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ピルグリム・ファーザーズ  作者: らいとぱ
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緑髪のランスロット

ピルグリム・ファーザーズという名前は世界史の授業で出てきてカッコいいから使いたかっただけてすね((

 ニューヨークという街は空が狭い。


 僕がアメリカにあるこの大都市にきて、初めて心に浮かんだ感想がそれである。紺碧の青い空はネズミ色の高層ビル群に遮られ、ほとんど頭上しか空いていない。人間の文明とは恐ろしいものだ。百年前には何も無かったような場所を一気に発展させる程の技術と成長性がある。その成長性を進化とみるか退化と見るかは人によるだろうが。人間は生み出すことより壊し尽くすことの方が得意な生物である。この長い歴史を見ればそれは明らかだろう。生み出す以上に破壊しながら僕らはこの地球で生きているのだから。そしてこのニューヨークでは空さえも破壊されてしまったのだ。次は、この街から何が破壊されるのだろうか……


「少なくとも、音楽だけは無くならないでくれ……」


 僕の名前はジャック・クローバー、音楽好きなただのイギリス人。さっき故郷からようやく自由の国アメリカの大都市ニューヨークに着いたところだ。青き空が失われたこの地で何が自由だ、と吐き捨てたくなるような心境ではあるものの……心は重いが体の方は案外身軽。実際、持ち物は至って少ないのだ。旅に大荷物なんて似合わない、よりコンパクトによりレジェロに。普通のよりもワンサイズ小さめのスーツケースとヴァイオリンケース、持ち物はそれだけ。それくらいで丁度いい。僕の尊敬するヴァイオリ二ストはビタ一文持たず、ヴァイオリン一挺を背負って世界を駆け巡ったらしい。それには及ばないが僕も彼と同じ世界を見てみたい。


「それにしても、迷宮みたいな街だなぁ……どの交差点も似たような景色だし……なあ、君もそう思うだろ?」

「……」


 肩にかけていたヴァイオリンケースに向けて、僕は声をかける。しかし、求めていた返事は返ってこない。軽めに揺さぶってみる。


「おい、ティミー?寝てるのか?」

「……」


 仕方ない、アイツも時差ボケで眠いのだろう。ため息をついて少し頭をかく。世界中に蔓延している世界樹の花粉に含まれるスプリウム粒子のせいで、髪と瞳の色は翡翠色に染まっていた。前髪が少し長めで左目を覆うほど伸びてしまっている。少し伸ばしすぎだろうか。また機会があればまた検討しよう。今は少し立て込んでいる。早く目的のコンサートホールにいかないといけないのだ。こうしている合間にも開演時間は迫る一方……と言っても僕が演奏する訳では無い。あくまで聴衆側である。前から楽しみにしていたコンサートだ、早くその音色に身を任せたい。

 それだと言うのに……僕は道に迷ってしまっていた。生憎ながら、スマホの充電はとうに切れ、グーグルマップを活用する道は閉ざされている。我ながらなんという失態だろうか。天は僕を見放したのだろうか、上を向いても見上げる天がないことに深くため息をつく。見放したというか最初から見てないらしい。


「本当に、こんな事なら赤鬼に付いていけばよかったよ。いや、それもそれで嫌だな……」


 思わず小言が漏れるがその声も周りの音に掻き消されていく。ニューヨークの街を歩いていると絶えず車のエンジン音や人の声が行き交っていて少し耳に痛いのが難点だ。流石は世界一の大都市と言ったところか。土地勘がないとうろうろできない場所だ。

 ふと、手前に緑溢れる公園があることに気付く。近くの標識には「グラマシー・パーク」と書かれている。公園であれば地図もあるかもしれない。それに街中よりはいくらか静かだろう。そう考えて僕は公園に入った。公園の敷地内は整備が行き届いており、木の葉の間から漏れる木漏れ日が指す度に自然と心が安らいだ。ゆったりとした歩調で歩いてゆくと、すぐに街の案内板を発見した。それを見る限り、目的のコンサートホールは、すぐそこにあるらしく、歩いて5分もかからない位置にあった。その場所に足を進めようとした時、微かに僕の耳をギターの音が撫でてきた。この音色の味はベースギター……その音のする方角へ足を進めると、そこで一人の男がギターを引いていた。ドレッドヘアの黒人少年で、まだ20代ベースギターだ、真っ赤なボディーデザインがとてもイカしている。だが……彼のギターからは何の工夫も感じない。ただ適当に弦をはじいてジャラジャラ鳴らしているだけ。聞いていてもどかしいが、音楽を志したうら若いルーキーミュージシャンということも有り得る。関心があるだけマシかと思い直す。一人の女がその男のギターケースに札を入れるのが目に入る。さしたる興味もなかったものの、チラリと見えたその金額に目を開く。その金額は50ドル。たしかにチップは個人で決められるが、この素人目でも分かる酷い演奏に50ドルとは破格の値段である。しかし次の瞬間、それを置いてそそくさと男から離れていく女を見て全てに合点がいった。そういう事か……僕はその意味を真に理解し、戦慄する。何故彼のギターから何も感じないのか、何故彼女が大金を払ったギターを聞いていかないのか。その理由はーーー


