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ライバルの登場

 日が暮れると、西ノ国の外務大臣であるオデンを救出した馬車が詰所に到着した。

 負傷した左足に包帯を巻き、痛々しくはあったが、杖をついてどうにか歩いていた。

 オデンは杖を放りだすと、膝をついてアマリーに詫びた。


「リリアナ様! 私がついていながら、賊どもからお守りできず、申し訳ありませんでした!」

「顔を上げて頂戴。……結局、私たち無事南ノ国に辿り着けたわ。それより、大事なくて安心したわ」

「私などの為に出発を遅らせて下さったとか。もう、お詫びのしようもありません!」

「ーー貴方のせいではないでしょう」


 オデンは責任を感じてひたすら詫びた。

 王太子は部屋の壁に寄り掛かり、アマリーたちの様子を眺めていたが、やがてオデンの前まで歩いて来ると、明日の予定について話を切り出した。

 明日の午前中にはシュノンに向けて出発し、昼には到着したい、と王太子が説明をすると、オデンは深く頭を下げた。


「我が国の不手際で予定がずれてしまい、申し訳ありません。それにジュール殿下がいらして下さり、九死に一生を得ました」


 王太子は上品に笑うと、オデンの怪我をした足を見ながら言った。


「馬には乗れそうか?」

「はい! 馬に張り付いてでも、シュノンに向かいます!」


 そこへアマリーは割り込んだ。

 王太子は本当にオデンを縛り付けるかもしれない、という一抹の危惧をいだいた。


「オデン、貴方は私の馬車に乗ればよろしくてよ」


 アマリーが言い終えるや、オデンは目を見開いて彼女を見た。


「そんな、畏れ多い」

「ーー明日は頼りにしているわ」


 オデンは感激したように目を輝かせ、またそのツルツルに輝く頭を下げた。

 王太子が場を外すと、オデンは顔を強張らせ、数歩アマリーににじり寄った。

 彼は意図的に声を落として報告した。


「殿下御自ら国境までいらしてくださるとは、驚きましたな。ーーところでリリアナ様。実は途中で我が国の兵達とすれ違いまして、色々聞き出しました。リリアナ様を攫おうとした男は兵たちが捕らえたそうです」


 アーネストのことだ。

 アマリーは息を呑んだ。鼓動が急に速くなり、にわかに緊張をする。


「何かわかったの? 教えて」

「騒ぎを大きくしないためにきつい箝口令が敷かれ、外部には情報を出していないのですが……。その男が他の賊どもを雇った可能性が高そうですな」

「なぜあんなことを……?」


 オデンは少し考えてから答えた。


「分かりません。身元の割り出しが急務でしょう」


 オデンはそこから先を言い淀んだ。

 本当は男の身元はすぐに判明していた。

 兵たちの一部が、男の顔に見覚えがあったのだ。男が先日辞めたばかりの近衛騎士ではないか、と分かると兵隊長は以後の口外を厳しく禁じた。近衛騎士が祝典に参加する王女を襲ったなど、断じて知られるわけにはいかない。

 オデンは遠慮がちにアマリーを見つめた。王宮にいた自国の騎士が首謀者だと知れば、リリアナも傷つくだろう。

 これ以上話して被害者の王女を傷つけたくなかった。


「帰路は兵を倍増させます。ーーいずれにしましても、二度と我らの前に姿を現わすことはないでしょう」


 アマリーは何とか安心した様子を取り繕い、頷いた。




 翌日は晴天だった。

 早いうちにアマリーたちは詰所を出た。

 南の馬たちは皆竜に慣らされているのか、彼らのすぐ近くを竜が並走しても、なんら動じることはなかった。

 アマリーとカーラ、それにオデンを乗せた馬車は一路、シュノン目指して走り続けた。その間中、アマリーの頭の中はリリアナ王女とアーネストのことでいっぱいだった。

 王女の耳にこの事件はもう入っているだろうか?

