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暗雲の予感

 オデンはアマリーの部屋に呼ばれると、さきほどつつがなく終了した祝典の、忌憚ない感想を話し出した。

 池に浮かべられた船の美しさ。

 竜の雄々しさ。

 クリームチーズタルトの美味しさ。

 竜を操った王太子の精悍さ。

 串刺し肉の美味しさ。

 花火の素晴らしさ。


「薔薇の花弁のゼリーは召し上がりましたか? あれもまた、」

「オデン、悪いけど祝典の話は明日にしましょう」


 オデンは口を噤み、長々と話してしまった非礼を詫びた。アマリーは気にするな、とヒラヒラと片手を振った。


「今夜は大事な話がしたくて、貴方を呼んだの」


 オデンは佇まいを正し、畏まった表情でアマリーを見つめた。

 しかしこの王女は耳にしていた前評判と随分人となりが違うものだ、と彼は改めて思った。話し方は明瞭で断定的だし、オデンを見つめる目は真っ直ぐだ。

 王女は扇子を愛用していて、目が合う機会がないと聞いていた。だがそもそも扇子すら持っていないようだ。

 西ノ国に忘れてきてしまったのかもしれない。

 思案に暮れるオデンに、アマリーは言い放った。


「驚かないで聞いてね。実は貴方に相談したいことがあるの」

「ーーどのようなお話でしょうか……?」

「祝典の最中に、私に大変な失礼を働いてきた者がいたの」


 オデンはアマリーの発言を消化しようとゆっくりと瞬きをした。そして一転して険しい表情を浮かべた。


「それは聞き捨てなりませんな。詳しくお話下さい」

「私は本物のリリアナじゃないのではないか、と言ってきたのよ」


 オデンの目が点になった。

 やがてオデンはフヘハッ、と妙な声を漏らすと激しく瞬きをし、かなりの動揺を露わにした。

 オデンはどういう方向に持っていくべきか一瞬悩み、取り敢えず無理矢理口角を引き上げて笑った。


「それは驚きました! あははは……」

「面白くないでしょ。貴方をからかっているのでも、冗談で言われたのでもないの。真剣な話なの」


 ぎこちない沈黙が部屋に広がる。

 オデンは気持ちを整理しようと一度咳払いをした。


「ええと、つまりリリアナ様、」

「驚く気持ちはよく分かるわ。私も耳を疑ったから」


 怪訝そうに顔を曇らせてオデンは尋ねた。


「そんな失礼極まりないことを言ってきたのは、何者ですか?」

「南ノ国の次期公爵、マチュー・ガーランドよ」


 オデンの眉間に深い皺が寄る。

 ガーランド家と言えば、西ノ国のライバルである中ノ国の王女エヴァをジュール王太子妃にと頑迷に推してきた家だ。


「あの男ですか。まさかそこまで手段を選ばないとは……」


 この困った男をどう処理すべきか。

 それをアマリーは検討した結果、オデンを呼んだのだった。

 本当は無視しようかと思ったのだ。だがもし自分がリリアナ本人だったら、無視をするのもおかしい。反論しなければそれが事実だと宣言するようなものだ。

 アマリー・ファバンクのことをどこで知ったのか分からないが、マチューはカマをかけているだけだ。ここで過剰に反応するのも、静観するのも不自然だ。マチューはおそらく確信は抱いていない。確たる証拠があれば本人に疑惑をぶつけたりせず、王太子に訴えるだろう。


「お父様がこのことを知れば、我が国との国際問題になるわ。マチューに会って、釘を刺して来て頂戴。今のうちに戯言を封じなければ」






 その深夜。

 アマリーは寝台のうえに胡座をかいて、考え込んでいた。

 そもそもマチューはどうやってアマリーの正体を知ったのだろう?

 リリアナもアマリーも南ノ国に来たことがなかった以上、西ノ国から何らかの情報がもたらされたとしか思えない。

 アマリーは握り締めていた手を開いた。掌に乗る金色の指輪に視線を落とす。

 自分を攫おうとした近衛騎士のアーネストに無理矢理はめられた指輪だ。

 ファバンク邸に今残っているのは、信頼できる数少ない古参の使用人だけだ。そもそも彼らはアマリーが出張に行ったと思っている。

 こうなるとやはりリリアナ王女の周辺から話が漏れているように思えてならない。しかも、王女と極めて近しい人物に他ならない。


「誰なのよ、全く! いい迷惑よ!!」


 アマリーは枕を拳で叩いた。

 もし偽物だとバレたら。 その先は恐ろしくて想像を絶する。

 静かな部屋の中で、アマリーは指輪を見つめた。

 指輪の台座には煌めく光を放つ透明な石が乗っている。ーーきっと、ダイヤモンドだろう。

 なかなかの大きさだ。近衛騎士の給料が幾らなのか知らないが、安くない買い物だったに違いない。

 指輪をつまんで目に近づけ、注意深く観察する。

 輪の内側に二人の名前と、二つの小さな字が刻まれていた。

 二文字は絡み合うように配置され、リリアナとアーネストの頭文字だとすぐに気づく。

 本来の主人に辿り着けなかった指輪をしばし見つめた。




 その夜は殆ど寝れなかったために、鏡台の前に座ると目元に濃いクマができていた。

 櫛を入れてくれるカーラに向かってアマリーは呟いた。


「私の折角の美貌が台無しだわ」

「……」

「ーー何か言って。言った私が恥ずかしいじゃないの」

「あ、すみません。聞いていませんでした」

「もっと恥ずかしいじゃないの」


 オデンはその後間も無くアマリーを訪ねて来た。

 朝食の途中だったアマリーは、膝上のナプキンをテーブル上に放りだして彼を迎えた。


「マチュー・ガーランドと会って話をして参りました」


 アマリーはカーラにカップを持って来させ、オデンにも茶を勧めた。

 オデンは丁寧に頭を下げて礼を言い、ありがたく一杯を頂戴してから顛末を伝えた。話し出すと彼は眉根を寄せた。マチューのことを思い出すだけで不快になるのだ。


「あの男は、私が指定した時刻の三十分以上前から、待っていたようでした」


 そうと分かるということは、オデン自身も三十分以上前についたのだろう。アマリーは頭痛を覚えた。オデンの気合いの入れように、彼を面倒なことに巻き込んでしまい、申し訳なく感じた。


「リリアナ様をニセモノ呼ばわりするなど、どういうことかと苦情を入れたところ、かなり焦っていましたよ」


 オデンはアマリーに言われた通り、これ以上妙なことをしでかしたり、リリアナ王女に手を出さぬよう、きつく注意をしてきた。


「戯言を吹聴するならすぐに両国の国王陛下に直訴すると言ってやったところ、あの綺麗な顔を青くして黙りましたよ!」


 フン、と鼻を鳴らすオデンにアマリーは胸を撫で下ろした。

 取り敢えずはこれで球はマチューに投げられたのだ。果たしてこれで黙るだろうか。

 出方を見るしかない。

 西ノ国王がアマリーを王女として送り出している以上、王女はアマリーだ。偽者である証明など、逆にしようがない。

 彼がどれくらい確信を持っているのか次第で、流れは変わりそうだった。

 今すぐ西に帰りたい気持ちも湧いた。だが予定を短縮して逃げ帰れば、戯れ言に屈したと吹聴するようなものだ。予定通りこなしていくしかない。

 ーー最悪の事態だけは、避けねばならない。


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