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建国記念祝典での疑惑

 建国記念祝典では、南ノ国の象徴である竜が野外のパフォーマンスで用いられる予定であった。

 国王は準備の様子を見学しよう、と執務の合間を縫って、エルベ城の裏の森にやってきた。

 竜の大きな身体に竜騎士達が、装飾の金属製プレートや色鮮やかな綱を掛けていく。

 見栄えの良い竜だけが選ばれた為、ピッチィは選抜対象とはならず、木陰から仲間の竜たちが飾り立てられていく様を羨ましげに眺めていた。

 竜たちは竜騎士の短い命令に従って、翼を広げたり首の向きを変えたりした。

 満足気にそれを眺める国王の元にやって来たのは、王太子のジュールであった。


「陛下、こうして竜たちを改めて観ると圧巻ですね。明日が楽しみです」

「お前のダルタニアンは、取り分け立派だぞ」


 国王はふと気づいた。平けた土地で竜騎士と共に明日の練習をする竜たちの背後の森の木立の中に、もう一頭の竜がいた。

 まだ子どもの個体と思しきその竜は、他の竜の動きに合わせて動き、離れた所から勝手に練習に参加していた。


「妙な子竜がいるな」


 ピッチィですよ、と言いながらふとジュールの頭の中によぎったのは、リリアナ王女の顔だった。リリアナ王女がここにいたら、きっとピッチィのことをまた面白がって笑うに違いない。

 そんな想像をしただけで、口元が緩んでしまいそうになる。リリアナ王女は怖がる割に人一倍竜に興味を示すのだ。

 二人はしばらくの間、竜騎士たちと竜を見ていた。国王はやがて腕を組むと視線だけは竜に向けたまま、ジュールに尋ねた。


「昨日は西ノ国の王女と葡萄酒祭りで踊ったそうではないか」

「ご存知でしたか」


 国王は苦笑した。

 その上、今朝はジュールが西ノ国王女を誘い出し、直々に竜の乗り方を教えたということも国王の耳に既に入っていたが、敢えて言及しなかった。それ以上は野暮だろうと思えた。


「……ガーランド公爵が嘆いておった」

「陛下も中ノ国との結び付きの方をより重視されますか?」


 ジュールにとってエヴァは幼い頃から度々遊び、慣れ親しんだ王女だ。

 エヴァは可愛いし、大切な女性の一人だ。昔からエヴァを将来ジュールの妃に迎えてはどうか、と推す声は耳に届いていた。だがリリアナ王女と出会った今となっては、エヴァに対する気持ちが恋愛とはまた違うものだと明確に自覚していた。

 いくぶん不安な面持ちで父王の反応を窺う。

 国王は淡々と答えた。


「北に西ノ国を取られるわけにはいかぬ。我が国への足掛かりを作らせるつもりはない。今は西も同じくらい我らにとっては重要だ」


 国王は目を細めると、髭の生えた顎を摩りながら誰にもでもなく呟いた。


「西ノ国の王太子にはまだ子がいなかったな。国王の甥姪も合わせて一人しかいないとか。ーーことによれば、労せずして西の玉座が我が系譜に転がり込んでくる可能性もあるな」


