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竜騎士の告白



グゥ、グルルル……。

静かな森の中で、アマリーの腹の虫が盛大に鳴った。

真っ赤になって焦るアマリーをよそに、ルシアンは声が木々にこだまするほど爆笑した。


「あ、あのっ……」

「失礼! 一瞬、竜の鳴き声かと……!」


いくらなんでもそんなに大きくはなかったはずだ、とアマリーはムッとした。

恥ずかしく感じながらも腹を立て、そっぽを向くアマリーをルシアンは見上げた。


「食事はいつとられた? 森の中では召し上がれなかったでしょう」

「ええ。でも、大丈夫だから放っておいてくださいな」


限界まで首を背け、真っ赤になった顔を見られまいとするアマリーの赤い耳がルシアンの視界に入る。

彼はそれを率直に可愛いく感じた。

ルシアンは少し可笑しくなって畳み掛けた。


「空腹なのでしょう?」

「ーーいいえ。別に」

「こちらを差し上げようか?」


パッと振り返ると差し出されたのは飴玉だった。


「いただくわ」


さっと手を伸ばして飴を貰うと、アマリーは言葉とは対照的に顎をツンと逸らして尊大に礼を言った。

急いで飴を口に押し込む。

アマリーは真っ直ぐ進路の方を見つめたが、ルシアンはまだアマリーを見上げていた。彼が薄ら笑いを浮かべていることに気づき、ムッとする。

だが一応礼を言っておく。


「美味しいわ。ーーありがとう」

「どういたしまして」


これ以上南の人間と話してボロが出る前に黙ろう、とそれきりアマリーは口を噤んだ。


「王女様は噂通り、大人しい方だな」


歩きながらルシアンが呟いた。少し棘のある言い方だった。

アマリーはキッと彼をにらんだ。


「襲われたばかりなのです。目の前で……兵士たちが殺されました……! 話す気力などありません」

「これは失礼した」

「あ、あの。でも助けて下さってありがとう」


するとルシアンは微笑んだ。


「けれど、リリアナ王女が貴女のような表情豊かな方で安心した」

「えっ?」

「西ノ国の王女は滅多に話されない、美しい人形のような方だと聞いていた」


ギクリと心臓が痛み、直後に震え上がる。

まずい。

少し感情的に喋り過ぎただろうか?

レーベンス夫人の怖い顔が脳裏に蘇る。無意識に右手を動かして扇子を探すが、近衛騎士に攫われた時に落としてしまっていたのを思い出し、心の中で溜め息をつく。

アマリーは気まずくなって身じろいだ。

気まずいので思わず話をそらす。


「王太子様は、もうエルベの街にお着きかしら?」


なぜかルシアンは答えない。

アマリーの胸がざわつく。

ルシアンがアマリーを抱え直すように、一度軽く彼女の身体を揺すり上げる。ぎゅっと力を込めて足に巻きつく腕に、思わず身じろぐ。

時折自分を見上げる鋼色の目が、アマリーの身をすくませる。

アマリーは動揺して口を開いた。


「あの、……王太子様はどんなお方ですの?」


するとルシアンは口の端を上げて首を微かに傾けた。


「さぁ、それは私には答えるべくもない」


ーーそれってどういう意味なの。

アマリーははたと目の前のルシアンの目を見上げた。その鋼色の瞳に、どこか嘲笑の色を含んでいる。

まさかジュール王太子は、臣下の口からはとても言えないような、悲惨な性格をしているのだろうか?

水面に落ちた一雫のインクのように、悪い予感が頭の中に広がっていく。

アマリーは幾分不安になって、尋ねた。


「南ノ国の王太子様はーージュール様は、大人しい方がお好みかしら?」

「さぁ。どうかな。ーー本音を言えば、貴女は私が想像していた女性とかなり違って……、随分と面白い方なようだ」


(ルシアンの感想は聞いていないのだけれど……)


「リリアナ王女はほんの少ししかお話しにならない、大層お静かな方だと聞いて、実はかなり心配していた」


そうでしょうね。

二単語しか愛用していない王女様のようだから。

アマリーは心の中で、激しく納得してしまった。


「あまりに不安で、待ちきれずに迎えに来てしまったのだ。だが、リリアナ王女が貴女のような方で良かった」


困惑して見下ろしていると、ルシアンは幾分優しげな眼差しをアマリーにひたと向けてきた。

そのまま彼は左手を伸ばし、アマリーの手を握った。


「ルシアン?」


前触れなく手を握られて焦る。

驚いて腕を引こうとするが、ルシアンは離そうとしない。それどころか、グイと手前に引かれ、距離を更に縮められる。

身体がさらに密着する。


(やだ、なにこれ。どうしよう!? 王太子様に気に入ってもらうために来ているのに、南の騎士にイチャつかれちゃってる!?)


