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ガーランド公爵家の男

 エルベ城の中央に位置する、竜王の間と呼ばれる広間。

 南ノ国王は西と中ノ国の王女二人を、そこで待ち受けていた。

 ちょうど夕刻の謁見が行われていた最中であり、広間には多くの人々が集まっていた。

 南ノ国では国王に夜の挨拶をする為に、毎晩竜王の間に集う定めがあるのだ。

 アマリーがシシィに連れられて竜王の間に入ると、すぐに国王と目が合った。

 広間の奥には玉座が置かれ、銀色の口髭を生やした国王は、ゆったりとした姿勢でそこに腰掛けていた。

 アマリーは今や気力だけで歩いていた。緊張をなんとか隠したいと思うのに、ヒールの靴を履いた足首がカタカタと震えてしまう。

 国王は西ノ国王よりも幾らか若く見えた。

 ジュール王太子に似て背が高く、アマリーは初めて見る南ノ国王の姿を、まじまじと見つめてしまった。

 玉座の後ろには高い天井まで伸びたステンドグラスがあり、神秘的な空気を創り出していた。

 両国は南ノ国に土産を持参しており、外務大臣のオデンが、畏まってその目録を読み上げる。西ノ国は代表的な工芸品である、糸のように細い金銀を繊細に編み上げたアクセサリーと、小物入れ等の革製品を贈呈した。

 外務大臣の挨拶が終わり、広間の出口付近まで大臣が下がると、アマリーとエヴァが国王の前へ進みでる。

 国王は玉座を下りると満面の笑みをたたえて二人を迎えた。彼は二人の王女を交互に見ると、更に口角を上げた。

 毎年遊びに来る中ノ国のエヴァ王女は、見るたび頼もしく、美しくなっている。可憐な立ち姿は彼女を取り巻く空気を、柔らかく優しいものへと変えている。

 国王はエヴァ王女からリリアナ王女へと視線を移した。ーー肖像画でしか見たことがなかった王女だ。


 西ノ国の王女は、楚々とした美しさで人目を引いた。真っ直ぐに国王に向けられた青く澄んだ瞳は、意外にも凛として、意思の強さを感じさせる。肖像画の王女は細い上にかなり白く見えていたが、目の前にいる王女は頰を紅潮させ、より健康的に見える。


「お二人を我が国の記念すべき日にお迎えできたことを、心より嬉しく思う。我が国との絆が一層深まることを確信している」


 国王が穏やかな口調でそう言うと、アマリーとエヴァはドレスの裾を軽くつまんで、膝を折った。




 日が沈むと昼間の熱を冷ますように、冷たい風が城に吹いた。

 アマリーが入浴後の火照った身体を冷まそうと、与えられた部屋の近くにある城の中庭を歩いていると、回廊の柱の陰から、一人の男が現れた。化粧も落とした後だったので、足速にその場を離れようとしたが、生憎先回りをされてしまい、避けられなかった。


「西ノ国からいらした王女様。ご挨拶させて下さい」


 アマリーの前まで歩いて来たのは、痩身の男性だった。女性かと一瞬見まごう、中性的で綺麗な顔をしている。アヤしい色男だなと思いつつも、身なりは良いし、唐突に王女に話しかけてくることからも、恐らく相応の身分ある人物なのだろうと推し量られる。

 アマリーは隣にいるカーラと一瞬目を合わせた。

 男は肩先まで伸ばしたプラチナブランドの髪をさらさらと靡かせながら、片膝を地につき、アマリーを見上げた。


「マチュー・ガーランドと申します。お見知りおきを」


 ガーランド……。その名には、聞き覚えがあった。途端に脳裏に朽ちかけた遺跡が蘇る。アマリーは生唾を飲み込んだ。


「ガーランド……、ガーランド公爵家の方ですか?」


 マチューはこの上なく品良く微笑んだ。


「ご存知でいらしたとは、光栄でございます。マチューとお呼び下さい」


 マチューは立ち上がると、その黒い瞳をじっとアマリーに向けた。色白で髪の色も薄いのに、瞳だけは漆黒の闇のように暗く、引き込まれる容姿をしていた。


「噂に違わず、お美しい」


 そのマチューに突然褒められてアマリーは狼狽えた。


「まあ、……ありがとう」


 マチューはアマリーの頭のてっぺんから、ゆっくりとその黒い視線を胸元へ、腰へ、膝へ、爪先へと滑らせた。

 そのあからさまな見方にアマリーは身体を強張らせる。まるで品定めされているようだ。

 視線を再び上げたマチューは、ひたとアマリーの顔を見つめた。その目つきにどこか絡みつくような居心地の悪さを覚え、アマリーは一歩退いてしまった。


(しまった。動揺することなんてないのに。王女らしく、毅然としていないと……!)


