな男で汚しちゃいけませんよ?この手を取ってくださいよ。」

「へえ!?あ、貴方急に何なんですか!?」


 突然僕との間に割り込んできた一人の男、歳は僕より少し下くらい、特徴的な赤毛の髪はとんがっている。キリッと生えた眉毛に少し浅黒い肌、東洋人の顔立ちだ。少し幼さを感じさせるまっすぐな瞳が男は彼女の顔を見据え、手を握ったままなにを思ったのか(ひざま)く。一同ポカーンである。


「おっと申し遅れました、おいら日本から来た鬼ヶ(おにがしま) 赤太郎(あかたろう)というものです。どうですか、少しの間仕事を忘れて、おいらと優雅なアフタヌーンでも。」


 完全に、観光に来た外国人が現地の人をナンパしている構図だ。ダイヤモンドさんはこのタイプの対応に慣れていないのかパニクっている。顔が耳まで真っ赤だ。それこそ男の赤毛と同じくらい。


「だ、だだだダメですよ!今仕事中ですし、そ、そういうのはやめてほしいのですけど!」

「まだ若いレディーなのに仕事に生きちゃ損ですよ、もっと楽しいことを教えてあげますから。」

「いっ、意味が分かりませんから!?公務執行妨害で逮捕しますよ!?」


 よく分からないが、とにかく僕への注意が逸れた。さて、今のうちに……


「光栄ですね、お姉さんに取調べされるなんてちょっとしたデートじゃないですか。」

「まま、またそんなこと言って!そういうお誘いは仕事の後に……って逃げた!?こらー、待ちなさぁーい!」


 自分史上かつてないほど綺麗なフォームで走り去るのだった。

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