「ねえ、君。」


 僕はギターを弾いている男に声をかける。ジャケットにジーンズ、頭にはニット帽を被っている。見るからにホームレスといった風貌である。その少年は訝しむような目で僕を睨んできた。


「あ?聞いてくんなら1ドルくらい払ってくれねえか?」

「断る、君のギターに払えるものなんて精々味のしなくなったガムくらいさ。」

「はぁ?おいおっさん、払う気ねえならとっとと行けよ!」


 おっさん、というワードが僕の中で引っかかった。僕は今年で25歳、アラサーであるがまだ中年と言われるほど老けているわけでも無い。冷静だ、僕は至って冷静だ。だが……言うべき事はきっぱり言わせてもらう。それはもうコテンパンに。


「いいや、君はギタリストの恥だ、放っておくわけにいかない。引き方もなっちゃいないし、第一ギターのチューニングすら一度もされてない、扱いが雑すぎるよ。そんな演奏されるギターが可哀想だと思わない?」

「この野郎……うだうだうだうだ、ウゼえんだよ!」


 男は激しく激昂し、僕の上着をグイっと掴む。立ち上がってみるとかなり大柄なようだった。2mもありそうな巨体で上から凄む彼を、僕は怯むことなく睨み返す。


「そしてボクが本当に許せないのは、ギターを麻薬取引に使っている事だ。」


 これには男も驚いたのか、興奮していた目をかっと見開き動揺を見せる。驚きのあまり僕の上着を握る手が緩んでいるのを見過ごさず、かけられた手を振りほどく。


「なっ!……バレてんのかよ。」

「金を置く動作と、底に隠してある物を取る動作を一度にやってカモフラージュしているって寸法だろ。手口が子供じみてるよ。」

「全部お見通しってわけか……お前、いくらで黙る?」

「いいや、黙る気は無い。音楽を冒涜した君に刑務所以外にいく場所は有り得ない。」

「そうか……」


 男は静かに項垂れて黙りこくる。


「じゃあ死ねよ!」


 男はそう言うと後ろポケットから何かを取り出すと、俺に向かって勢いよく突き出す。サバイバルナイフだ。伊達にストリート暮らしをしてきた訳では無いらしい。荒削りで粗野な動きだが、なかなか動きがよく、キレもある。素人にしてはいい動きをする。しかしあくまで素人、それに第一彼は子供だ。大人の僕には100%避けられる自信はあったが、ここは避ける必要もない。そのナイフは何かに退けられるかのように僕の左手の空を切る。


「おいおい、ナイフの使い方も知らないのか?」

「このっ!調子にのんなっ!」


 もう一度彼がナイフを振り上げる。その瞬間、僕の後ろからパカっと何かが開く音がし、黒塊が飛び出してきた。その塊は男の手に張り付く。起きていたのなら、返事くらい返してくれてもいいのに。反抗期の親友の後ろ姿に、僕は思わず苦笑を漏らす。


「ティムティム!」

「イテッ……な、なんだ!?何が邪魔してやがんだ!?」


 黒塊は男の手に噛みつき歯を立てる。男は堪らずナイフを落としてしまう。なおも噛みつき続ける謎の生き物を振り払おうとちょっとしたパニックになって腕を振り回す。その拍子に黒い塊は振り払われ、丁度僕の方に飛ばされる。その黒塊を僕は手の平で優しく受け止めてやった。黒い毛糸玉のようにフワフワとした毛並みが手の平をくすぐってくる。そんなことを考えている間に、正体不明の魔物は腕を伝って肩まで登ってきた。


「ティムーっ!」

「ファインプレーだティミー!後で角砂糖買ってあげるよ!」


 顔から表情を消し去り、男をひたと見据える。僕自身、感情の無機質さに少々驚いた。一対一の闘いは久しぶりだ。


「それじゃあ次は、君が死ねよ。」


 僕が拳を振り上げると同時に、男は何かに引きずられるようにその頭部が僕の方に引っ張られる。まるで磁石が引き付けられるが如く。男は体勢を立て直そうとするが、吸いこまれるように引き寄せられる。


「なっ、どうなってーーー」


 言い終わらないうちに僕の拳は彼のこめかみに炸裂する。


R.C.T.(ランスロット)!)

「がっ……!」


 人を殴った時に出る独特の鈍い音が響く。とても醜い音だ。彼が引いていたギターと同じくらい気色の悪い音。この一撃で、男は白目を向いて倒れてしまう。争うのは僕の趣味ではないが、どうしても許せないときがある。意識を失った男のそばに立ち、今はもう届かない言葉をかける。


「君が麻薬を誰に売ろうと僕の知ったことじゃない。麻薬中毒者がどれだけ増えようと、それで君たちがどれほど儲けようと……僕には関係の無いことだけど、」


 とそこで僕の声は途切れる。ギターが路上にほったらかしにされていたのだ。演奏は酷かったがギターに罪は無い。そっとベンチに立てかけてやってから、男に向き直る。


「音楽をそれに利用するなら……僕は、君を殺すことを躊躇いはしない。僕の心に……迷いはない。って、聞いてないか。」

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