 そして彼女は何を思うのだろう。






 シュノンは小さな街だったが、国境近くにあるためか、立派な城門に囲まれていた。

 大きな灰色の石を積み上げた城門には、上から垂れ幕が掛けられており、そこには交差するように立ち上がる二頭の竜の刺繍が施されていた。

 カラフルなテープもたくさん掛けられ、お祝いムードを醸し出している。

 ばさっという大きな音とともに、馬車の窓ガラスが風圧で揺れ、何事かと外を見ると、竜たちが飛び立って城門を超えていくのが見えた。


「竜は門をくぐらないのね」


 アマリーとカーラが感心したように呟く。

 城門を通り抜けると、かなり太く長い道路が真っ直ぐに伸びていた。

 クリーム色の壁に橙色の屋根をもつ建物が、整然と並ぶ。どの家も同じ色なのがアマリーには珍しく思えた。

 小さな街ではあるが、四階まである建物もあり、建築技術の高さを感じさせる。

 街道に大きな馬車と竜たちが現れたからか、街の人々がわらわらと周囲に集まってきた。


(ああ、そうか。リリアナ王女を見に来たのね。ーー手を振らなきゃ……)


 アマリーは硬い笑顔で手を振って任務を全うしようとした。


 馬車は街中に入ると速度を落として進んだので、街の子どもたちはアマリーたちを追いかけてきた。

 街の中ほどまで行くと、一際目立つ大きな建物がありアマリーたちはそこで降ろされた。その頃には周囲には街の人全員がここに集まったのではないかと思えるほどの見物人が溢れており、その雰囲気に圧倒されながら下車をする。


 シュノンは南ノ国の北部にある規模の小さな街に過ぎなかったが、アマリー達を迎える為にこの辺りを治める州知事が待っていてくれた。

 州知事の隣には、ひとりの少女が立っていた。

 目を引く美少女だ。

 ふわふわとした蜂蜜色の髪が揺れ、澄んだ緑色の瞳をこちらに向けた少女は、アマリーと目が合うと、柔らかな微笑を浮かべた。

 アマリーはハッと目を見開いた。


(あの子は、もしかして……?)


 中ノ国の王女は一足先に南ノ国に入国し、シュノンで待っているはずだった。

 州知事と並んで立ち、豪奢なドレスを纏ってジュール王太子を出迎える目の前の少女は、どう考えても女官などではない。

 州知事の簡単な挨拶が終わると、少女はアマリーと王太子に数歩近付いて来て、その愛らしい銀色のドレスの裾を軽くつまみ膝を折った。

 そのまま可憐な瞳で王太子を見つめて口を開く。


「昨夜到着されるはずでしたのにお戻りにならないから、わたくし何か有ったのかと胸が潰れる思いでしたわ!」

「ジェヴォールの森で、少々問題が生じたのだ。その後怪我人の到着も待っていた。心配させてすまない」


 王太子は少女の腕に軽く触れ、アマリーを振り返った。


「リリアナ王女。彼女は中ノ国の第一王女、エヴァ王女だ」


(やっぱり、この子がエヴァ王女なのね……)


 リリアナ王女のライバルは、想像以上の美少女だった。磁器の様に滑らかそうな肌に、長い睫毛が縁取る愛らしい瞳は、どこまでも輝く緑色だった。

 無邪気に微笑むエヴァに向かうと、アマリーもぎこちなく口角を上げ、話しかける。


「リリアナと申します。短い滞在ですけれど、宜しくお願いしますわ」


 互いに美しい微笑を浮かべたが、目はちっとも笑ってなどいない。

 エヴァは愛らしい笑顔を見せたが、その瞳には火花が飛ぶような、値踏みをするような視線と思惑が詰まっていた。




 シュノンの人々は建国記念祝典のために自国を訪れた西ノ国と中ノ国の王女を歓迎しようと、準備万端に待機をしてくれていた。

 目抜き通りには規制線がひかれ、人々に見守られながらアマリーたちは街の中を歩いた。

 州知事は張り切ってシュノンの説明をしてくれ、皆で街を散策した。

 そうして歩きながら、エヴァはしばしば隣を歩くジュール王太子に腕を絡めた。

 その都度、アマリーは焦りを感じた。二人はいかにも親しげだったし、エヴァは南の兵士たちにも既に知られた存在のようで、顔見知りといった風情で笑顔を交わしている。


(た、立場がない……!)