どうしてこの竜騎士はこんなに身の程知らずなことをしてくるのか、とても理解出来ない。

念の為再度自己紹介をしてみる、


「あ、あの、私は西ノ国の王女で……祝典に参加して……、えっと、王太子様に会いに行くのよ……?」


本当は王女じゃないけど……偽物だけど!


「知っている。貴女がリリアナ様で良かった」


ええ?

だから、良くないわよ。

抵抗するも、ルシアンは手を握ったまま、アマリーをひたと見つめてくる。


「だ、誰かに見られたら、あ、あらぬ誤解を……」

「誰も見ていない。ご安心を」

「見ていなくても問題なのよ!!」

「貴女が予想外にお可愛らしい方で嬉しい」

「まぁ、そんな……」


盛大に焦る心の片隅で、ルシアンみたいな顔立ちの整った男性に褒められて、嬉しい……と思ってしまう自分もいた。

今までアマリーの周りには、成金男爵や年寄り子爵しか褒めてくれる男性がいなかったからかも知れない。


「ーーリリアナ様。南ノ国の王太子のジュールはエルベにはいない」

「えっ?」


エルベにいない?

ーーそれよりも王太子を呼び捨てに?

それは流石に失礼過ぎる。


「リリアナ王女。私のことはジュールと呼んでくれ」

「はっ?」


いま、なんて言った。


「さっきはあまりに貴女が怯えていたから、名乗り損ねてしまった。……まるで怪物に遭遇したような目でこちらを見上げていたものだから」


ルシアンはアマリーの片手をそっと握り締めたまま、ひたと彼女を見つめる。

そんな彼の顔を、アマリーは信じられない思いで見つめ返す。

ーー何を、ルシアンはなにを言おうとしているのか。

ルシアンは穏やかに微笑んだまま、アマリーを見上げた。そうしてうっとりとするような美しい声で言った。


「申し遅れてすまない。私が南ノ国の王太子、ジュール・ルシアン・アーロン・ハイエットだ」


(うそ、嘘。嘘ぉ。お願いだから、嘘にして)


一瞬にして目に映る光景全てが灰色になった。

背中に力が入らなくなり、ぐらりと揺れたアマリーをルシアンは抱き締める。


「危ない!」


その腕が恥ずかしく、ふらつく頭を慌てて起こす。


「ーーすぐに言えずに申し訳なかった」

「貴方がジュール王太子なの? 王太子じゃないふりをするなんて!」

「竜に乗った私を見上げる貴女の顔が、あまりに怯えていたから。許せ」

「酷いわ……。 わざと黙ってたなんて!」


ルシアンを非難した矢先、彼にそんなことを言えた立場にはないのだ、とはたと気づく。

自分など、王女ですらない。


「エルベで待ちきれなかったのだ。ーー美姫として名高い貴女を、早く見たいという気持ちもあった」

「そんな、……び、美姫……?」

「噂に違わぬーーいや、噂以上のお美しさに驚いた」


直球な賛辞にアマリーは狼狽えた。


「だけど、中ノ国のエヴァ王女も祝典に参加なさるためにエルベにいらっしゃるのでしょう?」


そっちは迎えに行かないのか。


「中ノ国の王女は予定より早く到着したのだ。今はシュノンでお待ちだ。少し待たせても問題はない。それにエヴァとは幼い頃から頻繁に会っている」


それは初耳だった。

考えてみれば中ノ国と南ノ国は昔から交流が深い。王族の行き来があったとしても、不思議はない。

だがだとすれば、ジュール王太子に妃としている選んで貰うには、尚更リリアナ王女が不利なのではないか、という気がした。


(どちらかと言えば、割り込んでいるのはリリアナ王女の方だったりして……)


アマリーは密かに焦った。


「つまり、貴方は竜騎士ではないのね?」

「南ノ国の王族は皆、武人だ。竜も個人的に所有する」


ルシアンはアマリーの狼狽える両手を優しく握りしめ、落ち着かせるように丁寧に話した。


「待ちきれずにジェヴォールの森で貴女を待っていた。だが、そうして良かった」


確かに、もしルシアンが森に来てくれていなかったら、あの時どうなっていただろう。


(もしかしたら、リリアナ王女の恋人に攫われてしまっていたかも知れない……)


そう思うとゾッとした。

ルシアンはアマリーの手を取り、口元にゆっくりと寄せた。


「リリアナ王女。ーーお会い出来て良かった」


アマリーの手の甲にルシアンの柔らかな唇が押し当てられ、目眩がした。

自分がこんなに早くに王太子と会わなくてはいけないなんて、聞いていない。

どうしよう。

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