 父上、とやや非難がましい声をジュールが上げると、国王は豪快に笑った。


「いや、軽口が過ぎたな。冗談だ」


 冗談ではなく半分本気だろう、とジュールは感じたが敢えて何も言わなかった。

 国王はようやくジュールの方に顔を向けた。彼は穏やかに言った。


「最終的に決めるのはお前だ。世継ぎができないのが一番困るのだから」


 ジュールは投げやりに笑うと国王と目を逸らした。





 建国三百年記念祝典は、昼過ぎに発せられた一発の大砲の音によって開幕した。

 国内外からの招待客がかけつけ、国王への贈り物を手にした彼らは、謁見の間で長い列を作った。

 夕方になるとエルベ城の前庭に広がる人工の大きな池に船が浮かべられ、野外のパーティが始まった。

 日が沈むにつれ、暗くなっていくのに反比例して、池の周囲にはかがり火が煌煌と灯され、その明かりを反射して池自体が夕暮れの中で輝いているようだった。

 着飾った招待客らが歓談に精を出す中、アマリーもオデンに連れられて、南ノ国の要人に次々と紹介をされていった。

 アマリーは心を込めて飛び切りの笑顔を披露していったが、次第に頰の筋肉が悲鳴を上げ始めた。


「ねえお願い、カーラ。貴女の扇子を貸して頂戴!」

「持っているはずないじゃありませんか。リリたんじゃあるまいし」

「左の頰が痙攣し始めたのだけど……」

「もうすぐ竜のショーが始まるはずですから、あとしばらくお待ちを」


 アマリーが頰の痙攣を両手を使って抑えねばならなくなった頃、竜笛が辺りに鳴り響いた。

 歓談が一瞬にして静まり返り、その上空を黒い影が横切る。

 見上げれば長い尾をなびかせた竜たちが、一列になって飛翔している。下から見上げると分かりにくいが、その背に竜騎士が乗っているのが何とか分かった。やかて竜たちは円形を描いて池の上空を舞い、旋回を続けた。

 その統率の取れた動きに惚れ惚れと人々が見上げていると、竜たちは円陣を崩し、それぞれ異なる方角へと飛び始めた。

 十頭ほどいた竜が、城のバルコニーや屋根、または門の上、などと別々の場所に降り立つと、彼らは静かに翼を閉じた。竜たちが池の近くからはいなくなってしまい、どこに注目したら良いのか迷いだした矢先、アマリーはあっと声を上げた。

 城の一番高い塔の屋根の上に、黒い影があった。


(私が、前にジュールと止まった屋根……!)


 瞬きをして目を凝らすと、黒い影の輪郭がより明瞭に見えた。

 あの美しい線を持つ竜は、ダルタニアンだ、と分かった。それでは、その背に乗るのはーー?

 アマリーはキョロキョロと首を動かしてジュールの姿を探した。池のほとりにいる人々はその頃には大半が塔の上の竜に気づき、そちらを見上げていた。ジュールはパーティが始まってから、国王の隣にいたはずだ。

 国王はすぐに見つけられた。国王は池の端、船のすぐそばにいてグラスを片手にしていた。 驚くことに国王はアマリーを見つめていた。

 てっきり同じくダルタニアンを見ていると思っていたアマリーは、目が合った瞬間ややたじろいだ。ジュールは国王の側にいない。ということはーー。


「竜がこっちに来ますーー!」


 カーラが上げた声に我に帰り、アマリーは慌てて視線を塔の上に戻した。

 ダルタニアンは屋根を蹴ると、急下降した。城の前に広がる庭を目掛けて、まるで池に飛び込むかのような鋭い角度を描いて飛びおりてくる。目を見張る人々の前で、その真上近くにまで迫るとダルタニアンはその大きな翼を力強く羽ばたき、再び上方を向いた。

 その翼はまるで見上げる人々の顔に触れそうなほどの近さで、巻き起こした風は皆の頰を揺らし、恐怖と興奮の入り混じった歓声が上がる。

 アマリーは風が当たった頰に手で触れた。まるでダルタニアンに翼で触られたような錯覚を覚える。

 ダルタニアンが巻き起こした風は、いくつかの篝火を消し、それと同時に城の建物の周りについていた灯りも、不意に消された。

 突如真っ暗になったことに動揺する間もなく、パン! と破裂音のようなものが響き渡り、次の瞬間には空高く鮮やかな花火が咲き誇った。


「まぁ! なんて綺麗なのかしら!」


 アマリーが隣に立つカーラに同意をもとめるも、カーラが返事をする前に次の花火が打ち上がる。長く上空にとどまるものや、一瞬で消えるもの、複数あるが小ぶりなもの。

 形も色も様々な花火が打ち上げられ、皆天を仰いでその短い命の芸術を堪能する。アマリーも夜空を彩る音と光が織り成す迫力に、束の間酔いしれた。

 その時、アマリーの背後で何者かが囁いた。


「アマリー様」


 低い男の声によるその囁きを耳にした時、アマリーの瞳には夜空を覆う赤と黄の花火が焼き付いていた。その美しさに半ば心奪われたまま、何気なく後ろを振り返り掛け、ーーしかしすぐに硬直した。