 マチューは柔らかな声色で続けた。


「ジュール殿下とは、お側近くで育ちました。臣下であり、友でもあります。ぜひ一度我が屋敷に遊びにいらして下さい」

「機会があれば、そうさせて頂きますわ」


 そんな機会はきっとない、と思いながらぎこちなく微笑む。

 マチューは手を伸ばし、アマリーの左手を取った。彼の手は冷たく、アマリーの手の体温を奪う。随分とひんやりとした手だ、とアマリーは思った。

 ぜひ、と呟くとマチューはアマリーの手を持ち上げ、己の唇をそこに押し付けた。

 アマリーはびくりと震えたが、抵抗しなかった。

 ただの挨拶だ。オロオロする必要はない。

 だが口づけは少し長かった。長いだけではなく、手の甲に微かな痛みを感じた。ーーなんだろう、これは。

 ピリピリとした痛みは口づけの間ずっと続き、離されるとアマリーは思わず手の甲を擦った。

 対するマチューは優雅に膝を折り、低頭する。


「お休みなさいませ、リリアナ様」


 お休みなさい、とどうにか返すと、アマリーは身を翻して部屋に駆けていった。少し後を追うカーラは、主人の手の甲を見て目を見開いた。

 マチューが唇を押し付けていた箇所が、赤く腫れていたのだ。


「あの人、リリアナ様の手を吸っていたんですか!?」

「ーーそうみたいね……」

「何ですかそれ! 変態! 無礼者!」


 口をパクパクとさせて怒るカーラに賛同しながらも、アマリーの胸に一抹の不安がよきった。

 ーーなぜわざわざ声を掛けに来たのだろう。

 昔リリアナが手紙を送った作家の、パトロンの家の出身だという点も気になった。





 リリアナ王女の為に用意された客用の寝室は、とても広かった。

 部屋の奥には赤い薔薇の刺繍がされた天蓋付きベッドが置かれ、隣の部屋にはお茶会でも開けそうな素敵なテーブルセットがあり、テーブルの上には果物が積まれた二段の皿が置かれていた。部屋についているバルコニーは見晴らしが良く、広々としている。

 翌朝の朝食はそのバルコニーへと用意がされた。

 三人の給仕がバルコニーまでやって来ると、中央に置かれた丸いテーブルに真っ白な布を掛け、手際良く朝食を並べていく。

 パンや卵料理、ハムやチーズ。

 色艶の良い果物たち。

 更にグラスにしぼりたてのジュースが注がれると、良く晴れた空の下、バルコニーは素晴らしい朝食会場へと変わった。

 長旅で疲れたアマリーには、部屋で食事を済ませられるこの気遣いが嬉しい。

 調理後間もなく運ばれて来たのか、パンもまだ温かく、味はどれも良かった。

 爽やかなジュースを喉に流し込んでいると、カーラがあっと声を上げた。


「竜があそこにいますよ」


 城の角は庭園に面した小さな森の中に突き出ており、その木々の中に竜らしきものが見えた。ゴツゴツとした凹凸ある身体の一部が見えている。

 アマリーはバルコニーの手すりに近づくと、カーラを振り返った。


「そういえばジュール様が竜の乗り方を教えて下さる、と言っていたわ」

「まぁ。ーーそれって危なくないのでしょうか?」

「きっと社交辞令だから、本気じゃないわよ」


 よく見ると、木の上によじ登っている竜がいた。

 まだ体が大きくないし、首筋が赤い。遠目にもピッチィなのではないかと思われた。


(本当に変わり者の竜なんだわ。木登りなんかして……)


 アマリーがピッチィ、と大きな声で呼んでみると、なんとピッチィはピクリと反応をした。


「カーラ。今の見た? 聞こえたんだわ」

「まさか。この距離ですよ」


 確かめるようにもう一度呼んでみると、確かにピッチィは顔をこちらへ向け、木の上へ更に登った。

 だが途中で枝が折れ、ピッチィは木から滑り落ちた。


「竜も木から落ちるのね」


 二人で笑っていると、妙なことに気がついた。

 ピッチィが木から宙ぶらりんの状態で、暴れているのだ。


「もしかして、森に鎖で繋がれていたのかしら?」

「きっとそうです! 木から落ちて、絡まったのかもしれません」


 木に鎖ごと絡まったピッチィが暴れるため、木は生き物のように揺れていた。

 しまった、悪いことをしてしまった。

 アマリーはバルコニーで頭を抱えた。





 朝の定例会議を終えたジュールは、廊下を歩きながら苛立っていた。

 隣を歩く貴族階級の友人達二人が、西と中ノ王国のどちらの王女がお美しいかを話題にし始めたのだ。

 ジュールにとってみれば、二人とも自分の妃候補に上がっている女性だ。その二人を単純に容姿で比較されるのが、居心地悪く感じた。

 廊下の大きな窓は庭に面しており、ジュールはふとそちらへ目を向けた。


「ーーなんだ、アレは」


 庭の先に見える木のうちの一本が、やけにゆっさゆっさとゆれているのだ。足を止めて目を凝らすと、木の下に二人の女性が見えた。


「アレは、リリアナ王女か?」


 ジュールが不可解そうにそういうと、友人たちも目を丸くして驚いた。

 リリアナ王女が、揺れる木の根元に手をかけ、なんと登ろうとしていたのだ。


「あの王女はナニをしているんでしょう?」


 誰も答えられなかった。代わりにジュールは庭へ向かった。友人たちもそれに続こうとしたが、彼は片手でそれを制止した。







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