 この状況に本物のリリアナ王女でもないのに、アマリーはかなり傷ついた。


「ジュールお兄さま! ご覧になって。あの花屋の屋根の上に、可愛らしい風見鶏があるわ」


 ジュールお兄さま、ですってーー!?

 アマリーはピクリと耳をそばだてた。

 珍しい物や可愛いものがあるたび、エヴァは弾ける笑顔で王太子にしがみ付き、逐一報告をするのだ。そしてそんな彼女が「ジュールお兄さま」と呼ぶたび、二人がいかに幼少の頃から親しくしていたのかを見せつけられるようで、アマリーは困惑した。


(こ、これでどうやってリリアナ王女に夢中になって貰うのよ……。実際の人間関係は既に大分周回遅れじゃないの……)


 エヴァがジュール王太子にくっ付いて離れず、並んで歩くので、道の幅を取りすぎないようにアマリーが後ろに下がって遅れて歩くしかない。

 それはまさに三人の立ち位置そのもののようだった。


(国王陛下。陛下のご計画は、うまくいきそうもありませんよ……)


 アマリーは西ノ国の王の顔を強い焦りと共に思い浮かべた。



 街の散策が終わるとアマリーたちは広場に連れて行かれた。

 広場には椅子が並べられており、可愛らしい花々で飾り付けがされていた。

 アマリーたちが席に着くと、揃いのカラフルな衣装に身を包んだ子どもたちが、愛らしい踊りを披露してくれた。子どもたちの一生懸命な表情から、この時のためにたくさんの練習をしたのだろうと伝わり、嬉しい。……それは本当はアマリーの為ではなく、本物のリリアナ王女のためだったのだろうけれど。


 子どもたちの踊りが終わると次は女性たちによる合唱だった。前列の女性たちが歌を歌い、後列の女性たちは楽器を演奏していた。彼女たちが奏でたのはこの地方独特の楽器なのか、手のひらほどの長さの細い木管楽器だった。

 小ぶりな楽器ではあるが、とても良く響く深みのある優しい音色がして、心地よい。高く澄んだ女性たちの歌声とよく合う。

 アマリーが聞き惚れていると、州知事が嬉しそうに教えてくれた。


「リャンナという楽器でございます。竜笛の原型とも言われております」

「竜笛?」


 アマリーが尋ねると州知事は嬉々として続けた。


「竜騎士たちが竜を操る際に、銀色の笛を吹いておりましたでしょう? 我が国ではあれを竜笛と呼びます」


 ふと王太子が竜の背の上で吹いていた笛を思い出す。あれのことに違いない。

 アマリーは歌い終わった女性たちに心からの拍手をしながら、隣に座る州知事に言った。


「竜騎士が首から下げている銀色の笛のことね?」

「はい、それが竜笛です。竜に乗るには欠かせません」


 するとオデンも州知事と競うように横から口を挟んだ。


「リリアナ様。竜笛は南ノ国のある一家が、一子相伝の門外不出の製法で作っている笛なのですよ」

 

 まぁ、そうですのとアマリーが言うと今度は知事が胸を張って答えた。


「国外には滅多に出ることがない、とても貴重な笛です」


 女性たちが退場すると今度は年若い男女の混合チームが登場した。皆赤いレースがふんだんに使われている衣装を着ていて、それが風に吹かれて揺れ動く様子が炎のようで美しかった。


 ようやく演目が終わると、アマリーたちはシュノンでの滞在が予定外に短くなってしまったことを州知事に詫び、再び馬車に向かった。

 いよいよ祝典の舞台となるエルベに向かうのだ。アマリーはジュールの傍らを片時も離れず、煌めく笑顔を見せるエヴァが、鈴が鳴るような愛くるしい笑い声を上げるたび、自分が追い込まれていく気がした。




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