 彼女は意味するところと、事態の悪さに気づいた。

 なぜその名をここで、自分に呼びかける者がいるのか。

 アマリーは首をそれ以上動かせなかった。

 聞き間違いかもしれない。だが、その名に反応したとは断じて思われたくなかった。

 上空で美しい花火の爆音が連続して響く中、アマリーは凍りついたように立ち尽くした。

 そうしているとやがて何者かが、ゆっくりとアマリーの肩に触れた。

 びくりと肩が震える。

 指先の一部が剥き出しの肩に触れており、その指の冷たさに、身体の芯が震える。肩先にサラサラとした髪が当たるのを感じた。ーーアマリー自身の髪の筈がない。金色の髪はカーラに結い上げて貰ったのだから。

 アマリーは視線で隣に立つカーラに助けを求めたが、カーラは花火に夢中で気づく気配もない。


「小耳に挟んだのですが……」


 今度は声とともに漏れた吐息のぬくもりを耳孔に感じた。

 誰かが、アマリーに後ろから耳打ちしていた。


「リリアナ王女様には、瓜二つのお従姉妹がいらっしゃるとか」


 花火が弾ける大きな音に消されそうなその声を、聞き漏らしはしなかった。夜空を埋め尽くす大輪の花々は、最早アマリーの瞳に意味なく反射しているだけだった。

 恐ろしさに振り返ることができない。頭が真っ白になった。首を動かせばその場で全てがーーーー文字通り一切が終わる気がした。

 ぞわぞわと全身に鳥肌が立っていくが、声も出ない。

 侍女の手によって丁寧に紅が引かれたその唇は、恐怖に小刻みに震える。

 するとくつくつとした抑えた笑い声が耳元に響いた。男が、アマリーの反応を見て楽しんでいるのだ。その独特の笑い声に聞き覚えがあった。

 マチュー・ガーランドだ。

 その無遠慮な手を振り払おうと鋭い目つきで振り返ると、アマリーの真後ろには、果たせるかなマチューが立っていた。

 灯りが全て消された為に表情がよく見えなかった。だが次の花火が打ち上げられると、束の間明るくなりマチューの顔がきちんと確認できた。

 彼は時間を掛けて笑顔を浮かべた。頭上の大演出を忘れるほどのその妖艶な笑みに、鳥肌が立つ。

 皆が首をそらして花火を観賞する中、アマリーとマチューは二人で見つめ合っていた。


「……何のつもり?」

「ーー貴女は私が聞いていたリリアナ様とは随分と違うようだ。いっそ別人かと思えるほどに」

「ーー手をどけてくださる?」


 いまだ肩に掛けられたその手から離れようと一歩退こうとすると、マチューは手にグッと力を込め、逆にアマリーを引き寄せた。

 アマリーの呼吸が止まる。


「まさかここにいる貴女はそのアマリー嬢ではないでしょうね?」


(動揺を見せてはだめーー!)


 アマリーは気をしっかり持とうと強気にマチューを睨みあげた。

 どういう意味だ、と問い返そうとすると、マチューは撫でるようにアマリーの首筋に手を這わせた後、素速く背を向け彼女から離れて行った。すぐにその身は人々の間に隠れ、アマリーの視界から消える。

 探そうにも次の花火はもう上がらず、闇に包まれる。


「綺麗でしたねぇ、花火!」


 目を輝かせたカーラに話しかけられ、アマリーは上の空で返事をした。


「リリアナ様? どうかされたんですか?」

「……まずいわ。とってもまずいことになったわ」



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